my ideal(アイドルオタク人生録 vol.7)
電車の窓からは空と海が見えていた。空は分厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。海は空と同じように灰色だった。
2024年10月6日、日曜日。私は電車に乗っていた。目的は、連日幕張メッセで開催されていたイコノイジョイ合同個別お話し会だった。
東京駅から海浜幕張駅までは31分。それほどの時間は乗っていないはずなのに、海沿いなのに、ディズニーリゾートというワクワクする場所を通り過ぎるはずの電車であるのに、相変わらず説明のしようのない遠さを感じていた。
電車の中で、私はこれから行うインタビューのことを考えて緊張していた。
これからインタビューを行う相手は、これまでとは少し異なる属性だ。私は、LINEのスクリーンショットに書かれた英語と日本語を何度も読み直していた。
これは彼女が2023年12月に学校へ提出した英語のエッセイで、和訳も彼女自身によるものだ。というか、率直に言うと、和訳というよりも、日本語から自動翻訳を使って英語を出力させ、英語を推敲するという方法を取って彼女はこの文章を完成させた。
この文章の続きは随時この記事の中で紹介する。
この文章を読んだ時、率直に言って感動した。その理由はおそらく、彼女が伝えたいことを極力シンプルに表現したことが影響しているだろう。日本語であればつらつらと書きたくなるところを、彼女は必要最小限の情報を、シンプルな英語で伝えようとした。
だからこそ、無駄がなく、心の奥に突き刺さるような、核心に触れたような文章になったのだと思う。
なお、「英語の課題とは?」という疑問が上がって当然である。
そう、今回のインタビュー対象者は現役の高校生なのだ。
アイドルオタク人生録は、30代男性が主なインタビュー対象であった。一方で、今回のインタビュー対象は10代の現役女子高生である。確かに30代に比べ、彼女は人生で何かを選択する機会をまだあまり経験していないかもしれない。
しかし、今10代でアイドルオタクをしている人たちが、どのような経験をしてオタクになり、今何を思っているのか。このインタビューでは、10代の女性にとってのオタク活動の"リアル"に迫っていきたい。
人工都市・海浜幕張
遠い遠い京葉線に31分乗り、海浜幕張駅に到着した。11時30分を少し過ぎた頃だった。どうやら彼女も同じ電車だったらしい。
改札前で彼女と合流した。黒いジャケットにスカート姿の彼女は、キラキラとしていた。私が高校生の頃であれば、絶対に話しかけられなかったであろうタイプの女子だった。
彼女は今日のお話し会のために、メイクや髪形もしっかりキメてきたという。高校3年生だが、洗練された雰囲気からは大学生と言われても違和感はないような大人っぽさがあった。
彼女は2日間のお話し会で、日曜日のみ、≒JOYの天野香乃愛のお話し会を複数枚買っていた。彼女のイコノイジョイにおける”今の”推しは、天野香乃愛であるからだ。
私は、今日話を聞かせてもらう時間をもらったことに対して改めて礼を言った。そして、海浜幕張駅からすぐのオムライス屋へ歩き始めた。
海浜幕張はいつ来ても妙な人工都市感がある。ビルに囲まれた幕張の街は、どんよりと曇って灰色であり、より憂鬱な空気を醸し出していた。
駅を出てすぐに目的のオムライス屋にたどり着いたが、あいにく満席。だが、正午前という時間もありそれほど待ちは多くはない。私はウェイティングリストにカタカナで自分の名前を記した。椅子がなかったので、私たちは立って順番待つことにした。そして、彼女の18年の人生について尋ね始めた。
生い立ち
彼女はアイドル界隈では『悠姫』と名乗っている。そして、これは本名だ。
彼女は、2006年9月、韓国籍の父と日本国籍の母の間に生まれた。現時点では2つの国籍を有しているというが、韓国語は話せないし、韓国に住んでいたこともないので、どちらかを選びなさいと言われたら当然に日本を選ぶと話した。
父親の仕事の影響で3歳までは何度も転居していたようで、正確にどこに住んでいたのかは記憶がないという。ただ、東京都江東区など、首都圏を転々としていたようだ。
3歳から6歳まで住んでいたのは足立区。「足立区には戻りたくないです」と彼女は語った。どうしてと尋ねると彼女は「治安が悪くて。うるさかったんです」と答えた。いわゆる物心がつく前と言われる、3歳から6歳までの時期でさえも「戻りたくない」と思うのだから、余程だったのだろう。
そして、彼女のアイドルとの出会いは、5歳と、今までのどのインタビュー対象者よりも早かった。
「5歳のときアイドルを好きになったんだよね?どうやってアイドルに出会ったの?」
「幼稚園で流行ってたんです」
「お遊戯会とかで踊ることになったとかそういうこと?」
「お遊戯会というか、なんか幼稚園のクラスで流行ってたんです。それでテレビを見て、AKBを知ったんです」
「それって・・・2011年ってことだよね」
「そうですね、そのぐらいです」
「その時期って、"Everyday、カチューシャ"とか、"フライングゲット"とか、そういう時期だよね」
「そうです!」
2006年生まれの18歳にとって、"エビカツ"や"フラゲ"が幼稚園時代の思い出の曲なのは、算数の問題としては当たり前の事実だ。だが、現実に成人した目の前の女性が、幼稚園でAKBを知り、アイドルを好きになったと言われるというのは、なかなかの衝撃である。
これは、算数の問題ではなく国語の問題である。
「そして、まゆゆ(渡辺麻友)が好きになったんです」
「それは、やっぱりビジュアルが好きだったの?」
「そうですね!」
5歳からのオタクの英才教育。そうして、彼女が6歳になった頃、引っ越しして、東京の西側にある現在の家に移った。静かな場所であろうことが容易に想像のつくエリアだ。
「そこからはずっとアイドルオタクなんだよね?」
「いや、実はそうでもなくて・・・。その後は小学校に入って、小学校低学年のときは全然アイドルには興味無くしてたんです」
「あ、そうなんだ。じゃああの英語のエッセイは結構省略してるんだね」
「そうなんです」
その時ちょうど席が空いたらしく、店員に窓際のカウンター席へ案内された。
窓際の席からは幕張らしいペデストリアンデッキが見えた。窓には目隠しもなく、通行人と目が合いそうな珍しい席だった。
「こういう席って珍しいよね。外の人と目が合いそう」
「確かに、そうですね」
もう一度アイドルを好きになる
「その後小学校高学年になった時に、またアイドルにハマるんです。テーマパークガールというグループで、YouTuberの同年代の女の子が中心になって結成されたグループでした」
テーマパークガール。初めてその名を聞く人も多いだろう。2016年12月に結成され、そして、2021年3月に解散しているグループである。
公式YouTubeによれば、「"SNS発、Z世代インフルエンサーガールズグループ。 「毎日がテーマパーク!」をコンセプトにZ世代ならではの自己発信スキルを持ち合わせた、 いぐさ、えみい、かなみ、けりぃ、ももかの仲良し5人組からなる、女子小中高生に大人気なYouTuberアーティスト。"」である。
彼女によると、YouTuberやインフルエンサーとして人気な少女たちを中心として作られたグループであり、当初はファンの8割程度が同年代の女性の女子小学生から高校生であったという。
現場はそれほど多かったわけではない。だいたい、月1回程度だったという。現場も、対バンのようないわゆる「地下アイドル」っぽいイベントとは異なり、「交通安全」などの本当にローカル感あふれるものが多かったという。
当時彼女は小学生だったため、いつも母親にお願いして現場に連れていってもらっていた。それほど参加のハードルも高くなく、お金がかかるイベントもほとんどなかったため、関東でのイベントはほぼ全通であった。
イベントの終了後はいつもメンバーと無料で話せた。剥がしも特にあるわけではないので、2,3分くらいは話せたという。
「1人が2,3分話したら、特典会、いつまでたっても終わらなくない?」
「そうですね・・・、でも半分くらいの人は特典会に行かないで帰っちゃうんです、あとはすぐに話し終える人もいたりして」
推しは、宇田川ももか。親しく友達のように話をすることができる存在だった。
「お金を使えない、積めない現場だと、TOみたいなのっているの?」
「強そうな人はいましたよ。やっぱり地方とかまで行ってる女の人で、多分大学生とかだったんだろうなって思います」
「なるほど。おじさんはいないの?」
「おじさんは1,2割はいたと思います。でもあんまり目立たない感じでした」
「そうなんだ」
女子が多い地下アイドル現場の話は続く。
「テパガ(テーマパークガール)のライブがあったんですけど、だいたいお客さんは200人ぐらいで、ほとんどが同世代の女の子だったんです。あとペンライトとかもなくって」
「なるほど。メンバーカラーとかもないの?」
「メンバーカラー自体はありましたね」
「なるほど・・・当然コールとかする人もいないってことだよね?」
「そうですね」
「ちなみに、曲はどうだったの?好きだった?」
「いや・・・そんなに・・・」
彼女は言いにくそうに苦笑いした。
「2019年にCDを出して、デビューしたんです。私が中1のときでした」
「あ、そしたらそこからは積む現場になるよね」
「そうですね、その頃には、おじさんとか、(枚数を)積む人も段々目立つようにはなっていました」
「でも、その翌年、コロナが始まって」
「ああ、そうか、そうだね」
「コロナになってずーっと何も活動が無くて。で、なんとなくそうなるだろうなーとは思ってたんですけど、やっぱり解散発表があって、2021年の3月に解散したんです」
「ショックだった?」
「んー・・・、正直その時はずっと活動休止状態だったし、そこまでって感じでした」
「時間は飛ぶんだけど、確か、テーマパークガールの推しと、この前の夏に久しぶりに話したって言ってなかったっけ?」
「はい、そうなんです。こないだの夏、元メンバーでアイドルしてる子がいるんですけど、その子の生誕に、推しメンがゲストで来たんです」
「推しメンって宇田川ももかだよね?今は芸能はしてるけど、アイドルではないんだね」
「はい、今はもうアイドルではないです。ライブ終わった後、特典会とかじゃなくて普通に10分ぐらい話せたんですよ」
「おお、10分ってすごいね。何を話したの?」
「ライブの話とかです」
「ライブの話?久しぶりに会って、いろいろ積もる話とかじゃなくて?」
「はい、なんかライブの話がほとんどだったと思います」
「なるほど、なんかさ、めっちゃライブに真剣だよね。どうしてだろう?」
「ライブを楽しみたいんです」
「昔、Xで、女性エリアで睨まれるとか書いてたよね」
「そうなんですよ!イコノイジョイとかだと女性エリアでミックス打っただけで睨まれるんです。だから女性エリア行けないんです私」
"そのアイドルの名前は、齊藤なぎさです"
「時間を戻すと、2020年にコロナがあって、テーマパークガールの活動がほとんどなくなって・・・その後イコラブにハマるということ?」
「そうなんです。なぎちゃんに」
「どうやって知ったの?」
「2021年の1月、中学3年のときです。TikTokを見てたら、カメコの人が撮ったなぎちゃん(=LOVEの齊藤なぎさ)の写真が流れてきて、めちゃくちゃかわいくて、すぐ好きになりました」
"TikTokで、カメコが撮った写真をまとめた動画でアイドルを好きになる"というこのプロセスは、非常に現代のアイドルシーンを象徴している。
「でも、当時受験生だったり、好きになった時にはもう武道館(2021年1月)のチケットとかもなくって、最初に会えたのは『イコラブ好きじゃんツアー』の東京公演だったんです」
「渋谷のLINECUBEの公演だよね?」
「そうです」
「齊藤なぎさのどういうところが好きだったの?」
「まず顔です。とにかく顔です。そのうえで、パフォーマンスが良いんですよ。歌もダンスも上手くて。あとは、なんとなく自分に似ているところがある気がしたんです」
「性格がということ?」
「はい、そうです」
「ちょっと自己肯定感が低いところとか、ちょっとかまってちゃん、みたいな、そういうところとか?」
「そうなんです、そんなところが自分に似てるんです」
齊藤なぎさは、アイドル界随一のルックスを持っているのに、ライブ前に「自分はかわいいか」とメンバーに聞いて回ったという。これは、彼女の不安症というか、自己肯定感の低さが影響しているようにも思える。
「青春"サブリミナル"のあたりのなぎちゃん、アイドルのビジュアルというか人類で一番かわいいと思ってます」
「そうだよね、マジで伝説だよね・・・ズルズルあたりからビジュアル良すぎてイコラブ通ってなくても、アイドル界隈でめちゃくちゃかわいいって有名だったよ」
「お話し会は行かなかったの?」
「はい、お話し会は取ってなくて、ライブのほうに行ってました。でも結局2回しかライブには行けなかったんです。イコラブ好きじゃんツアーの次に行ったのは、周年のライブの、昼のほうでした」
話し始めてしばらくして、注文したオムライスが運ばれてきた。
チーズなどのトッピングも可能な店だったが、お互いにトッピングはしていなかった。別にトッピングをしても良かったのだが、私は初めて来るお店で最初からトッピングはしない主義だ。
彼女は、「トッピングはあまり好きじゃないんです」と言って、通常のオムライスを頼んでいた。
オムライスを口にすると、弱めに、しかし確実に火が通された卵が本来持つ柔らかさが伝わってきた。美味しい。そして、見た目と裏腹にボリュームがあった。
トッピングは何もしなくても十分美味しい。いや、むしろしないほうが良いかもしれない。そんなことを彼女と話していた。
そのままが素晴らしいものは、そのままが一番良い。
卒業
彼女が2回目に参加した、2022年9月25日の=LOVEの5周年ライブ。これは、昼・夜の部に別れており、夜の部に齊藤なぎさが卒業発表したことで有名なライブである。
「昼公演が終わってすごく楽しくって、充実して家に帰ってXとかで感想を書いていたところでした。なぎちゃんが卒業するっていう情報が流れてきて・・・。最初は嘘だと思ったんです」
「嘘って言うのは、オタクの悪い冗談みたいな、そういうこと?」
「・・・実は、その前に、さなつんが卒業する夢を見たんです。それで目覚めたら、『あっ、夢か』って思ったことがあって・・・。それで、同じように今回も夢だと思ったんです」
「でも、今回は夢じゃなかったと」
「はい。めちゃくちゃ泣いて。それで、もうママにもめちゃくちゃ心配されたんですよ。それからは、毎日のように泣いて過ごしました。週4回くらいは泣いてましたね」
「朝起きて、ああ、なぎちゃん辞めるんだ・・・、みたいな、そういう感じ?」
「朝もありますけど、泣いてたのは夜が多かったです」
「それは、どういう涙なの?」
「最初はもう純粋に卒業が悲しかったんです。でも、だんだん、『どうしてもっと真剣にライブに行かなかったんだろう』とか、『どうしてもっとお話し会に行かなかったんだろう』とかって気持ちが出てきて、悔しくて涙が出てくるようになったんです」
「実際、卒業発表された後から、徐々に人って慣れていくものだと思うけど、実際曲線で言うとどう?最初にズーンと来て落ち込んで、だんだん少しずつマシにはなっていって、だけどまた卒業の日が近づくにつれてどんどん落ち込む、みたいな、そういう感じの気持ちの変化にはなっていたのかななんて想像するんだけど・・・」
「はい、だいたいそんな感じでした。少しずつ良くはなってきたんですけど、でも卒業が近づくととても不安定になって。まともにご飯も食べられなくなりました」
「そうだよね・・・」
「卒コンのチケット当たらなかったんですけど、日向坂のオタクとかでたまたま申し込んだ、ただのライトファンが当たってるの見て、ふざけんなって思って悔しくなったりもしましたね」
「あー、それなんか見たかも・・・。抽選って平等だからしょうがないことかもしれんけど、確かにモヤっとするよね」
「はい。そうなんですよ・・・。卒業の日とかはもう朝からずっと胃が痛くて。チケットないんですけど、どうしても当日は会場に行きたくて。早退したかったんです。でも親はダメって言ってて」
「そりゃ、普通の親はダメっていうよね」
「はい、でも結局会場まで行きました」
救いを求めて
「イコラブとは別にノイミー(≠ME)も見てたんですけど、みるてん(本田珠由記)が好きだったんです。それで、なぎちゃんの卒業があった後、ノイミーの3周年ライブを見て、すごく良いなと思って、これからはみるてんを応援しようと思ったんです」
「みるてんのどこが好きだったの?」
「んー、言動ですかね。みるてんってすごく行動がかわいいと思うんです」
齊藤なぎさが卒業して、心に大きな穴が開いていた。その穴を埋めるというわけではないが、新しい推しメンとして中心に据えたいと彼女が向かった先は=LOVEの妹グループの≠MEのみるてんこと、本田珠由記であった。
同時に、≒JOYも徐々に人気になってきており、天野香乃愛も気になる存在となっていった。
「その後、(2023年4月30日に)対面お話し会があったんですけど、みるてんの(券が)全然当たらなかったんです。そしたら、香乃愛だけ(券が)当たって、香乃愛に行くことにしたんです。そしたら、香乃愛、私のこと知っててくれて、もうそれがめちゃくちゃうれしくて、これからは香乃愛を応援しようってなったんです」
「ちなみにその時って、花束オオカミ(恋愛リアリティーショー)でなぎちゃん(齊藤なぎさ)と接触できるイベントあったよね?」
「はい、そのお話し会の前々週とかですかね、行きました。なぎちゃんと話してめっちゃ泣きました」
2023年4月17日。齊藤なぎさは卒業後に恋愛リアリティーショーに出演しており、その番組の一環で、東京ミッドタウンでファンと直接会話できるイベントが行われていた。
私も実際にイベントに行ったが、アイドル現場からするとありえないほど”おいしい”レギュレーションであった。たった花一本でかなり長い時間(数十秒)話せたり、撮影が自由であったからである。
しかし、彼女はそのイベントに行って涙を流しているにもかかわらず、応援するのは現役のアイドルである天野香乃愛にしようと決めた。
「やっぱり、応援対象はアイドルでないといけないの?」
「そうですね・・・」
「なぜ女優だと微妙なんだろうね?なぎちゃんは芸能界を引退したわけじゃないし、実際女優になっても結構テレビとかには出てくる方だと思うんだよね」
「うーん・・・なんだろう、やっぱり、アイドルじゃないとパフォーマンスが見れないし、定期的に会う機会がないのが大きいかなと思います」
「なんか、やっぱ、アイドルじゃなきゃダメって人は多いよね。アイドルじゃなくなったらフォロー外しちゃうみたいな人も、実際周りにいるし」
「(齊藤なぎさの)卒業後、客観的に悠姫を見ていて、意図的にいろんなアイドルにハマろうとしているように見えたんだよね、やっぱりそれはそうだったの?」
「そうですね、つらさを紛らわせようとしていたところはあったと思います」
「ふるっぱー(FRUITS ZIPPER)とかも行ってたよね」
「はい、でも・・・なんか違うって感じで。結局、なぎちゃんを超えるアイドルはいませんでした」
「(≒JOYの天野)香乃愛は?」
「香乃愛は大好きだし本当に最高のアイドルだと思います。けど、どこか自分の中でなぎちゃんの代わりとして見てしまっている点はあるのかもしれないです」
3分類理論
ここで、私は推しメン3分類理論を話した。
人があるアイドルを推しメンとするとき、大抵は3つの分類に収束されると考えている。偶像崇拝型、自己投影型、友達型である。
A:偶像崇拝型
推しメンが崇拝対象というタイプ。強烈な憧れであり、神様のように思っている存在である。顔やパフォーマンスが圧倒的で、そこに惹かれるというタイプ。
B:自己投影型
推しメンに自分を重ねるタイプ。自分に似ているところを推しメンに見つけ出し、他人と思えないという理由で推しメンを応援するようになるタイプ。
C:友達型
友達として話していて楽しいというタイプ。意気込んで推しメンを選んだというより、通っているうちになぜか気が合って推し始めるというケースが多い。自分というより、向こうが自分のことを好きで、このタイプが始まるというケースも多いように思う。
「話を聞いているとテーマパークガールの宇田川ももかは、友達型というか、良き友達という感じって感じに見えるかも」
「そうですね、ほんと良い友達、って感じでした」
「で、なぎちゃんは偶像崇拝型と自己投影型の両方に当てはまる気がする。そして、香乃愛は偶像崇拝型って感じがする」
「そんな感じかもしれないです。香乃愛は私には似てないです」
「まあ、彼女はタイプ違うかも」
「最近、ハマってる子がいるよね?」
「はい、汐見まといちゃんですね」
「何がきっかけでハマったの?」
「ニアジョイを見に行った対バンです。まあ、対バンって目当てのグループ以外は基本あんまり興味がないんですけど、yosugalaが出てきたときにパフォーマンスに圧倒されたんです。正直、見た目は私のタイプではないんですけど、とにかく凄くて」
「めちゃくちゃ評判良いよね彼女、周りでも結構有名だよ」
yosugalaの汐見まとい。
非常にパフォーマンス力が高く、私の周りでも圧倒的だという声は多い。ロリ系ではなく、どちらかというと大人っぽく、舌にピアスを入れているようなロックなアイドルである。
「まといちゃんは今まで推してきたアイドルとタイプが全然違うんです。だから、彼女なら、超えられるかもしれないです」
11月16日、汐見まといの生誕ライブが東京都恵比寿駅から徒歩数分のLIQUIDROOMで予定されている。彼女はそのライブをとても楽しみにしている。
「ちなみに、高校卒業したらどうするの?美容師になるんだっけ?」
「はい、美容の専門学校行きます。小さい頃から、ヘアメイクとかが好きだったんです。それで、そういう仕事に就きたいなって」
「大学ってぶっちゃけ結構楽だったりするけど、大学に行こうとはあまり思わなかった?周りがあんまり行かないとか?」
「いや、ほとんどみんな大学に行く高校です。でも、私、勉強苦手だし、大学行ってもなあって。それよりは、専門学校行こうって思いました」
自分が高校3年生のとき、大学に遊びに行くために入る人、モラトリアムを延長したいがために入る人はたくさんいた。その平成の記憶と照らし合わせると、令和の高校生は本当に真面目だと思った。無論、彼女をもって令和の高校生のすべてを断定することはできないが。
my ideal
「ところで、悠姫を見ていると、齊藤なぎさの卒業の傷をずっと引きずっているように見えるんだけれど、その傷みたいなものっていつ癒えるんだろうか?」
「・・・一生癒えることはないかもしれないです」
決して深刻な表情ではなかった。むしろ彼女は笑っていた。
しかし、その表情は決してその言葉が冗談ではないことを物語っていた。
「この前、なぎちゃんの卒業発表から2年経ったので、卒業発表のことが扱われてるイコラブのドキュメンタリーを見たんです。そしたら、また号泣しちゃって・・・」
英語のエッセイ文章はここで終わりである。
この文章は、先述した通り英語の課題であった。
しかし、実は、課題として提出したプリントはすでに処分されていたため、彼女が翻訳機能を使いながら英語を作り上げていったスクリーンショットを元に私が再構成したものだ。
だが、このスクリーンショットだからこそ、わかることがあった。
”She was so cute and my ideal person."
(彼女はとてもかわいくて私の理想の人でした)
この文章を作るにあたり、当初、彼女は「彼女はとてもかわいくて私の憧れの人でした」という文章を翻訳にかけている。その結果はこうだ。
「She was so cute that I admired her.」
そして彼女はこの英文に対し、意図的に「ideal」という言葉が英文に入るように再度、和文を書いて翻訳にかけた。
これは、=LOVEの「=LOVE」という楽曲に出てくる「やっと会えた My ideal 君こそ=LOVE」という単語を意識してのことだろう。
オタクたちは、ideal、つまり、理想のアイドルを求め彷徨う。
そして、運良く理想のアイドルに出会うことができる人たちもいる。
しかし、その理想のアイドルがアイドルでなくなったとき、私たちはどのように生きていけば良いのだろう?
”So, I want to support my idols with all my might."
(なので、私はアイドルを全力で応援したいです)
彼女の英語の課題はここで終わっている。
無論、文章を終わらせなければならなかったということもあるだろうが、この一文には、彼女にとって理想のアイドルであった、齊藤なぎさを全力で応援出来なかったという後悔が詰まっているとも取れる。
彼女はその苦しみ、後悔からまだ立ち直ることができていないようにも見える。
自分にとって究極の理想とも言える推しメンを失ったとき、オタクはどう生きれば良いのか。
残念ながらその答えは、このインタビューからだけではわからない。それは、彼女自身が今後のオタクライフの中で見つけていくことになるのだろう。
Real and Ideal
お店を出て建物を歩いていると、突然フロアマップの前でカシャリと彼女のスマートフォンからシャッター音が聞こえた。一体何の写真を撮っているの、と尋ねた。
「BeRealがきたんです」と、彼女は言った。
”BeReal”とは若者を中心に流行しているフランス発のSNSだ。
1日に1回、一斉にユーザーに通知が来る。ユーザーはそこから2分以内に前方カメラと後方カメラ、両方の同時撮影をし、写真を投稿をしなければ他のユーザーの投稿を見ることができない。なお、写真は加工できず、投稿は24時間で消える。
この一風変わったSNSは、Instagramのアンチテーゼとして生まれたという。
確かにInstagramの投稿は絶景や美味しそうな食事、楽しそうなイベント、あるいは美男美女で溢れかえっている。まさにキラキラしている。
しかし、BeRealは加工もできず、投稿時間も制限されている。日常生活のハイライトではない部分、キラキラしていない現実的な部分が漏れてくることをあえて意図している。
ところで、偶然にも、Real(現実)という単語は、Ideal(理想)という単語の対義語とも言える。
齊藤なぎさの卒業発表からもう2年が経過し、卒業から1年9か月が経とうとしている。今もなお、彼女はその傷から完全には立ち直ることはできずにいる。
これが、理想のアイドル(Ideal)である齊藤なぎさに対する彼女の現実(Real)だ。
彼女は、今の推しメンを齊藤なぎさと比べてしまうこともあると話す。
あるアイドルとあるアイドルを比較することを失礼だという人もいるのはわかる。確かに、それは正論だろう。
もちろん、今の推しメンが一番好き!今が一番楽しい!と言えれば、それに越したことはない。
だが、正論だけで人は生きられない。理想のアイドルに出会ってしまった人にとって、その残像が心に焼きつき続けるのは当然だろう。
むしろ、彼女が正直に人に言いにくい気持ちを話してくれたことを我々は尊重すべきだろう。
そして、何より私が強調したいのは、彼女は現在の推しメンへのリスペクトを欠かさず、学生というハンデを乗り越え、推しにお金や時間を使っているという点である。SNSでもいろいろな動画を作って推しをお祝いしたり、全力でライブを楽しみ、積極的に推しをSNSで褒めたりしている。女性エリアで睨まれるほど声を出してライブを楽しんでおり、「XXちゃんを推している自分が好き」という、アイドルを使って承認欲求を満たすような、巷で囁かれる悪い意味での”女オタ”とは全く違う。
彼女は今の推しメンを心から愛している。だから、心にずっと残っているアイドルがいたとしても、彼女の現在のオタク活動が間違っているはずなどなく、今の推しメンに向けている気持ちも嘘になるはずがない。
なぜなら、彼女は"リアル"に行動しているのだ。
建物の外に出ると、先程まで曇っていた幕張には霧のような細かい小雨が降っていた。私にとっては、あまり気にならないような、傘を差すほどではない小雨だった。
だが、彼女にとってはそうではなかった。メイクも、髪形も、今日、お話し会で推しメンに会うために作り上げてきたのだ。それが雨で崩れてはいけない。
ふと、雨の幕張を眺め、こんなことを思った。
彼女が最も愛する曲である=LOVEの「ズルいよ ズルいね」(センターは齊藤なぎさ)は愛する人の喪失をテーマに、土砂降りの雨を舞台として歌った曲である。
この曲のMVは、失恋した気持ちを象徴するように、土砂降りの雨と涙で構成される劇的なものだ。しかし、今幕張に振る雨は柔らかく、平凡な小雨だった。
彼女の悲しみは今や劇的なものではなくなった。しかし、ずっと心の奥底で「一生癒えないかもしれない傷」は残り続けている。
現実の悲しみは、目の前で降る小雨のように、MVに比べると、はるかに地味で、そして、長いものだ。
私たちは、いや、アイドルさえも、地味で長い現実という名の日常を歩んでいかねばならない。
雨から逃れるように、私たちは、早歩きして幕張メッセに向かった。
今日は1年に数日しかない、推しメンと直接話せる対面お話し会である。
悔いが残らないように、アイドルを全力で応援する。それが、彼女が18年間で学んだ真実だった。
痛みを忘れるためではない。目の前のアイドルに愛情を、情熱を、ただぶつけてゆく。
彼女は新しいidealを見つけられるだろうか?
彼女は今日も、目の前のアイドルを推し続ける。
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