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いちばんわかりやすいDEEP TECH起業論 #1 スヌーピーとタモリ

はじめに

どうもtayoくまがいです。年末で時間があるので、久々にnoteを書きます。

いきなりですが、研究者の起業が求められています。

「いやいや研究者に求められているのは研究だろ」と思うかもしれませんが、起業が求められています。
これにはいくつかの側面があります。ネガティブかつ世の中に広まっている理由は以下のような感じすかね。

  1. 日本の研究業界を支えるために金が必要である

  2. 日本は不況で金を産まない業界に金を投げる余裕はない

これも正しいんですが、暗くて後ろ向きでつまんない話なので割愛します。「研究者が起業すべきである」、ポジティブな側面に目を当てましょう。

  1. 新たなテクノロジーによる産業構造の変革が期待されている

  2. 研究者は起業に向いた人種である

この中で、1に関してはいろんな話がありますが、2の「研究者はそもそも起業に向いている」という側面に関しては、話す人があんまいないんじゃないかと思っています。

このnoteでは、「いちばんわかりやすいDEEP TECH起業論」として、まずは研究者が起業すべき理由を解説したいと思います。#2があるかどうかは#1の反響にかかっていますので、みなさん本記事の拡散などをお願いいたします。

研究計画は無意味

博士学生が研究を通してまず学ぶことは、「研究というのは全く計画通りに行かない」ということではないでしょうか。私は環境微生物の進化や生態の研究を実験と解析の両面から行っていましたが、例えばこんな理由で研究は遅れました。概ね実話。

  1. 研究用のスパコンに使いたいソフトウェアのインストールができず環境構築だけで一ヶ月が経過

  2. 用いていた実験装置が故障したが開発元のチェコの会社が夏休みに入ってしまって全く連絡が取れない

  3. 実験を教わっていたポスドクが急に留学してしまった

  4. そもそも研究計画に書いた仮説が間違っていた(熊谷のDC1)

よくあることだと思います。これは掘り下げると、以下のような不確実性として抽象化できるのではないでしょうか。

  • エコシステムのサイズが小さいことによる不確実性

    • 特定の業者への依存や、メンテナンスされてない個人開発のソフトウェアへの依存

  • 組織サイズが小さいことによる不確実性

    • 特定の研究者や特定の機械への依存

  • サイエンスそれ自体の不確実性

    • 仮説が間違ってたら振り出しに戻る

    • バイオ系や環境系など、研究対象そのものがふわふわしている分野も多い

このように、理不尽で不確実な世界に生きていた研究者時代の僕の感覚は以下です。

研究なんて全く計画通りにいかないし、その場の状況に応じて好奇心の赴くままに行き当たりばったりにやるもの、研究計画は公的予算取るために書いてるけどそのまんまやるつもりなんかないよ!業績出れば文句ないだろうから報告書は適当にこじつけるよ!

かつての熊谷の心象風景

ひどいことを言っているようにも感じますが、そもそも計画通りにやらない方が大きな成果につながることが多いのもサイエンスの特徴です。白川英樹先生がノーベル賞を取った液晶に関する成果は、学生が間違ってポリアセチレンの合成に必要な触媒を1000倍使ってしまったことが発端です。程度の差はあれど、このような失敗を含めた実験上の気づきからリアルタイムで研究の方向性を修正していくことは研究者にとっては日常的な行為であり、それは「計画」というものと相性が悪いのです。

ビジネスは「計画」で動いている

研究者の方にとって驚くべき事実は、世界に存在するほとんどのビジネスは「計画」に基づいて動いているということです。

商業用に使われている多くのソフトウェアはサポートが存在するので、例えば会計ソフトのインストールに一ヶ月詰まるといったことはほぼ起こり得ません。多くの産業ではヨーロッパの中小メーカーでしか作っていない機器に過度な依存をすることは稀でしょう。急な移動や転職はビジネスの世界でもあるとは思いますが、民間企業の場合は会社が対応するので「上司が急にいなくなって仕事が全くできなくなる」ようなことも少ないように思います。多少のイレギュラーはあれど、多くの産業においては、大枠では計画に沿って仕事ができてしまう。

大企業の「計画」というものは以下のようなものです。まず、これまでの実績に基づき、経営陣が3−5年の計画を立てます(中期経営)。経営層が作った計画に基づいて商品の値段、売上目標などが決まっており、それは末端の営業には行動目標(アポ獲得数、架電数、展示会参加数)や売上目標(どれだけ売れたか)として与えられます。

「思ったよりも売れない」「市場と単価感がマッチしないのではないか」などといったことが営業活動の中で生まれたとしても、だからと言って値段や、商品を変えるわけにはいきません。あくまで計画から逸脱しない範囲で与えられた目標を完遂することが営業に求められる仕事となります。

「大きな組織で計画を遂行する」上では、「属人性の排除」も非常に重要になってきます。特定の人間への依存度が高いと、その人間が退職したり病気になってしまったら計画の遂行が困難となるからです。例えば大手チェーンの飲食店の店員の業務は、全てマニュアル化し、基本的なレクチャーを受ければ誰でも対応可能とするのが理想でしょう。

これは「自分にしかできない」仕事にこそ価値がある、研究者の世界とは大きく違う部分です。

エフェクチュエーションとコーゼーション

ここまでの話で、多くの民間の企業と異なり、研究開発では「計画」というのがあまり役に立たないという話をしてきました。
では、研究者は「計画通りに仕事ができない無計画なやつら」で、ビジネスマンは「計画を守れるきちんとした人たち」なのでしょうか?

これはある意味正しいのですが、「エフェクチュエーション」という経営論の考え方を学ぶと、この点をもう少し整理することができます。

「エフェクチュエーション」は経営の手法です。エフェクチュエーションの理論の中では、前項で議論した「計画を立てて、それを遂行する」タイプの手法は「コーゼーション」と呼ばれます。

いわゆる計画の遂行によりプロジェクトを進行するコーゼーションの手法では、まずは目標を設定し、現状を鑑みて目標に至るまでの最短経路を考えます。これは不確実性の低いプロセスには非常に強力な手法です。例えば、チェーンの飲食店の経営を拡大していく際には出店数や各店舗の売上にそれぞれ目標を立て、その目標に沿うように資源投下をしていくことが重要であるのは想像しやすいのではないでしょうか。

しかし、前項で述べた研究開発や、新技術を用いたスタートアップ企業の経営など、不確実性の高いビジネスを行う場合にはコーゼーションの手法では行き詰まります。例えば最先端のAIを活用したビジネスを行う場合、GoogleやOpenAIなどのプレイヤーによる技術革新や政府の規制によって元々の計画が大きく変更される可能性は高いでしょう。不確実性の高いビジネスを行う場合は、飲食店の経営とは違い、「目標」に縛られない経営の思考法が求められます。

エフェクチュエーションの世界では、「目標」や「計画」を重視しません。その代わり、常に考えるのは「手持ちの資産」です。とにかく自分の手に何を持っているのかを考え、自分が持っているものを活用し、さらに自分の手の中の資産(アセット)を増やすにはどうすればいいのか、を考えます。

難しく表現しましたが、サイエンスの場で研究者は日常的に以下のようなアセットを前提に、「新たな資産 (=科学的発見)」を生み出すことを常に考えているのではないでしょうか。

研究者のアセットの例
・過去に出した論文
・失敗した実験を含む全ての実験データ
・研究テーマアサイン前の大学院生
・共同研究先
・自身のラボの実験装置
・学会で知り合った他分野の研究者
・同じ研究所の別のラボで持っている実験装置
・獲得した外部資金
・提出要件を満たしている外部資金
・海外のラボとのネットワーク

筆者の博士時代の後輩で、今ではサイエンスイラストレーターをしているきのしたちひろさんは、東大で海亀の研究をしていた頃、フィールドワーク先の東北の漁師さんたちと良好な関係を築くために漁協に年賀状を送ったり地域の祭りに参加したりしていたそうです。「地域の漁師との、個人的でウェットなネットワーク」みたいなものでさえ研究者のアセットになり得るように、「何がアセットとなるのか」という部分ですら不確実性が高いのが研究の世界です。

このように、手持ちのアセットを徹底的に考え(道具思考)、その上でそのアセットを増やすべく次の一手を打つ(資本形成のデザイン)、というのがエフェクチュエーションの考え方です。エフェクチュエーションはスタートアップなど不確実性の高い領域で成功した経営者の思考パターンから導かれたものなので、研究者は「成功した経営者に共通する思考をすでに身につけている」ということが出来ます。

また、このような考え方をすると、「新たな科学的発見は研究者の資産から生み出される」「イノベーションの力はアセットに宿る」という言い方もできるのではないかと思います。

属人性の最大化

また、アセットに基づいた行動の決定は、「属人性を最大化する」行為であるとも言えます。

例えば、僕のアセットは下記のようになるでしょうか。

・海洋微生物学の博士号
・IT広告代理店でAIの研究開発をしていた経験
・プログラミング・統計の基礎的な知識
・画像編集/動画編集の基礎的な知識
・学会活動を通したアカデミアとの広範なネットワーク
・X(旧Twitter)でのフォロワー数とSNS利用の感度の高さ
・学部時代早稲田でバンドをやっていたので広告系の友人が多い
・プレゼン・資金獲得が上手い
・広範なサブカル知識

中学生の頃は漫画家になりたくて学部時代は音楽をやりながらゲームアプリを作っていて大学院以降は真面目に研究者を目指し始めたが何故か博士取ったあとは広告代理店に就職するという、僕の散らかった人生が上記のようなアセットを作っています。アセットのユニークさがイノベーションには重要で、「海洋微生物の博士を持つ若手」という点だけでもう日本に数百人程度しかいません。

tayoは研究者向けの人材企業でありながらシンクタンク要素としても広告代理店的としても動ける、というような変な会社なのですが、これは僕のアセットの形に併せて強く属人化させた結果です。会社のアセットは熊谷個人だけではなく、無論社員も含みます。tayoというアセットに、ハーバードで博士を取った女性研究者である土井さんというアセットが新たに加わったことでできることを考え直した結果が、東京都の委託事業であるWISERだったりします。

スタートアップは本質として再現性がないもので、「ハーバードの博士雇ったら三ヶ月後に1億の行政案件を取ってきた」みたいな話をされても「そんなこと出来ないっすよ」になると思うんですが、その裏側にある哲学は再現性のあるもので、徹底した道具主義、資本形成のデザイン、俗人性の最大化といったエフェクチュエーション的な思考方法です。
コーゼーションの手法で「計画」を武器に僕のいるところに辿り着くことはできませんし、僕と同じ人生を歩んでいる人はいないのでエフェクチュエーションの手法でも僕の場所に来ることはできません。市場規模からビジネスを考えるコーゼーションの手法でビジネスを行うとどこかでレッドオーシャンに辿り着きますが、エフェクチュエーションの手法でビジネスをすると競合を考える必要がなくなります。tayoに競合はいません。

ここまでの話を踏まえ、「なぜ研究者は起業に向いた人種であるのか」を説明すると、下記のようになります。

・不確実なタスクに取り組むための思考法が身についている
・研究活動を通し、様々なアセットを内在化している

最後に、ここまでの内容を端的に示す、偉人の言葉を持って締めます。

「人生成功せにゃいかん、ナンバー1にならなきゃいかん、それには何歳までにこういうことをやっておかないといかん(笑)。ダメだよ、それじゃあ。苦しくなるから」

タモリ

You play with the cards you’re dealt …whatever that means.

スヌーピー

参考文献など

エフェクチュエーションに関してはだいぶ適当なことを言っているので、ちゃんと知りたい方はこれを読むと良いです。

また、ここで書いている内容はNPO法人Talkingの日渡さんのエフェクチュエーションワークショップに多大なる影響を受けています。突っ込んで知りたい方は日渡さんの勉強会に参加するといいと思います。

また、このような内容を書籍化して大学生協にイノベーションの教科書として並べたい気持ちがあるので、出版社さんからのご連絡をお待ちしております。

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