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3Dスキャンとシミュレーションが未来の都市計画を変える?
私たちが住まう都市は、まるで巨大な生命体のように複雑です。そして都市に暮らす誰しもが、より快適で環境に優しく、安全な都市を望んでいるはずです。しかし、これまでの都市デザインは、設計者の経験や直感に頼る部分が大きく、この複雑な都市の多様な課題を解決するには限界がありました。
スイス連邦工科大学(ETH Zurich)の研究チームが「Computers, Environment and Urban Systems」に掲載した論文では、3Dレーザースキャンとシミュレーション技術を組み合わせ、科学的な根拠に基づいた都市デザインを実現する手法を提案しています。(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0198971521001381)
経験則だけでは見えないもの
これまでの都市デザインは、設計者の経験と勘に大きく依存していたと言われています。人間の感性でしか成し得ない優れたデザインも多く生み出されてきましたが、工学的観点から考えると、都市は気候、地形、人々の活動など、様々な要素が複雑に絡み合っており、経験則だけでは予測できない問題や意図しない結果が生じる可能性がありました。
例えば、高層ビルの建設は、思わぬ日陰やビル風を生み出し、周辺環境を悪化させるかもしれません。公園整備ですら、思わぬ微気候の変化を引き起こす可能性があります。これは経験豊富な医師でも症状や合併症を見落としてしまうのと似ているかも知れません。都市デザインにおいても、都市全体を多角的に分析し、科学的根拠に基づいて判断することがますます重要になっています。
3Dスキャンとシミュレーション:都市を精密に再現し、未来を予測する
そこで注目されるのが、「3Dスキャン」と「シミュレーション」です。3Dスキャンは、レーザーを使って都市空間をスキャンし、建物や地形、樹木などを点の集合体(点群データ)としてデジタル化します。これにより、従来の方法では捉えきれなかった細部まで再現した、都市の超高精細な3Dモデルを作成できます。
このリアルな3Dモデルを基に、様々なシミュレーションを行うことができます。例えば、風の流れをシミュレーションすれば、ビル風がどのように発生するかを予測できます。日照シミュレーションでは、建物の影の影響を正確に把握できます。また、熱環境シミュレーションでは、ヒートアイランド現象の発生や緑地の効果を評価できます。換言すれば、自動車メーカーがシミュレーション上で衝突実験を行うように、都市設計でも実際に建設する前に様々なシナリオを検証し、最適な設計を見つけると言う発想です。
反復的に都市デザインを最適化する
この研究の重要なポイントは、3Dスキャンとシミュレーションを都市デザインのプロセスに組み込み、繰り返し改善していくことです。
まず、計画エリアを3Dスキャンして現状の都市モデルを作成します。次に、複数のデザイン案をシミュレーションし、風環境、日照、熱環境などへの影響を評価します。改善点があれば、デザインを修正し、再度シミュレーションを行います。このサイクルを繰り返すことで、経験だけでなくデータに基づいて、最適な都市デザインを実現できます。論文ではシンガポールの事例を紹介し、3Dモデルを用いて公園の配置や建物の高さなどが微気候に与える影響を分析しています。
データと創造性の融合
この研究の画期的な点は、デザインの初期段階から環境への影響を考慮し、その両立を図ることができるようになる点や、シミュレーションによって設計効果を「見える化」できるため、行政や住民との合意形成もスムーズになる点ではないでしょうか。3Dモデル作成やシミュレーションにはコストや技術的な課題もありますが、近年のGaussian SplattingやNeRFなどの技術動向を見ていると、こうした課題も近い将来解決されるかも知れませんね。