『自分をおろそかにされた』と感じた時、人はその相手に心を閉ざす
例えば、会社において部下が上司に『ちょっと相談があるんです』と言います。
部下は『忙しそうだから・自分の相談で相手に迷惑をかけるのもちょっと気がひける』と思って「お忙しいと思うので、お時間がある時で構いません。少し相談があります」と言います。
実際には、相談を持ちかけた部下側はだいぶ困っている状況なので、できればすぐに時間を取って欲しいと思っています。
上司は「わかった」と言い、その後何日経っても返答をしなかった。
または、返答し忘れていた場合。
部下は『あぁ、自分のことは軽んじているのだろうな』『やっぱり、自分って取るに足らない存在だよね』『自分のことに関心は無いのだろうな』などと感じます。
部下という立場でなくても、人は『相談したい』とか『話したい』と言ってきたときは、すぐに相手をして欲しいと思っています。
(誰彼構わずに相談したり愚痴をこぼしたりするような人のことは、今回の話では除きます。それは配慮に欠けるNG行動です)
人は『相談したい』とか『ちょっと話したいんだけどいいかな』という時は、よっぽどのことがないと言いません。
なぜなら、基本的に『遠慮する・申し訳ないと思う・相手に配慮する』のが人間だからです。特に日本人は、遠慮します。ハッキリ言えません。
そんな中でも、勇気を出して相手に声を掛けています。
そんな状況にも関わらず相手が対応してくれなかった場合、二度と相手には本音を言えなくなります。
究極、相手を見切ります。
『相手は自分のことでいっぱいいっぱいだろうし、自分のことはどうでもいいと思っているだろうな』と想像して、何も言えなくなります。
結果的にどうなるかというと、『相談ごと』といったちょっとマジメな話でなくても、どうでもいい話でさえ声を掛けなくなります。
相手に対し信頼を感じられなくなると、人はその相手に対し『黙る』ことになります。
つまり、心を閉ざします。
これは、取り返しがつきません。
真摯に対応しない側(ここでは上司)の気持ちとしては『ちょっと忙しかったので』と言います。
一方で、対応されなかった側の気持ち(ここでは部下)は『自分に関心はないんだな。どうでもいいんだろうな』です。
温度差が激しいのです。
関係性やシーンは違えど、人が相手に対し心を開かなくなる原因は共通しています。
『その時に、真剣に取り合わなかったから』です。
もし、自分が誰かから『ちょっと聞きたいことがあるんです』と言われたら、真摯に向き合ったほうがいいです。
本当に忙しい時は「今取り込んでいて本当に忙しいから、3分だけなら大丈夫。3分で足りない時は、明日の13時からだと時間取れるけどどうかな?」
と、『ちゃんと相手に向き合っていますよ』という姿勢を見せることです。
相談者側は、ちゃんと向き合ってくれていると感じるだけで安心できます。相手に信頼を感じます。
人間関係において、相手に心を閉ざさせてしまってはもったいないのです。
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