とあるプリキュア論について、私のスタンスと反論 続その2

※プリキュアについての普通のレビューはこちらをどうぞ

長年のプリキュアファン、KLPです。

先日完結した「わんだふるぷりきゅあ!」では、兎山大福と兎山悟の二人の男の子が映画と本編で一時的な変身を遂げました。
放送開始前より追加戦士との噂もあった二人ですが、正式なプリキュアとはならず、しかし普通の人間と兎のままでもなく、映画と本編の二度も活躍の機会を与えられる、というところに落ち着きました。
一時的な変身を遂げたキャラとしては、過去と比べて様々に異例な点があり、追加戦士と期待されるのも無理もない状況でした(詳しくは普通の記事をご覧ください)。

男の子プリキュア批判派の一部の過激な人たちは、そんな兎組の動向とファンの様子を見て気が気でなかったようです。

そのことについて、兎組に関する「普通の記事」に少しだけ書こうと思っていたのですが、少しだけと言うにはどんどん長くなってしまったので、やむを得ず記事を分け、書き直しました。
結果、逆に記事にするには大したことのない内容になってしまいましたが……でも、普通の記事に一切混ぜずに済んだのは良かったのかもしれません。


前作ひろプリの放映中ほど気になっていたわけでもないのですが、批判派の動向はある意味では興味深かったです。

批判派は、中盤までは特に悟を「プリキュアに登場する男性キャラとして理想的」と称賛し、映画の頃から徐々に批判が増えていったようです。

詳しくは普通の記事に書いた通り、兎組は少なくとも普通の人間と兎では終わらないと思われる点が当初からいくつもあったキャラなのですが、批判派はその辺りを無視しているか、むしろ「プリキュアにならない証拠」と受け取っている感じでした。
兎組をプリキュアになりそうにないと言いながら、兎組よりも変身の根拠の揃わないキャラを候補に挙げたりもしていました。

映画で変身した時さえ、「擁護派と批判派の間を取って『キュア○○』でない変身をしたのだから、本編には登場しない」という理屈でした。
映画での兎組の扱いは明らかに片手落ちであり、本編登場を期待して当たり前の状況だったのですが、「単なるサービスのつもりだから」という解釈だったようです。かえってファンの批判を招きかねないそんな手段を、公式サイドが取ると考えたのでしょうか。
兎組が本編でも変身する事を長らく願っている人に対して、「まだ諦めないのか」と見下すような、かなり悪質な中傷も見かけました。結局、諦めなかったことで報われた人たちがたくさんいたようですが……。

ストーリーの解釈は幅が出るとしても、兎組のグッズがプリキュアでない割には豊富であることや、大福の人間姿が早々に映画と関係のない形でグッズ化したことなどは、どう捉えていたのでしょうか。
公式サイドが売り上げ欲しさにファンを煽っているだけだと思ったのでしょうか。(裏を返せば、それは「売れる」と認めているということでもありますが)

私には正直、はじめから「なるわけない」と決めつけているせいで全てがそう見えてしまっているようにしか見えませんでした。
ひろプリでも、ウィングが嫌いなせいで全てが悪く見えてしまっているようでしたし、物事を決めつけて見ているといかに視野が狭くなるかが分かった気がします。

中にはまるで見てきたかのように「男の子プリキュアは二度と出てこないに決まっている」と断言している人までいたので、ちょっと恐ろしかったです。

逆に、兎組のファンにも「変身する、プリキュアになる」と決めつけて前向きに捉えすぎる人はいましたが……それでも、言説に無理がないのは概して「変身する」の方だったと思います。
「なるわけない」と言えるのだとしたら、はじめからそう思っているせいです。
変身の形を「追加戦士以外ありえない、許せない」と考えていたのでなければ、兎組ファンの予想と期待は概ね叶えられたと言っていいでしょう。

「なるわけない」の根拠は「キュアウィングで失敗したからもう男の子プリキュアは出てこない」ということだったらしく、これが既に願望が先走っていて、事実とは言い難いんですよね。
例えばウィングを避けている子どもがいたとか、そういう話はここぞとばかりに取り上げるのに、ウィングを好きな子どもや子どもたちに受け入れられているという話は聞く耳を持たないか、「本当とは思えない」「いても少ないに違いない」としつこく疑うんです。
公式サイド直々に「子どもたちは受け入れていた」という話があった時さえ、「『受け入れていた』は『好かれていた』という意味ではないはず」という、屁理屈そのものの反論をしていましたし……。
グッズについても、ウィングが真っ先に売れた時に限って見向きもせず、売れ残りが出た時は嬉々として報告していました。

制作期間から考えれば、男の子プリキュアに限らず、わんぷりはひろプリの出した結果を直接反映しているわけではないと思います。なので、兎組の扱いからウィングの成功失敗を読み取ろうとすること自体が無理でしょう。
一方ファンの反応として、兎組がプリキュア化を強く望まれ変身も大いに喜ばれた時点で、キュアウィングが成功例となったことははっきりしています。

また、批判派が盾にしがちなおもちゃの売り上げですが、確かにウィングは他のメンバーよりラインナップが少なく、兎組はそもそもプリキュアとしてのおもちゃは出ないキャラです。
それぞれの売り上げはともかく、単純に数が少ないという事実はあります。

ただ、数が絞られているのが商売を成り立たせるバランスを考えた結果なら、それもアリなのではないでしょうか。
どのシリーズでも、必ずメンバーに売り上げの差は出ます。しかし、例えばウィングの衣装が予約販売だったように、落としどころを見つけることもできます。実際、ひろプリ自体は前作デパプリよりおもちゃの売り上げが伸びているので、ウィングは少なくとも邪魔になってはいないわけです。最後に大事なのは作品自体のバランスです。
以前から言っていますが、商売上当てにできないことを「キャラそのものが必要ない」に結び付けてあざ笑うことは、短絡的と言わざるをえません。

なお、プリティストアで売るグッズなどでは、大福は売り切れが早い印象で、映画で変身して以降は更に勢いがついたようでした。
また、わんぷり映画は興収が「オールスターズF」に次ぐ歴代2位となったそうです。もちろん様々な要因のあることですが、あれだけ話題になった兎組の活躍が貢献した部分は必ずあるでしょうから、男の子の参戦がマイナスではないことの証明と言っていいでしょう。
変身した兎組が入場者特典のシークレット枠やスペシャルトークのメンバーになっていたあたり、はじめから人気を見込まれていたのも明らかです。
わんぷり全体の売り上げも、ひろプリ以上に伸びていると聞いています。


さて、ひろプリ放送時、批判派はわざわざ文句をつけながら視聴を続けていました。
ウィングを好きになるつもりもなく、イライラするのが分かっているのに視聴をやめないのが不思議でしたが、それでも、「次に男の子プリキュアが登場したら、さすがにもうプリキュアファンをやめる」という発言はちらほらあったようです。

結局兎組はキュア○○ではなかったからと、ファンを続けるのでしょうか。

しかし、兎組がどのように扱われたかをよく振り返り、今後どのようなことが予想されるかというところまで、一度考えてみてほしいです。

兎組は最終的に正式メンバーでもキュア○○でもなかったにもかかわらず、異例の扱いをされました。追加戦士を期待される位置に置かれ、話題が沸騰するようなやり方で変身姿を見せました。
連続して男の子を登場させ、しかしそれぞれ違う扱いをした公式サイドは、もちろん世間の反応を見ていたでしょう。
この2年を今後に生かすとすれば、ウィングも兎組も十分に好評だったのですから、これからも工夫しつつ男の子を扱っていくと思われます。少なくとも、「二度と出さない」となるほどの根拠が見当たりません。
ウィング以前から様々な男の子キャラがいて、公式サイドは男の子のプリキュアもありえると示唆してきました。まして、ウィングの後に急に男の子の変身やプリキュア化を否定するとは考えにくいでしょう。

また、「クレヨンしんちゃん」とのコラボレーションでは野原しんのすけと飼い犬のシロがプリキュアになりましたし、男子高校生のみのチームのぼくプリも第2弾が発表されています。本編以外でも、男の子プリキュアは様々な方法を積み重ねているのです。

次作「キミとアイドルプリキュア♪」には、今のところ男の子の気配はありません。更にその先のことは、言うまでもなく分かりません。
しかし初期メンバーにいなくても、兎組が期待された追加戦士や、既に前例のある一時的な変身も方法にあるので、これからのプリキュアはスタート時に男の子がいるかいないかを判断することはできなくなったということです。
ファンの間でも、男の子のレギュラーキャラがいたら兎組のように追加戦士の予想に挙がり、特に熱心な擁護派が期待を語るのはもはや当たり前のことです。

どうしても男の子プリキュアを受け入れられない人にとって、いつ男の子がプリキュアになるかと怯えながらの鑑賞は、精神衛生上よくないでしょう。
実際、批判派は兎組を絶賛していた時期もどこかピリピリしていて、映画の頃からだんだんと批判的なトーンが強くなり、第36話の悟は批判派の望む「プリキュアに守られる男の子」だったはずが、聞こえてきたのは恋愛描写への批判ばかりで、以降兎組と作品の評価が下がったようです。映画以降から第48話までの悟はただいろはと恋人になっただけで、戦闘での活躍の仕方は絶賛していた頃と変わらなかったはずですが、もはや出番があるだけで文句が出るような有り様でした。
(そもそも、批判派がただ変身しないというだけで前半の悟を絶賛していたことの方が不思議でした。悟の描き方を批判するなら、映画以降に始めたのでは遅いです。詳しくはこちら)

結局のところ、プリキュアになるかどうかだけが判断基準ではないのなら、男の子がプリキュアになってもならなくても同じことです。

まして、いざ男の子プリキュアが出てくるとなればまた同じ不満の繰り返しとなり、他のファンの気分も害すだけです。
意見が変わる予定がないのであれば、自分から離れるのも一つの方法です。

「一時的ならOK」「『キュア○○』でなければいい」と兎組に納得しようとする批判派もいるようですが、そもそも批判派の主張は作品の根幹やコンセプトという観点が中心にあり、それゆえキュアアンフィニやブラックペッパーなども批判している人が多かったはずです。名前や参戦頻度さえ違っていればいいのなら、根本的には男の子プリキュアを認めたようなものではないでしょうか。もはや、何に反対しているのかよく分かりません。
兎組のような変身は男の子プリキュアの否定では決してないどころか、次の男の子プリキュアにつながっていくでしょう。正式メンバーではないからと妥協したところで、意味のないことです。

また、かつて兎組を「今のままでいい」「他に役目があるから変身する意味がない」と言い切っていた人たちは、映画で変身した時点で思惑が外れたと受け取るべきです。「間を取る」も何もなかったはずです。

批判派は「嫌なら見るな」に対して、「だったらまだいない時点から男の子プリキュアを望む擁護派もおかしい」とか、「擁護派もおもちゃやグッズの展開で文句を言うな」などと屁理屈めいた反論をするのですが、公式サイドが絶対ということではなく、批判にも種類があるのです。
例えば素敵な服が売られているのを見て、色やサイズを増やしてほしいと言うのは何もおかしくありません。品質に問題があるならクレームも当たり前でしょう。
では、嫌いだと分かっている色を購入した上で、「こんな色があるのは許せない」と言うのはどうでしょうか。嫌いなのに買った意味が分からないですし、おかしな批判ですよね。押し売りされたわけではないのですから、自分が買わなければいいだけです。

「今度は男の子がいなさそうだ」とキミプリ以降を見たいのであれば、私に止める術はありませんが、キュアウィングの”次”はいずれ出てくるものだと思っていた方がいいかと思います。キュアウィングを「失敗だった」と結論づけ、今後男の子が正式メンバーとになることはないという前提で考えることこそ、諦めた方がいい気がします。


なお、擁護派や兎組ファンにとって、「男の子にプリキュアになってほしい」と思うことと、「プリキュアそのものが好き」と思うことは同時にできるものですし、できている人が多いです。
例え男の子プリキュアへの期待を口にしても、女の子のプリキュアに怯えているわけではなく、出てこなくてがっかりしても、そのことだけで作品自体を嫌いになったりはしません。
「嫌いなのにわざわざ見て文句をつけている」ということとは全く違うので、構わないでいてくれるとありがたいです。


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