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灯火(アイドルオタク人生録 vol.9 後編)

※本記事は、灯火(アイドルオタク人生録 vol.9) 前編の続きです。

6人体制のエビ中

「2018年は、1つを除いて現場を全通しました。行けなかったのは、自習(メンバープロデュースのライブ)で、どうしてもチケットが取れなかったんです。それ以外は全部行きましたね」
「すげえ・・・。お金どうしてたの?」
「基本、オタク以外お金使わないんですよね。あと、移動は車使ったりとかでとにかく節約してました」
「ハワイって2018年だっけ?」
「ですね。流石に結構高いんで、元々行く予定はあんまりなかったんですよ。ただ、周りのオタクが『どうやって行く?』って行く前提で話をしてくるんです、それで気が付いたら行ってましたね。ハワイは最高の思い出です」
「2018年全通ってことは、ツアーとかは当然全通するわけだよね。それって、全通しようと決めてしたことなの?」
「いえ。全然。楽しくて気が付いたら全部行ってたという感じですね」
「なるほど。全通にこだわってるわけではないんだね」
「はい。全通にこだわるあまり、無理して現場に行っている人もたまにいますが、自分はちょっと違うかなと・・・。人それぞれなので、別に良いとは思うんですが」
「まあ、確かにそうだね。そういう人もいるはいるね」
「あと、僕の見てない間にエビ中が前に進むのを見逃したくないんですよね」
「なるほど」

「そういえば、2018年の春、エビハイっていうエビ中のハイテンションになる曲を集めたライブがあったんです。そこで、初めて黄色(小林歌穂のメンバーカラー)のペンライトを振るようになりました」
「それまでは青(松野莉奈のメンバーカラー)を振っていたの?」
「はい。それまでは青を振っていたんですが、その時に強烈に黄色を振りたいと思ったんです」
「それはどうして?」
「なんででしょうね、説明のしようがないんですが・・・」
「黄色と青を振ったの?」
「はい。確か左手に黄色で右手に青だったかな・・・」
「その時は、推そうとは思わなかったの?」
「はい、その時は特に思いませんでした。とにかく黄色を振りたいという気持ちが一番だったので」

再び火が灯る時

「2018年のエビ中は結構、フェスに出ていたんですが、その中でも三大フェスと言われているものがあります」
「ん?何それ?」
「あっ、これはあくまで身内で勝手に言ってるだけなんで気にしないでください。この三大フェスというのは、富山と徳島と蒲郡で行われたフェスなんですけど」
「結構地方だね。めっちゃ行くの大変そう」
「はい、でもその3つが特に、本当すごく楽しい現場だったんですよね」
「そうなんだ」
「そのうちの富山のフェスなんですけど・・・。2018年8月4日の話です」

富山県で開催された「ホットフィールド」にて

 彼は6年以上前のことに関わらず、正確に日付を覚えていた。

「富山のフェスは本当にロケーションが良くて、本当に気持ちの良い、綺麗なところでした。自分の記憶違いでなければ、ステージの向こう側に街並み、その向こうに海が広がっていました。人がそれほど多くはなかったので、知り合いで集まって、今日は楽しむぞという気分でいたんです。みんなで沸く曲は沸いて楽しんでいました。でも、「スーパーヒーロー」の時はひたすら聴き入っていました」

 頭の中に夏の日差しと富山の風景が広がっていくような気がした。そしてその中で風に吹かれながら歌っているエビ中の姿が目に浮かんだ。

「その風景を見ていたら、昔、大阪南港のイベントでスーパーヒーローを聞いた時のことを思い出しました。ステージの向こうに海が見えて・・・」

 2015年、かつての大阪南港であったイベントが頭によぎった。もう3年近く経つ。そして、推しメンを失ってから、1年半の月日が経っていた。
 
 推しメンを失って、エビ中のライブに行くか迷った。推しメンのいない新生エビ中を見て、1曲目で大号泣した。しかし、その後のエビ中のライブは本当に楽しかった。それでも、時折推しメンのいる友人が羨ましく思えることもあった。迷いなく現場に通い続けているように見えながらも、常に心の奥底には人には見せない葛藤があった。
 エビ中に通い続けることができたのは、小林歌穂と安本彩花の優しさが大きな支えだった。
 小林歌穂との接触券を60枚買ったりはしていたが、決して推しメンにはならなかった。彼の中での推しメンは、松野莉奈一人だったからだ。かたくなに推しメンを増やすことを拒否していたわけではなかったが、新しい推しメンを作ろうという気持ちは生まれなかった。

 「スーパーヒーローの終わりの歌穂ちゃんの表情を見てほしい」、彼の友人はこう言っていた。
 エビ中屈指の名曲「スーパーヒーロー」。美しい富山県の自然の中で、彼は微動だにせずその曲に聴き入っていた。そして曲が終わる頃、彼は小林歌穂を見つめた。
 その顔に浮かぶ表情を見ていると、自然と目に涙が浮かんできた。

 その瞬間、彼は、「自分はやっぱりこの子なんだ」と心の奥底から確信したという。
 そして、小林歌穂は、彼の新しい「推しメン」となった。

 このシリーズの記事は基本的にノンフィクションである。
 現実というのは、往々にして計画的だし、突然のドラマは早々起こらない。
 時折自分のオタクストーリーをドラマティックに語る人がいるが、そうしたオタクは、本当にドラマティックな出来事に遭遇しているか、地味な現象に自分で味付けしているにすぎないようにも思える。無論、この自分オリジナルのストーリーを紡いでいくスタイルが悪いこととは思わない。人に迷惑をかけているわけではない。これも一つの楽しみ方だと思う。

 しかし、彼に現実に起こったことはほんの一瞬に生じたことであった。ライブを見て、その歌声に、その表情に感動し、「自分はやっぱりこの子なんだ」と確信するに至った。それは、ストーリーを作るなどという行為とは無縁で、完全な無意識だった。実際、彼はその「推し増し」のストーリーを1か月近く、公に語ることはなかった。

「小林歌穂ちゃんを推そうと決めたのはその日です。自分はやっぱりこの子なんだ、と心から思いました。そして、その日にファンクラブの推しメン登録を変えました。でも、その日は誰にも歌穂ちゃんを推すことにしたという話はしませんでした」
「それは、自分の心の問題だから?」
「そうですね。誰かに言うことではないかなと思ったので。結局、言ったのは、その次彼女に話す機会があったときです」

 そう言って、彼は日付を調べた。
「8月25日ですね。この日、歌穂ちゃんに、推すことにしたと伝えました」
「どんな反応だったの?」
「正直これもあんまり覚えていないんですが、しっかり受け止めてもらったという記憶はあります。真剣に聞いてくれました」
「なるほど・・・」
「そして仲間にも、歌穂ちゃんを推し増しするっていうことを伝えました。みんな祝福してくれました。嬉しいって言ってくれたんです」
「わかる。俺もそれを知った時本当に嬉しかったよ」

欠け続けるピース

「その後、2018年末の学芸会で美怜ちゃんが怪我して、5人でのパフォーマンスになったりして。そこから、エビ中は6人のうち5人しか揃わないという状況が続くようになるんですよね」
 
 2018年12月のライブで、星名美怜はリハーサル中に怪我をし、翌年2月まで活動を休止する。
 また、2019年10月に安本彩花が体調不良で活動休止となった。翌年2020年3月に復帰するも、安本彩花は悪性リンパ腫という大病を患い、2020年10月から2021年7月まで活動休止となった。(2025年1月現在は健康に活動している)

「2019年は全通したんですけど、このあたりはずっとモヤモヤした気持ちを抱えながらライブを見ていました」
「全員揃ったエビ中を見られないということがモヤモヤした?」
「そうですね。別に、楽しいは楽しかったんですが・・・」

「そういえばトルコって2019年だっけ?」
「そうですね」
「全通ってことはトルコも行ったの?」
「行きましたよ。入国して出国するまで27時間もなかったんですけどね」
「え?やばいね」

 エビ中トルコ遠征について解説したい。エビ中はトルコのアスペンドスという古代遺跡でライブをしている。しかも恐るべきことに、公式からこの発表が出たのはなんと開催日の5日前である。(実際は、少し前から情報が出ていたらしい)
 これが実際の告知ツイートである。

 このアスペンドスは、トルコの中でも奥地。アンタルヤ国際空港が最寄りの空港となるが、日本からの直行便はない。イスタンブールから乗り継ぐ必要がある。
 日程的にも場所的にも、日本アイドル史上、極限の遠征の1つである。

「エビ中の特典で、校長と話せる機会があったんですよね。それで、トルコって行っていいんですか?って聞いたんですよ。オタクは行かない方がいいのかなとも思ってたので。そしたら、『来てもいいよ、でも、本当にライブするだけで、現地でファン向けイベントとかの時間は作れないよ』って言ってて。それで逆に行ってやろうと火が付きました」

 結局、現地には10人程度のオタクが駆け付けた。

松の湯 

 そうしているうちに、松の湯に到着した。昔ながらの銭湯という門構え。混んでいるかなとも思ったが、実際に下駄箱に行くと空きがあった。

松の湯


 私たちは銭湯の入浴料とレンタルタオル代を払い、脱衣所のロッカーのカギを受け取った。7番と10番。このような数字に意味を見出してしまうのがオタクだ。エビ中で言えば7番は星名美怜の出席番号、10番は柏木ひなたの出席番号である。
 とはいえ、私の推しメンは3番真山りか。彼の推しメンは9番松野莉奈と11番小林歌穂である。直接的に関連性はない。しかし、少し考えるとあることに気が付いた。
「お互いの奥さんの推しメンの出席番号だね」
 そう言って私は7番のカギを彼に渡した。彼の妻は7番星名美怜、私の妻は10番柏木ひなたを推していたからだ。
「奥さんはひなたちゃんのオタクなんですか?」
「うん。エビ中で知り合ったわけじゃないんだけどね。コロナ禍にMUSiCフェスの動画が無料公開されてたじゃん。あれを見ているうちにハマったらしくて。最終的に(2022年12月の)卒コンまでは見に行ったから、2年ぐらいは推してたと思うよ」
「そうなんですね」

 服を脱ぎ、浴場に入ると、洗い場の奥に浴槽と銭湯ならではのタイル絵が目に入った。描かれているのは、日本の銭湯に多い富士山ではなく、湖、山、城。そして女湯にまたがる形で絵の中心には虹がかかっていた。どことなく西洋スタイルで、スイスを思い出す美しい絵であった。

 浴槽はそれほど広くはなかったが、少し熱めのジャグジーや少しぬるめの薬湯に入り一通りくつろいだ。コンパクトな浴場である。他の入浴客の迷惑にもなってはいけないので、それほど会話はしなかった。
 しばらくして風呂から上がり、脱衣所で服を着ていると彼がエビ中のTシャツを着ていることに気が付いた。
「あれ、エビ中のグッズ着てるんだね」
「あっ、そうですね、普通に私服として着てますね」
 そう言いながら私もTシャツを着る。そして気が付く。
「あ、よく考えたら俺もイコラブのグッズ着てるわ」
 私が着ていたのはイコラブボートレース部というTシャツだった。
「グッズなんですね、それ」
「そうそう。このTシャツ何故か質が良くてね。愛用してるよ」

 再び外に出ると、冬の夜風が火照った身体を冷まし、心地よさを感じる。
 風呂に入り、腹も減ってきた。夕食にも良い時間だ。
 私たちは餃子屋に向かって歩き出すことにした。

人生で最も嬉しかったこと

「そういえば、奥さんとはいつ頃付き合い始めたの?」
「2019年の11月末ですね。僕がいろんな人の推し被り会に顔を出していたこともあって、星名推しの推し被り会で知り合いました」
「なるほど。それにしてもその後すぐコロナが流行するから大変だったよね」
「はい。自分、(2020年)4月に高熱出してしまって、結局コロナではなかったんですけど、自分のせいで会社の他の人たちがリモートになってしまったりで、結構職場に迷惑かけちゃったんです。そこからコロナっていうか、感染したら周りに迷惑かけるっていうことが怖くて。同時期に彼女が関西から東京に引っ越してきました。一緒に住むような形で、僕もそこで生活していました。コロナの初期ってライブも全部中止になるし、本当に家から出ないでっていう感じだったので、ちゅうおん(エビ中秋の野外ライブ)ぐらいまで本当に必要最低限の外出しかしませんでした。結構気が滅入っていたんですが、ちゅうおんでオタクに会ったりすることですごく救われました」
「コロナの初期、夏ごろまではテレビとかも総集編とかばっかりやってたもんね。冬くらいにはGoToとかどんどん出てきてマスクさえすれば外出していいよ、一席空ければライブもやっていいよ、みたいな感じになったけど」

 我々が歩いている場所からはスカイツリーが良く見えた。私は歩きながらスカイツリーや東京の道を写真に収めた。我々が歩いていたのは、錦糸町や亀戸の近辺であり、いわゆる下町と言われるエリアだ。あと10日でクリスマスが迫っているにも関わらず、クリスマスの雰囲気というものがほとんどなかった。

「奥さんと結婚したのはいつ?」
「2020年の11月7日ですね」
「じゃあ付き合って1年ぐらいか!なんで付き合い始めた記念日に入籍しなかったの?」
「結婚記念日は、できたらお互いの推しメンの出席番号が入る日にしようと思ったんです」
「あー、11番、7番ってことか」
「はい。結婚しましたってTwitterにアップしたら、反応がすごくて、いいねが1000件を超えました。リプライも、400件以上もいただきました。自分たちのことを祝ってくれる人がこんなにいるのももちろん嬉しかったですし、久しぶりの人からおめでとうってLINEが来たり、Twitterをお祝いのためだけに復活してくれる人がいて、そういうのも本当に嬉しかったんです。美怜ちゃんも、妻がInstagramで結婚したよってその日の夜にコメントしたら、他の人のコメントはその日には返していなかったんですが、それには即日で返してくれて・・・」
「星名美怜、マジでそう言うところが好きや・・・」
みんなに結婚をお祝いしてもらったことは自分にとって人生で最も嬉しいことの1つです。少なくとも5本の指には入りますね

 歩いてしばらくすると餃子屋に着く。人気店でもあり席が空いているか心配だったが、ちょうどよく先客が出たタイミングだった。私たちは運よく広い座敷席に通された。

 店内を見渡すと、ビールを飲んでいる人がほとんどだった。これぞ町中華という匂い、油を吸い込んだようなポスター、年季の入ったシンプルな文字だけのメニュー。私たちは餃子12個とライスをそれぞれ1つずつ、そして、レバニラを1つ注文した。

2020年以降のエビ中

「2020年の年末、何か発表があるとアナウンスされてたんですが、その発表は結局新メンバーオーディションを実施するというものでした。正直結構荒れていた覚えがあるんですが、自分は発表の内容は新メンバーだと予想していましたし、新メンバー加入についてはポジティブでした」
「それはどうして?」
「やっぱり5人のエビ中を見て、誰かが足りないという寂しさがずっとあったので、メンバーが増えて体制が変わるのはいいことだと思ったんです」

「2021年は6人じゃないことがやっぱり寂しくて、(2~3月の)6voicesのツアーは半分くらいしか行きませんでした。あとは、正直結婚式をするため、お金をたくさんは使っていられなかったんです」
「結婚式ってオタクたくさん呼んだの?」
「いえ、親戚だけで小規模に京都でやりました。向こうの実家が京都のほうなので」
「なるほど」

 2021年5月、オーディションの結果、出席番号13番桜木心菜、14番小久保柚乃、15番風見和香が新たにメンバーとして加入。この3人はまとめて、通称「ココユノノカ」と称される。

「3人が加入してから9人体制になって、2021年末のライブ”Reboot”はかなり感動しました。9人でこんなに楽しいライブができるんだ、って。2016年の年末のオーシャンズガイドがベストとは思っていますが、それに匹敵するくらい好きなライブですね」

 餃子と白米、そしてスープともやしのナムルが運ばれてきた。「こういうのでいいんだよ」ではなく、「こういうのがいいんだよ」と言いたくなるような完璧な見た目であった。私も、自然にテンションが上がった。

「うお~~めっちゃ美味そうだね」
「そうですね!」

 彼は両手を合わせて「いただきます」と唱える。
 餃子は確かに人気店というだけあって美味い。餃子は12個を頼んだが、あれっ、6個しかないぞ、と思っていると、あとから一皿6個が追加された。焼きたてが美味しい。ありがたいサービスである。

「美味いですね」と彼も頷く。

 後からレバニラもやってくる。この味付けもしっかりとしている。文句なしに満足できる店だった。
 私たちは、しばしの間、食べることに集中していた。

 一通り食べ終え、水を飲み続きを話す。

「2021年の年末の大学芸会が終わって、その次、大きかったのは2022年4月でしたね。ひなたちゃんの卒業が朝発表されて。その日は、オタクで花見をする予定だったんです。それで、どんな気持ちで集まればいいんだろう・・・っていう感じにもなったんですけど、結局花見をやりました。結果的には集まってよかったなって思います。ああいう時って、誰かと一緒にいたほうが良いと思うんですよね」
「確かに、そうだね」
「そのあと、drawerっていうツアーがあったんですけど、これが良すぎて久々に全通しました」
 生まれて初めて”久々に全通”という特異な日本語を聞いた私は笑った。
「久々に全通って日本語、やばすぎるでしょ」

「そのあとはひなたちゃんの卒コンがあって、次の日にまた新体制になりましたよね」

 エビ中は再びオーディションを行っていた。そして2022年10月1日、エビ中に2人の新メンバーが加入した。出席番号16番桜井えま、17番仲村悠菜だ。そして彼女たちのステージデビューは2022年12月17日。柏木ひなたが卒業した翌日である。
 彼が言う新体制とは、柏木ひなたが卒業し、桜井、仲村が加わった10人のエビ中を意味している。

「自分が一番追ってきた6人時代を牽引していたひなたちゃんが卒業した寂しさが大きかったこと、9人でまとまった感があったところで2人が加入したため、当時は8+2にしかみえなかったんですよね。勿論加入自体は嬉しいし、嫌いというわけでは全くなかったですが」
「なるほど、桜木、小久保、風見はすぐに受け入れられたけど、桜井、仲村を受け入れるのには少し時間がかかったと。僕は真逆かも」
「そうなんですか?」
「うん。なんか、技術的に桜井えま、仲村悠菜の2人って、最初出てきた瞬間から歌上手くて、できる子だったと思うんだよね。それに比べたら、ココユノノカ3人って、最初はまだまだ粗削りなところがあって。僕はそんな印象だったよ」
「なるほど。結局、そうは言っても、武者修行(エビ中の2021年以降に加入した妹メンバー5人のみのフリーライブ)は全部行ったんですが、それで考えが変わったんです。話が変わるんですが、「いつかのメイドインジャピャ~ン」って曲があるじゃないですか。あれ、ぁぃぁぃ(廣田あいか)の卒コンでやって完成したというか、それ以降はあんまりやってほしくないって思ってたんです。ぁぃぁぃが松野莉奈さんの映像も流したうえでオリジナルメンバー4人でやってくれたと思うんですが、それ以降は封印してくらいに思ってたんです」
「なるほど」

 「いつかのメイドインジャピャ~ン」は、安本彩花、廣田あいか、松野莉奈、柏木ひなたのユニット曲である。ユニット曲でありながらもかなり盛り上がる曲でもあるため、非常に人気は高い。

「でも実際は封印されずに、いろんなライブでやってたんですよね。人気高い曲というのはあると思うんですが、正直まぁちょっと嫌だなと感じてはいたんですよね。でも、武者修行で、妹メンバーがこの曲をやったとき、自分が見たかったのはこれだ!ってなって。しかもその後、アンコールがあって、何も言わないで”ジャンプ”だけを歌って去って行って、なんてカッコいいんだって思いました」
「かっけ~」
「そうなんですよ。なので、妹メン(2021年以降加入の5人)は本当に大好きですね」

 2023年以降は、ツアーの要所要所に参加することにした。2024年は、夫婦で台湾に行けたことが思い出になった。

「ごちそうさまでした」
 手を合わせて丁寧に彼は言った。

 私たちは代金を払い、店を出た。
「ごちそうさまでした!」と店員に挨拶して、暖簾をくぐり、外へ出る。

 足は自然に秋葉原の方向へ向かっていく。

復活の理由

「このアイドルオタク人生録のシリーズでは、7,8と推しメンを失った人たちの話を書いてきたんだよね。彼女たちに関して言えば、救いの希望がある人もいれば、それがまだ見えない人もいたんだけどもね。みずっちが心から好きと思える推しメンをもう一度見つけることができた理由はなんだろう?」
「うーん、やはり今思うと、2017年の春ツアーの初日(松野莉奈を失って初めてのライブ)に行くという選択をしたことです。もし2017年の春ツアーに、”行かない”という選択をしていたら、今の自分はないですし、妻とも結婚していなかったと思います」
「そういう意味で、ターニングポイントって言ってたんだね」
「はい、あのライブに行くかどうかは本当に迷っていたんです。連番相手は中山推しでしたし、正直楽しめるという自信もそれほどありませんでした」
「確かに、連番相手に迷惑になるかも、って考えちゃうのはわかるかも」
「でも結果的には、1曲目に泣いちゃいましたが、エビ中のライブを見て元気をもらえました」
「エビ中って、本当にライブが良いんだよな」
「本当そうですよね」
「そういう意味ではライブに行ったことと、そのライブのクオリティというか、パフォーマンスのレベルが本当に高かったことがあるのかもね」
「はい。そうでしょうね」

「あとは、仲間に恵まれたことですね。一緒にツアーを回ったりしていた仲間たち。彼らは本当にエビ中に対して真剣でした。毎週遠征がある時に、毎週同じように会える仲間がいるって凄い事じゃないですか。勿論一人でライブに行くのも楽しいんですが、車でワイワイしながら一緒に向かったり、終わった後に飲み会で感想を言い合ったり、一緒に泊まったり出来る事は当たり前じゃなかったんだなって最近特に実感しています。2017年は、北海道→盛岡→沖縄→愛媛→石川っていう関東からは遠方の現場が毎週続く時があったんですが、それでも仲良い人は当たり前のように行ってて…。自分が来ても安心できる現場を皆が意図せず作ってくれてたんですよね。一番辛い年でしたが、一番充実していた年でもあったかと思います
「なるほど・・・」

 春ツアーの最終日、ライブ後に居酒屋で全員が泣いたというあの夜。
 小林歌穂を推し増しする、と決めたときに「嬉しい」と言ってくれた仲間たち。
 結婚を報告したときについた1000を超えるいいね、そして、祝うためだけにアカウントを復活させてくれた人たち。
 彼の周りにはエビ中を本気で愛している人たちが集まっていた。そして、同時に彼を仲間として大切にしている人たちが多かった。

 そして、言うまでもなく、推しメンとなった小林歌穂の魅力が大きかった。

「結局、小林歌穂というアイドルのどこが好き?」
ずっと真剣に僕の言葉を受け止めてくれたこともそうなんですけど、やっぱりなんだかんだパフォーマンスかもしれないです。彼女のパフォーマンスは本当に凄いと思います
「そうだよね。なんか歌声聞いてると泣けてくるというか、優しい感じがすごくして、この前のクリスマスのライブのソロが良すぎて泣いてしまったわ」
「わかります。パフォーマンスほんと良いですよね。あとは、やっぱり色々なものを抱えていても、それを決して表には出さないで頑張っているところですかね」

エビ中ハワイにて、仲間たちと(2018年)

宝物

「あ、そういえば、ハワイってどんな感じだったの?ハワイの話してなかったかも」
「ハワイは公式ツアーがそれなりに高かったんですが、それに見合うだけの価値はありました。本当に自由でしたね。メンバーがその辺歩いてましたし、話すのも全然OKでした。マラソンの時とか、走りながら話し放題みたいな感じで、僕はその時一緒に行動していた人たちとの兼ね合いもあって、美怜ちゃんと走っていました。数人で1時間近く話した記憶がありますよ」
「1時間?すごいね」
「ええ。あとは、メンバーと写真を撮るのがOKだったんです」
「それって撮っていいって言われてたの?」
「正式にOKというアナウンスがあったかはよくわからないですけど、自由って感じでメンバーも普通に写ってくれましたね」
「まあ、だったら大丈夫そうだね」
「はい。自分はハワイで、彩ちゃんと歌穂ちゃんと、それぞれ2ショット写真を撮ってもらったんです」
「良いな~」
「その時は歌穂ちゃん推しではなかったんですが、僕にとってこの写真はずっと宝物です。すごく大切なので、SNSとかには投稿してないです。友達とかに見せるだけにしていますね。知らない人に見られたくないというか」

 彼はインターネットに自分の顔写真を載せることを躊躇しない。その彼が「載せない」としている宝物のような2ショットがある。
 彼はその写真を見せてくれた。ハワイの陽光の中で二人が自然体で笑っている素敵な写真だった。盛れているとかそういったこととは無縁の、ナチュラルで、リラックスした写真だった。2人の関係性がどこか見えるような暖かいという印象を受ける写真だった。

この写真がある限り、僕は迷うことはないですね。結構僕はいろんなことをネガティブに考えがちなんですけど・・・、この写真がある限り、自分は絶対大丈夫だと思えるんです」

 気が付けば、岩本町の交差点に戻ってきていた。秋葉原はもうすぐだ。

小林歌穂ちゃんを最後の推しにしたいと思っています。僕がオタクを辞めるのは、歌穂ちゃんがアイドルを辞めるときだと思っています。もちろん、そう言って辞められない人を見てきたので、実際自分がどうなるかはわからないんですけどね」

小林歌穂との2shot(2023年7月)


語り継がれる本物、相当の大物

 秋葉原が近づくにつれて、街の光が眩しくなっていく。神田川にかかる橋を渡る。

「2014年から2022年、2023年と話してきて、ついに2024年、現代に帰ってきたわけだけど、何と言っても今年は星名美怜の脱退だよね。でも結局昨日の9人体制の初ライブがあまりに凄すぎて、やっぱりえびちゅうってライブだよなって思ったよほんと」

 星名美怜は、14年間の私立恵比寿中学のキャリアを突然の脱退という形で終了した。突然の知らせに戸惑うファンに対し、急に強張った顔のメンバーたちの謝罪動画がアップされ、ファンからは「残されたメンバーが謝ることではない」、「運営がきちんと説明してほしい」という不満が爆発した。

「昨日のライブは本当に良かったです。昨日、星名推しの知り合いを家に泊めたんで、深夜までライブの話をしていたんですけど、「悔しい」って言ってたんです。美怜ちゃんがいなくてもこんなに良いライブができるのが悔しいって」
「そうだよね…不思議。今までも、ここまで全員が活躍してるグループってなかなかないなって思っててさ。いろんなアイドルみてると、パートの偏りとか結構あって、パフォーマンス的に言うとあんまり全体に影響を与えない子って正直いるはいると思うんだけど。でもえびちゅうのライブを見ていると、全員が間違いなくグループにとって必要なパーツに見えるのに、9人になったえびちゅうも結局ものすごく良いライブをする。これまでもえびちゅうはメンバーが欠けたり抜けたりしてきたけど、ほんとにいつもそうなんだよね。不思議だよね」
「それがグループアイドルっていうものなんでしょうね。メンバーが変わっても、グループらしさっていうものはそこにあり続けるというか」
「確かにね・・・。やっぱそうだよね」

 秋葉原駅が近づく。眩しさが目に入るようだ。

「あの脱退騒動はいろいろ運営の発表の仕方だったり、その後のやり方に批判も相当あったけど、結局、えびちゅうはまた最高のライブで批判を黙らせたなって僕は思っているんだよね。SNSバズとかが重視されるこの時代に、本物のライブをし続ける存在は貴重だと思う。僕らが守って行かないとって思った」
「そうですね。本当に・・・」
 最近のえびちゅうのSNS施策等についても話が出た。頑張ってほしいし協力はするが、とにかくえびちゅうには良いライブを見せてほしい、と。

「ああそうだ、客降りとかってあるじゃないですか、メンバーが客席に来て、撮影可能みたいな」
「あるね」
「あれはあれで良さもあると思うんですけど、個人的にはステージでパフォーマンスをしてほしいなと思うんですよね」
「わかる。周りもレスとか良いからステージに集中してくれって言ってる人が多いね。でも、それはもう令和じゃなく、平成の考え方なのかもしれないね・・・」
「そうなんですかね・・・」

奇跡が起こる理由

 秋葉原駅に到着する。時刻はまだ21時前だったが彼の長いアイドルオタク人生はついに現代まで戻ってきた。そして聞きたいことは聞けた。明日は平日でもあり、解散することにした。長い下りのエスカレーターに乗りながら彼は言った。
「大丈夫そうですか?記事になりますかね?後半はちょっと話すことがあんまりなかった気がしているんですが」
「大丈夫!十分すぎるほど記事になると思う。それに、基本は事実を元にして書きたいと思ってるし、特に何もないっていうのもリアルだと思うし。現実にはドラマって起こるものじゃないから」

 私たちを乗せたエスカレーターはゆっくりと降っていた。登り側のエスカレーターが右隣にあった。
 そちらからなんとなく視線を感じる。
 脳のどこかで何かを感じたようで、無意識にそちらに目線が行く。
 すれ違ったのは私の知り合いのオタクだったのだ。互いに気がつき、軽く会釈する。

「知り合いがいた!えびちゅうのオタクなんだけど、知ってる?」
「知ってます!くらさんも知り合いなんですね」
「えびちゅうの前の現場から知り合いなんだよね。いやー、こういう偶然ってあるんだね・・・現実にはドラマはそんなに起こらないって言ってたら・・・」
「これもオタクとしての積み重ねの結果ですね」

 そうして、私たちは同じ電車に乗り、解散した。

 私は、秋葉原駅で知り合いに会ったことを偶然と捉えた。一方で、彼はこれを「積み重ねの結果」と捉えた。その時はそれほど深く考えなかったが、彼と別れて最寄り駅を歩いている時に思い返し、なるほどと思わされた。

 確かに10年も真剣にオタクをしていれば、知り合いも増える。そして秋葉原駅のような場所で知り合いに会うこともあるだろう。だとすれば、ある意味では必然でもある。
 しかしそれ以上に思ったのは、彼が今ここにいることは、オタクの結果というよりも、彼の人間性の積み重ねなのではないかということだ。

推しを失ったオタクたちへ

 本シリーズvol.7,8,9では、推しを失ったオタクたちを書いてきた。唯一、完全に新しい推しを見つけることができた彼に我々が学ぶべき点があるとすれば何だろうか?

 彼は再び心からの推しメンを見つけることができた理由を「パフォーマンス」と「仲間」と言った。
 確かに、パフォーマンスという点において、私立恵比寿中学のライブは素晴らしいものだ。さらにいえば、メンバーの急逝という悲劇に対し真摯に向き合ったメンバーやスタッフたちの努力や人格には素晴らしいものがあっただろう。ただし、学びという点においては、これは、私たちオタクにはコントロールできないことではある。

 仲間という点においてはどうだろうか。
 ふと思い返せば、私ははるか昔に「オタクの中で結婚したい男性」を考えて、誰かと話し合ったことがあった。結婚したいオタク、その筆頭がみずっち・・・彼だった。
 そう考えた理由は、彼が定職に就いていることや真面目さもあるが、根底には彼の優しさ、義理堅さ、礼儀正しさを信じていたからだったように思う。
 実際、彼の結婚報告には1000を超えるいいねが付いた。これはひとえに彼の人望であろう。
 その人望から、彼は常に最高のオタクに囲まれ、そして最終的にその最高のオタクたちに導かれて再びを推しを見つけることができたのではないだろうか?

 「汝の子らには徳を教えよ。徳のみが幸福をもたらすことができるのだ。」
 作曲家なのに耳が聞こえなくなるという、最悪の困難に逢った世界的偉人、ベートーヴェンは書簡の中でこう言っている。
 。今更かもしれないが、私たちができるのは、人に親切にし、目の前のことを当たり前と思わずに感謝の気持ちを忘れずに生きることなど、こうした基本的なことなのではないだろうか。

 彼は、食事の際、いただきますとごちそうさまを手を合わせて言っていた。特に気にしない人もいるだろう。だが、私にはこの彼の丁寧な挨拶が頭の中に残っていた。
 こうしてnoteにでも書かなければ忘れてしまうような、些細な出来事かもしれない。しかし、仮にnoteを書かなかったとしても、私の心のどこかには残り続けただろう。これこそが彼の積み重ねであり、徳なのではないだろうか。
 私たちが学ぶべき点があるとすれば、ここにあるだろう。

希望

 アイドルオタクという趣味を選んだ以上、グループの解散や卒業、つまり推しメンとの別れはいつか訪れる。「絶対アイドル辞めないで」と私たちがいくら願っても、その時はやってくる。
 まだそれを経験していないあなたも、「推しメンの喪失」は他人事ではない。
 そのいつかは、本当にいつなのかはわからない。
 ひょっとすると、今日なのかもしれない。

 その「いつか」が来た時、この記事を思い出してほしい。

 時間はかかるかもしれないが、徳を心に行動すれば、いつか必ず再び笑える日が来る。彼のオタクとしての軌跡は私たちにそんな勇気を与えてくれる。

 松野莉奈という灯火が消えてしまったとき、エビ中に残る自分の“場所”などもうない、そう思った時期もあったのだろう。
 けれど彼は、ツアーの楽しさとエビ中に真剣な仲間の熱量に支えられ、少しずつ前を向いた。そして、あの富山のフェスで“小林歌穂”という新たな灯火がもう一度、自分の中にともる瞬間を得た。
 そして、えびちゅうのファンから人生の伴侶を見つけ結婚し、たくさんの友人に祝われた。
 それが彼にとって、そして私たちにとっての「希望」なのではないか。 

 北海道育ちの私にとっても、東京の冬風は寒い。

 2024年に得たもの、2024年に失ったものを思い出しながら風を切って歩いてゆく。コンビニにはケーキの予約を促すのぼりが立っていて、煌めく12月の街はクリスマスを待っている。
 あと1週間で1年間でもっとも夜の長い日が訪れ、その2日後にはクリスマスイブが来る。そしてその7日後、2024年は終わる。

 2025年はどのような年になるだろうか。
 低い空に出ていた月はいつしか高い空で煌々と輝いている。どこも欠けることはない、喪失を知らぬ美しい満月の夜だった。

 推しメンを失ったオタクたちの長い夜が明け、新たな理想の光を得られる日を願う。再び貴方の心に灯火がともりますように。





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