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消えた高速ツアーバス列伝

賛否両論ありつつも2010年前後に一大勢力を形成し、その後規制強化で2013年に「新高速バス」へ一本化された「高速ツアーバス」。

ウィラーやオリオンバスなどといった現在も残る大手企業の陰で、新高速バス化に対応できず消えていった中小の事業者は少なくなかった。10年以上前のことではあるが、この“消えた事業者”を自身の覚えている限りで紹介してみることにする。



1.East West Shuttle

催行会社:株式会社 サン太陽トラベル
主な区間:東京~名古屋・大阪 その他スキーバスなど
現  在:2009年に破産

2007年2月に発生した、あずみ野観光の吹田スキーバス事故の催行元。運賃は安かったが、サービスなどにこれといった特徴はなし。「East West」の名の通り、東名阪が主な催行区間だった。

借り上げてくるバス会社も、私の覚えている限りでは(申し訳ないが)あまり聞いたことのない会社、かつかなり年代物のバスがあてがわれることが多かった。まぁ安く移動できるから、といったところか。

吹田での事故から2年後の2009年に破産。

2.ベルプランニング


催行会社:(株)ベルプランニング
主な区間:東京~名古屋・大阪・新潟など
現  在:2013年に破産

旅行会社とバス会社が同一の企業で、バスはスクショの青いのが定番。「高速ライナー」「高速バス.jp」などブランド名が乱立していたが、厳密な区分があったわけではないらしい。

当時最新鋭のセレガーラをズラリと揃える羽振りの良さながら、催行便の価格設定は格安一辺倒であった。

ただ、筆者が何度か利用した限りでは(たまたまかもしれないが)運転手の接客や運転がいずれもややアクロバティックだったのを覚えている。

また、とにかく飛ばすタイプの運転手に当たることが多かった。私が乗車した時も、翌朝「あれ、まだ高速降りてないのか」と思いつつカーテンを開けたら、走っていたのは一般道。若かりし頃の自分にとっては、まさにカルチャーショックだった。

現在は同名の建築設計業者がGoogleでヒットするが、特に関係はない模様。


3.ハーヴェストライナー


催行会社:株式会社ハーヴェストホールディングス
主な区間:東京~名古屋・大阪・金沢・仙台、大阪~福岡など
現  在:2012年4月の事故後に事業停止~破産

2012年4月に発生した、関越道バス事故の催行元。

東京・大阪を起点とした高速ツアーバス網のほか、「温泉ライナー」なる都市圏~温泉郷への路線も展開し、2000年代後半に急成長した。

ハーヴェストライナーの運行を専属で担う「HS観光」を傘下に持つ。セレガーラを中心に、新車の比率は高めだった。

ただ、繁忙期の追加運行車両は写真のような超オンボロが来ることも。「パンダエアロの夜行バス」という、この写真を撮影した2010年では類まれな経験ができたのもこの事業者くらいだろう。

事業規模は大きかったが、サービス面は可もなく不可もなく。ウィラーやキラキラ号(当時)が得意としたようなブランド戦略も今一歩で、せっかくの専属バス会社を活かしきれていない印象は否めなかった。

2012年4月の事故後、全ハーヴェストライナーの自主運休(公式サイトの記載による)を決定。再開はされることなく、そのまま破産した。


4. 銀河計画JJライナー


催行会社:株式会社 銀河計画
主な区間:東京~名古屋・大阪など
現  在:2013年7月以降、実質的に事業終了か

かの有名な豊田商事事件とは特に関係ないらしい「株式会社 銀河計画」なる会社が企画・催行。

格安の価格設定が多いが、オンボロのバスながら3列シート便も。新高速バス一本化までは催行が続いていたが、以降の情報は皆無。実質的に事業終了したものと思われる。

使用バス会社は「亜希プロ」「エポック観光」がほぼ専属となっており、「亜希プロ」は現在も存続。「エポック観光」はその後「ANY企画」→「ANYヨシクニ観光」に社名変更し、インバウンドに特化した観光バス会社となった。

5.タニートラベル

催行会社:MKツアーランド有限会社(現:株式会社中日本ツアーバス)
主な区間:東京~金沢
現  在:1年でブランド消滅、現・中日本ハイウェイバス

高速ツアーバスの「中日本エクスプレス」を催行していたMKツアーランド有限会社(当時)が、2012年に立ち上げた別ブランド。専用塗装のバスと、「たーにゃん」なる猫のキャラクターを揃えて攻勢をかける。

MKツアーランドを含めた当時の高速ツアーバス事業者は、楽天トラベルなどの旅行会社サイトに販路をほぼ依存している状況だった。タニートラベルが採ったのは、その“逆”の戦法。予約受付を自社サイト&電話のみに絞ることで手数料を極限まで削減し、東京〜富山・金沢で2980円という激安価格を実現している。

その成否によっては、楽天トラベル一強とも言えた高速ツアーバスの販売手法が変わる可能性もあっただけに個人的に注目していたが、利用率は苦戦が続いたという。筆者が何度か観察した限りでも、乗客は両手で数えられる程度と寂しかった。

結局、新高速バスへの移行を待たずにわずか1年後の2013年6月に廃止。コンセプトは良かったが、販売チャネルの少なさを乗り越えるのは容易ではなかったのかもしれない。

6.東京アクアライナー


催行会社:有限会社 房総エキスプレス
主な区間:君津・木更津~東京・品川・新宿・横浜
現  在:バス会社は存続

東京・横浜~木更津・君津を結ぶ、通勤客向けの珍しい高速ツアーバス。2011年8月に催行開始。首都圏の企業送迎バスを請け負っていた同社が、バスを千葉から首都圏に回送するついでに参入したもの。

当初は君津・木更津〜東京駅のみの催行だったが、あとに品川駅・横浜駅・新宿駅行きの便が追加されるなど順調に拡大した。

他社の高速バスで1500円〜の区間を800円で結び、その安さから固定客の定着は早かった模様。私が乗車したときの運転手いわく、

「(時間が読めない“帰り”と異なり、時間が固定の)朝の東京・横浜方面行きは満席に近い日もある」

とのことだった。

予約は(タニートラベルと同じく)自社サイトのみだったが、回数券「通勤きっぷ11」などの整備もあって最盛期は年2500万円を売り上げるほどに成長。固定の通勤客を取り込めた結果が、(タニートラベルと比較して)明暗を分けた事例と言えよう。

事業としては着実に芽が伸びつつあったが、新高速バス化には対応できずに2013年7月に廃止された。会社は現在も存続し、観光バス・送迎バス・インバウンド輸送などを手がけている。

7.マルシェバス


催行会社:株式会社トラベルマルシェ
主な区間:東京・大阪〜各地
現  在:旅行会社は存続

格安ツアーを全国・海外に展開する、旅行会社のトラベルマルシェが手がけていた高速ツアーバス。その広い販売網とノウハウを活かしてか、高速ツアーバスも多方面に進出した。

催行区間と便数がとても多かったのが特徴。楽天トラベルで東京〜仙台や大阪〜福岡といった“メジャーな区間”を調べると、検索結果にほぼ必ずマルシェバスが出てきたように記憶している。

ただ当時の口コミを見る限り、バス会社の当たり外れは多少あったらしい。便数があまりに多かったゆえか、バス会社が“玉石混交”になるのは避けられなかったのだろう。

このように規模は大きかったが、一方でサービスにはこれと言った特徴はなかった。筆者が利用したときも“特に印象に残らなかった”というのが正直なところである。

新高速バス化後は高速ツアーバスの企画・催行から撤退したが、旅行会社としてはいまも存続。格安ツアー企画・実施のほか、「バス市場」というオリオンバスの予約サイトを運営している。


8.iTSライナー


催行会社:株式会社アイ.ティ.エス
主な区間:東京・大阪〜各地
現  在:旅行会社は存続→公式サイトは更新停止

iTSは「infinite Travel Space」の頭文字をとったもの。2010年設立と後発の高速ツアーバス事業者ながら、大阪・東京から多方面に展開。とにかく安く、例えば夜行で東京〜仙台は2000円〜、東京〜大阪も3000円〜だった。

使用バス会社は、大阪発着便はルミナス観光が中心。他方、東京以北の便はさまざま会社が運行を担っており、設備水準やバスの年式はバラバラだった。

ちなみにこのルミナス観光とアイ・ティ・エスの社長は名字が同じだったりするのだが、たまたま被っただけなのか親族経営だったのかは不明。

新高速バスには対応せず、2013年7月をもって催行終了。ルミナス観光、アイ・ティ・エスともに存続したが、アイ・ティ・エスの公式サイトは2020年で更新が途絶えた。

【iTSライナーにまつわる筆者の思い出】

2012年8月に、東京発仙台行きiTSライナーが東北自動車道で事故を起こした日には、筆者と当時の交際相手(今の妻)もバスで仙台へ向かっていた。

妻と東京から仙台に行くにあたり、筆者はその日の最安便(かつ事故当該便)だったiTSライナーを予約していた。しかし、長距離バスに不慣れだった妻が出発数日前になって難色を示し出したため、すでに二人で何度も利用していたウィラーに急遽変更。少し高くついたが、結果として直前で事故を免れた。

この事故では死者こそ出なかったが、乗客乗員36名全員が病院へ搬送されている。事故の直接的な原因は、運行を請け負ったクルージングワールド社(観光バス会社)の運転手が、脳梗塞を発症していながら運転業務に入ったため。従って、株式会社アイ.ティ.エスが直接的に悪かったわけではない。

それにしても、あとになってから「もし妻が難色を示さなければ…」と考えずにはいられなかった。二人してぞっとしたのは言うまでもあるまい。


9. ぐるぐるナイトツアー


催行会社:(株)トラベルセンター竜ヶ崎
主な区間:つくば・守谷〜東京〜大阪・名古屋など
現  在:旅行会社は存続→2021年破産

茨城県の竜ヶ崎に本社があったトラベルセンター竜ヶ崎が催行。催行元の本拠地が茨城県にあるゆえか、ツアーバスの催行区間もつくば・守谷〜東京・新宿経由〜各方面というのが多かった。

ただ、時刻表上ではいかにも直通するかのように記載されていても、実際には全便がつくば・守谷まで直通していたわけではない。特に繁忙期には、

・茨城県内からの利用者は総和観光や八丁タクシーなど、茨城県のバス会社の車にまとめて東京・新宿に送り込む

・東京・新宿では、行先や必要により乗客にバスを“乗り換えさせる”
(※当然、東京・茨城方面行きはこの逆)

・乗り換えた先のバスは東京・新宿が始発の扱いなので、都内や地方(=行先)のバス会社がくることもあった

というオペレーションを取り入れて、手配できるバス会社の幅を増やしつつ、多様な需要に対応していた。

旅行会社は存続するも、コロナ禍に端を発した営業不振で2021年に破産。翌年には、ぐるぐるナイトツアーの運行を多く担っていた総和観光も事業を終了している。

【コラム:高速ツアーバスの“乗り換え”について】

高速ツアーバスでは、途中でバスの“乗り換え”が発生する場合があった。

例えばUSJから乗る人を1台のバス(通称「シャトル」)にまとめ、大阪梅田で各方面行きに乗り換えさせるような形態である。この“乗り換え方式”は、少ないバスで様々な発着地を設定できることから多くの高速ツアーバス事業者が採用していた(→例)。

なお新高速バスとなった現在も、コトバスエクスプレス(東京・名古屋・大阪〜四国各地)などが“乗り換え方式”を引き続き採用している。

(例:
① USJ→大阪梅田→福岡
② なんば→大阪梅田→東京
③ 三宮→大阪梅田→新潟

と走る3台のバスがあるとして、これらを(この場合)大阪梅田で相互に乗り換え可能とするのが“乗り換え方式”。実際に走らせるバスは3台ながら、USJ・なんば・三宮・大阪梅田〜福岡・東京・新潟の12路線が作れるというカラクリだ)


番外.アイリスライナー・ナイトバード大阪


催行会社:有限会社トラベルプランニングオフィス
主な区間:目白〜大阪・東京〜鹿島神宮など
現  在:旅行会社は存続

東京〜声優のライブ会場までの直行バス「東京ハローエクスプレス」の企画・催行を経て、高速ツアーバスに参入。2007年6月から、東京〜鹿島神宮を結ぶ「アイリスライナー」の催行を開始した。

ただ、催行告知・予約受付は自社サイトのみ(と鹿島側で行ったというチラシのポスティング)。並行するJRバス「かしま号」と比較してのメリットを十分に訴求するには至らず、文字通りの“たのしいかしきり”状態が多発。翌7月には早くも撤退が発表されている。

同年12月には、「ナイトバード大阪」(東京・目白〜大阪福島/3400円〜)を催行開始。併せてナイトバード大阪号のロゴ入りグッズを展開するなど、類を見ない意欲的な試みを取り入れつつ利用者の獲得を目論んだ。

しかし、2008年1月12日の目白発大阪行きで、手配ミスでバスが来ないという営業事故が発生。事故後、ナイトバード大阪号は2月まで“冬眠”(公式の原文ママ:運休の意と思われる)する旨が発表されたが、目覚めることはなくそのまま撤退となった。

高速ツアーバス事業者としては紆余曲折あったが同社は現在も存続しており、(代表者のXでの発言から推測するに)格安新幹線や航空券の手配サービスを提供していると思われる。

【トラベルプランニングオフィス こぼれ話】

この事業者は、かねてから鉄道や声優(&アイリスライナー催行後はバスも)を趣味とする一部の界隈において、いろいろな意味で一定の知名度を有していた。

そのためか、ナイトバード大阪号催行初日の2ch(当時)の該当スレッドは、ナイトバード大阪号に乗車しながら実況する人あり、マイカーで一晩中ナイトバード大阪号を追尾する人あり。高速ツアーバスの催行初日にしては、やや異質にも思えるほどの盛り上がりを呈していたように記憶している。

今の私なら間違いなく“参加”したいところだが、当時は折り悪く受験生の身で、エンピツをなめながらスレの盛り上がりの余韻に授かることしかできなかった。まぁ、今となってはそれも懐かしい思い出である。

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