ぶさいく王様 ―ショートショート―
ある星に、王様がいました。
王様はその星の中で一番偉いから、みんなに「王様」と呼ばれています。地球が一回転するうちに三回くらい回転する小さな星ですので、その星に住む人は地球の半分の半分の半分くらいしかいませんでした。でも王様は、自分がどこの誰よりも偉くて優れているんだと考えています。
おかしな話ですね。だって、王様は地球の半分の半分の半分くらいの人を、全宇宙のすべての人間だと早合点しているのですから。
でも王様も、その星の人も、誰も星の外の世界は知りませんでしたから、やっぱりみんな王様のことを「王様」って呼ぶんです。
あるとき王様は、可愛らしい娘を見つけました。娘は、白鳥も羨むかのようなすらりとした脚をしていました。まっすぐに――まるで屋根から伸びる氷柱のような――脚に、王様は心を奪われてしまいました。どうかあの脚を抱き、そして接吻したいものだと、王様は思うのです。
そして王様は、使いの者にその娘を連れてくるよう言いました。王様は自分が愛するに足るすばらしい女性であると確信を抱いています。そして、願わくば彼女と結婚したいと思っていました。
やがて星が一回転したころ、娘はやってきました。氷柱のような美しい脚に、やはり王様は釘付けです。このまま彼女を押し倒すことができたらどれだけ嬉しいか。王様はムフムフと笑みがこぼれてしまいます。
「よいか、そなた。そなた、わたしと結婚するがいい」
ムフゥー、ムフゥー、と鼻息が荒い王様でしたが、言い終えると威厳を取り戻したようでずっしりと椅子の背もたれに体重をかけました。王様は娘の快い返事を待ちました。
しかし娘は「いやよ」と言います。
「なぜだ。わたしと結婚すればどんな宝もくれてやるぞ。食事も最高級のものが食える。家事や雑事などは他のものに任せればよい。何一つ不自由なく、欲の赴くままの生活ができるのだぞ」
王様は言いましたが、やはり娘は「いやよ」と言います。
「娘よ、他に何かを望むというのか」
「そうよ」
「な、何が望みだ。わたしはそなたに何でもくれてやるぞ」
「そう? ならね――」
娘は満面の笑みを王様に向けると、告げました。
「この星で一番かっこいい男の人と、結婚したいの」
「な、なんと」
王様はあわてて椅子から立ち上がると、使いの者に鏡を持ってこさせました。急ぐ使いにそれでも「急げ」と言い、やがて大きな姿見を使いが持ってきました。
王様の前身が映る姿見です。王様は古い友人に会うかのように、姿見の向こうを見ました。
するとそこに映っていたのは、ぼってりと太った、ぶつぶつだらけの顔をした、ぶさいくな王様でした。
王様は初め「誰だ、このぶさいくは!」と叫びました。もしかすると誰かが鏡に細工でも施したのではないか。そう考えもしましたが、姿見に映る王様以外の人々は(左右の反転こそあれ)もとの姿を保ったままでした。
いよいよここに至って、王様はこれが自分であると悟りました。
なんということでしょう。これまで自分のまわりの世話はすべて使いに任せていたので、鏡など数十年と目にしていたかったのです。まさか自分がこれほど醜いとは。
王様は困り果てました。
何しろ、「この星で一番かっこいい男の人と、結婚したい」という願いを叶えなければ王様と結婚しないということは、王様がこの星で一番かっこよくなければ娘と結婚できないということです。
王様の中では結婚というものは男女が対になって成立するものだと考えていましたので、一夫多妻や一妻多夫などということは頭の端にも思い浮かびません。
そこで王様は悩みました。どうにかして、自分が一番かっこよくなる方法はないだろうか、と。
しかし一向に考えが浮かびません。王様はぶさいくなのです。どれだけやせようと、肌がきれいになろうと、王様の持って生まれた容姿というものが邪魔をします。目鼻や骨格、身長までは変わりません。もしも整形をしたとしても、もとよりかっこいい者たちには叶わないだろうことはうすうす感じていました。
王様は頭をひねります。そんな王様を助けるかのように「王様、私から提案が」と王様に声をかけた者がいました。彼は王様よりもかっこいい容姿をしていました。王様は提案うんぬんより、彼の容姿が気に入りませんでした。
「こやつを殺せ!」
と、王様は叫びました。
するとどこからか鉄砲がバンバン鳴り、たった今まで王様に助言をしようとしていた男は見るも無惨な姿になりました。
王様は怒りのついでに、娘に問いかけました。
「この男とわたし、どちらがかっこいい?」
憤然とした問いでしたが、娘は臆することなく答えました。
「そりゃあ、王様ですわ」と。
「な、なんだと……?」
「こんなぐちゃぐちゃでぐずぐずなものより、王様の方がいくぶんマシだわ」
ともすれば王様の怒りを買いかねない娘の発言でしたが、王様はそれどころではありません。娘が、あのかっこいい男よりも自分を選んでくれたのだ、という嬉しさが、王様の心を満たしました。
そして王様は娘と結婚できる方法を思いついたのです。
「わたしよりもかっこいい者は、みんな殺してしまおう!」
それから王様は、娘を引き連れ星中を旅しました。そして道中、男に出会うなり、「この男とわたし、どちらがかっこいい?」と娘に尋ねるのです。そして娘は「男の方だわ」と答えますと、王様は自前の銃でもって、男の頭を撃つのです。最後には王様はふたたび「この男とわたし、どちらがかっこいい?」と娘に尋ねます。娘が「王様よ」と答えると、王様は気分よく旅を続けるのでした。
王様の旅は痛快でした。何しろ、自分よりも優れている者を、銃で殺し回る旅なのですから、楽しくないわけがありません。
王様はこの星で一番偉いので、誰も王様に逆らうことなく銃弾で死んでいきます。そのたび王様は、自分がまたさらに高みに上り詰めるような気がして、嬉しくなりました。
地球が一回転するうちに三回くらい回転して、地球の半分の半分の半分くらいしか人がいない星なので、王様がすべての男と巡り会うことにはそれほど時間を必要としませんでした。
やがて王様は、王様以外の最後の男を見つけました。その男はというと、鼻水を垂らし、ズボンから陰毛がはみ出ているような不潔さで、また、やたらと鼻が大きく、分厚いくちびるをしています、さすがの王様も、「こいつはひどいぶさいくだ」と思いつつも、いつものように娘に尋ねました。
「この男とわたし、どちらがかっこいい?」
すると娘は、しかしいつものように「男の方だわ」と答えたのです。
王様はその答えに愕然としつつも、王様以外のすべての男をこれで殺せるという感動に打ち震え、弾丸を放ちました。
王様は尋ねます。
「この男とわたし、どちらがかっこいい?」
「王様よ」
「この星の中で、誰が最もかっこいい?」
「王様よ」
「そうか……ああそうか……!」
そして王様は、娘との結婚を果たしたのです。
王様以外に男がいなくなってしまったこの星が、滅んでしまうのはまた別のお話。
めでたし、めでたし。
ショートショートのお題、待ってます!
10文字程度のお題をください。
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