ものにするって感覚
つかんだ感覚
何かを習う、何かを作って見る。
その時に「ヨッシャー」なんて思うのは、自分の欲しかった形を作ることが出来たとき。
絵を書くなら、思った表現が波動のように見る人に伝わったとき。もちろん自分でも、これだという感覚がはっきりある。
縫い物をするなら、見た目と肌感覚が一致したとき。心地いいとき。
そうそう KEY COFFEEのちょこっとアイスに添えてある小豆。毎週通って、作り方を研究した。落とした布の蓋であんこじゃない、粒が残った美味しい小豆を炊き上げた。
だから?うん、満足した。
きっかけは?
興味あるもの、いいと思うもの、手を出して来た。
うっかり死ぬかもなんて状態になって、あんまり自分がかわいそうになったから。そうだ、私はこのままの未来を良しとしなかったんだ。長く同じ場所でぐるぐるしたから、先に進もうと思った?
否、先に進みたいと切望しながら きっかけをつかめなかった。
自分と家族を動かしたのは 病気だ。
病気は自分が作り出している。
出来事さえも自分が出会うと決めてきている。
家族や不本意な現実は生まれてきた課題と繋がっている。
思いっきり興味深いよね。
そして、自分がかわいそうになった。つまり、かわいそうな自分をやってきたんだな(笑)
何に出会って来たか?
どうも私、嗅覚がいいらしい。体と心理学、理論も実際に出会ったセラピストやカウンセラーさん。さらにスピリチュアルな力を持つ人まで。一流である。
力を加える治療から流れを変えるセルフケア、心と体の繋がりから病気を見ていく理論。気もちをさらりと掬って〇〇だったんですねと観てくれる力のある人。
ただし、素晴らしいものと出会ったからって、取り込むことが出来るか、体現出来るかは別の話だ。
ありがたいことに、私を観てくれるカウンセラーさんと出会った。その少し前には、未来を変える心理学とも出会っている。
ものにしているか?
せっかくならものにしたいと思う。実際に実行したいんだ。
でもね、もう少し出来ていないと感じている。発展途中なの。
自分に自信がない。
私は理解が遅い。
私は聞いてもすぐ忘れてしまう。
やってみるが、続けるのが難しい。
これ、設定になってるかもね。
じゃあ やるだけ? 設定を書き換えてね。
体のことも心のこともコミュニケーションも得意じゃない自分からスタートしたんだ。
あら、失うものは何もないってこと?
ただ興味のある方向に進む、そこに 私がいるってことかも。
いろんな力、少しずつ身につけていく。望む未来に進んでく、それを回りの人にも伝えたい。そんなコミュニティ出来たらうれしいよ。
「よっしゃー」だよね(笑)