名前を間違えられる悲しさと、そこから気づいたこと
幼稚園の頃、同じクラスに
"みさきちゃん"という子がいた
担任の先生は私が作った物にも
決まって"みさき"と名前を書く
クラスに"みさき"は一人
"みさと"も一人なのに
先生の中では"みさき"が二人だったみたい
先生が私の名前を書き間違える度に
悲しくなったのを覚えてる
結局、1年間を通して先生が
"みさと"って書いてくれたのは
記憶してる限りでは1回だけだった
この経験は私の中では悲しい記憶
そのせいか、私は結構
人の名前を覚えるのが早かった←過去形😅
営業の仕事をしていた頃、名刺交換するとなぜか
苗字よりも下の名前を先に覚えてしまうとか 笑
総務をしていた時は、仕事柄もあるけど
60名以上いた職員の名前もすぐに覚えられた
が、しかし…
韓国に来てからは話が違った
韓国人の名前は聞き覚えのないものが多い
私が配属されたチームは当時60名ほどいて
外国人も多かったのでさらに複雑😂
名前を覚えていないのは失礼
名前を間違えたら失礼
私の中にはこういう価値観が強くあったので
名前をなかなか覚えられず
名前を呼べなかったことが
すごく申し訳なく感じられた😢
同僚たちは私の名前を
ちゃんと覚えてくれたけど
社外ではまた別の問題が…
なぜか"まさと"と間違えられることが多い😂
でも、そこでようやく気が付いた
"名前を間違えるのに悪気はない"ってことに
幼稚園の先生も、私の名前を間違えたのは
ただの勘違いで、決して私の存在を
軽く見ていたわけではなかったんだ
ただ、私は
名前を間違えられる
=私の存在を認めてもらえていない
と解釈していただけだった
もちろん、相手を大切にするという
意識を向けていたら間違えないかもしれない
でも、人は間違える生き物👭
間違えたら謝って、
次からは正しく呼ぼうとする姿勢が
大事なんじゃないかな
ちなみに、幼稚園の先生は
私の名前を呼ぶ時は"みさと"と
間違えずに呼んでくれていた
忙しかったのかもしれないし
書くときにスイッチが
入れ替わっちゃってたのかもしれない🤔
実は、このブログを書こうと思ったのは
先日参加したイベントで
まだお会いしたのが2回目だった方が
“懇親会には来ていませんでしたね”と
声をかけてくださったことがキッカケ
大勢の中の一人、ではなく
一人の相手に思いやりを持って接する
私も心掛けたい姿勢だなと思った💐
あなたが最近出会った人の
名前と顔、覚えていますか?☺️
P .S .
「やりたいことがあるけど、一歩を踏み出せない…」
そんなあなたへ、勇気を出して行動するための
ヒントをお届けするメルマガを配信中です💌✨
「何か変えたい。
でも、何から始めたらいいかわからない…」
そんな思いがある方は、ぜひこちらをご覧ください