クイーンとフレディ・マーキュリーと伊万里焼・鍋島焼
2021年3月に栗田美術館へ行ったらクイーン展を開催していた。これはフレディ・マーキュリーが1986年9月にプライベイトで来日した際に伊万里焼を見に来たようだ。誰が情報を提供したのか、この美術館、素晴らしい伊万里焼・鍋島焼のコレクションを所蔵している。
それがきっかけで、クイーンとフレディ・マーキュリー本を4冊読んだ。クイーンよりもクイーンのフレディ本といった方が正確だ。というのはフレディが1991年11月24日、AIDS公表の翌日他界する。ロック界のスーパースターが当時の不治の病で45歳の若さで召されたということが象徴的な印象を与えているのではないか。
時代背景的にクイーンが世の中に出た1970年代前半から世界的な活躍をする1980年代をとおして1985年7月のライブエイド、その後新たなクイーンの活動とフレディが他界する1991年11月まで。以下の書籍が比較的全体を俯瞰し客観的に書かれている印象。
レスリー・アン・ジョーンズ (著)フレディ・マーキュリー孤独な道化
フレディが罹った不治の病(当時)の原因はHIVウィルスによるものだが1983年に仏パスツール研究所によって分離された。このHIV(ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)が後天性免疫不全症候群
(AIDS)を引き起こす。HIVは人の免疫細胞に感染してこれを破壊し最終的に後天性免疫不全症候群 (AIDS)を発症させる。日本では1985年に感染者が認知された。
HIVは霊長類を自然宿主とするサル免疫不全ウイルス (Simian Immuno-deficiency Virus: SIV)が、突然変異によってヒトへの感染性を獲得したと考えられている。
さて、クイーンが売れる前にフレディとロジャーが古着を売っていた3階建ての屋内市場のケンジントンマーケット、本の中にも紹介され気になっていたが2000年初頭に建て替えられたようだ、英国都市計画法でも、ということ。クイーンはケンジントン界隈には縁があるようだ、最初のころバンドで住んでいたり、コンサート会場だったインペリアルカレッジユニオン、フレディはその後もこの界隈に住んでいた、などなど。以下のサイトに詳しい。
クイーンゆかりの地が紹介されている。
https://travelhappylife.com/queenvisit-london02/