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自分の芸術チャートから、手芸歴を振り返ってみた。
noteで仲良くしてもらっているakkiyさんの記事を読んで、芸術チャートなるものを作ってみた。
そうしたら、子供が小さいころに読んでいた子供誌の付録、これを作るのが好きだったってことを除いて、針や糸を使うものばかり。
本能的に、自覚するものなのですかね。
さて、このチャートを作るにあたり、自分の過去を振り返ったら、いろいろ思い出したことがあったので、だらだらと書いてみます。
物心ついて、初めて興味を持ったのは編み物。
母親が得意で、冬は毛糸でマフラー、セーター、靴下、腹巻、ベッドカバーなどなど毛糸で作れるものほぼ全部、夏はレース糸でコースターや食器のカバーなどの小物類から、テーブルクロスなどの大物まで作る達人。
そんな姿を見ていたので、自然とやってみたくなり、母に教わりながら、マフラーを作ったのが、小3か小4ぐらいの時。
中学生頃には、本を見ながらセーターも編んでいた。が、自分で作ったセーターを着る気にならず、作ってそのまま放置。(制作ペースはひと冬に一着)そのうち飽きてしまって、いったん編み物はやらなくなった。
その後、高校生になり、強烈に好きな人ができたとき、再びセーターを編んだ。当時、異様に手編みのモノをプレゼントするのが流行っていたのだ。
今思えば、彼氏でもなく、ただ一方的に好きだった人に手編みのセーター。かなりヤバい人だ。〇〇くん、無理やりセーター押し付けてごめんよ。
それ以降、大物を作った記憶はなし。娘たちにモヘアのマフラーを編んであげたぐらい。あ、元旦那に腹巻作ったことがあったかも。
次は、洋裁。
きっかけは4つ年上の、美人で器用な、憧れのいとこ。だから、何でも真似をしてやってみたうちのひとつ。これは社会人になってからだから、20代前半。
家庭科の授業でボックススカートを作った(いや、足踏みミシンが使えなくて、友達にほとんど縫ってもらった)以外、知識も経験もない状態から始めて、とにかく市販の型紙を買ってきては作り、完成したらまた別の型紙を買って作っての繰り返し。
最初は小物類、それからスカートやブラウス、ジャケット辺りまで挑戦したが、如何せん基礎知識が足りないので、ジャケットレベルになると気に入ったように仕上がらず、結局作ってもそのまま放置。手編みのセーターと同じ運命に。
それでも、ポーチとか、きんちゃく袋とか、そういう小物類はちょいちょい作ってプレゼントもしたし、当時作った袋類は今も現役で使ってる。
ただ、洋裁は時間がかかるし、場所も取る。作業中のままにしておくと、母に叱られたし、ミシンの音も夜は響くので、だんだんやらなくなった。そして、ミシンは実家の押し入れで長期休暇に入った。
クロスステッチを本格的にやったのは、留学時代。(アラサー)
小学校の自由研究でちょっとやったぐらいで、ほぼ初心者。ただ単純に、勉強ばかりで疲れる頭をリフレッシュさせるため、初期投資が少なくて(貧乏だったから)、思い立ったらすぐにできる解消方法として選んだ。
町中の手芸店でクロスステッチのセットを漁って、まあまあ気にいった図柄を選び、チクチクと勉強の合間に始めたが、すぐにクロスステッチの合間に勉強となり、本末転倒な状態に。
その後も無我の境地の面白さにはまり、幾つか作品を作ったけれど、制作意欲の勢いを持続できなかった。なぜなら、クロスステッチというか、刺繍の世界の図柄があまり好きではないから。
じゃあ、自分で好きなデザインの図案を作って…となればいいのだが、私は絵が描けない。ここで大きな壁にぶち当たり、挫折することになる。だから、また手芸店でセットを漁ってみるけど、気に入ったものが見つからない。
そうこうしているうちに帰国したので、クロスステッチはここで終了。
次は、パッチワークと中国結び。
これは台湾で暮らしていたころの趣味。基本、専業主婦で育児中心に生活し、時々日本語を教えたり、翻訳の仕事をしていた合間に始めた。
当時の台湾、私の住んでいた地域は田舎だったこともあり、日本では当たり前にある手芸店などはなく、手芸に関するものを入手するのが困難だった。
そこで、使う道具が少なくて、ちまちまできることはないかと考え、行きついたのがパッチワーク。針仕事は嫌いじゃないし、基本は図形を組み合わせるので、絵を描かなくてもいい。(ここが大きなポイント、三角や四角は定規があれば私でも描ける)
ということで、定期的に日本から食材などを送ってもらう中に、端切れの布も入れてもらい、これもまたなんの知識もないまま始めた。
それでも、まあ、そこそこ小さめの作品は問題なく作れた。奇跡的に写真が残っていたので、ご覧ください。
このあと、だんだん欲が出てきて、大きめな、ちょっと手の込んだタペストリーを作ってみたけど、やはり基礎・基本のない自己流だと、どうも気にいるようには作れない。(これは私の大雑把な性格が影響し、作品が大きくなるにつれ微妙なズレがどんどん広がることが大きな原因)
それで、結局それ以上パッチワークの世界に入り込めず、フェードアウト。
そして、最後が中国結び。
これはパッチワーク熱が冷めてきたころに、テレビか何かで作り方を観て、やってみたくなったもの。
それで、本屋で教本を探して(ほんとに、教本みたいな本だった)、なぜか文房具屋で中国結び用の紐は売っていたので、これまた独学の自己流で始めた。
ここで、中国結びって何?と思われる方もいるでしょうから、簡単に説明を。
中国紐と言われるナイロン紐を使って作る伝統工芸で、中国や台湾の家とかに飾ってある紐細工の飾りのこと。(詳細は以下を参照)
ただ、私はこんなコテコテの中華飾りを作りたかったのではなくて、ちょっとしたアクセサリーを作ったらどうだろうかと閃いて。
それで、試行錯誤して、幾つか気に入ったデザインもできて、本格的に力を入れようと思っていた矢先、元旦那とのごたごたが始まって、それどころでなくなって意欲消失。
その時作ったものの写真が、数枚奇跡的に残っていた。
このほかにも、わんこ用の首輪で、もう少しポップな感じのも作っていたけど、その写真は見つからず。
昨年、仕事に行かなくなったころ、またやってみたいと思ったのだけど、記憶が全く蘇ってこない。紐の編み方をすっかり忘れてしまったようだ。残念。
そして、絵を描くことに抵抗が少し減ったことがきっかけで、ただ今フランス刺繍に挑戦中。
ざっとこんな感じが、私の手芸歴。
ここまで書いて思ったのが、どれも長く続いてないのばかり。好奇心ばかり強くて、飽きっぽい性格がそのまま出てる。
それでも、どれも作業してるときは楽しかったし、無心に何かに集中できるというのは、いい脳のリフレッシュにもなるし、ボケ防止にもなりそうだし、これからも気持ちの赴くまま、やりたいことをやってみるつもりだ。
が、この精神のおかげで、道具は揃えたけれど、すぐに諦めてしまったことも過去には多数あり。
今回も、フランス刺繍と同時にフリーステッチングという、専用の道具を使って、プチプチ刺すだけで、もこもこな刺繍ができあがるというのにも惹かれて、道具を買い揃えたが、速攻お蔵入り。その前は羊毛フェルトもそうだった。
それでも、やってみて初めて好きか嫌いか、向いてるかどうか、そんなことがわかるわけだから、やってみるに越したことはない。確か、この間のIn the Soopでも、絵を描いたナムさんがそんなこといってったしね。
今まですぐにお蔵入りになった、数々の道具たち。ごめんよ。でも、本来の役目は果たしてないが、別な意味でちゃんと役に立ってるから、どうか安心しておくれ。
思いつくまま、だらだらと、締まりのない文章でしたが、
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。