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『クリエーション・ストーリーズ』アラン・マギーのこと

KKV Neighborhood #151 Movie Review - 2022.10.20
『クリエーション・ストーリーズ』review by 与田太郎

いよいよ今週末から『クリエーション・ストーリーズ』の上映が始まる。オアシスを生み出したレーベル、クリエーションのオーナーであるアラン・マッギーの自伝を元にした映画が本国に遅れること1年半ようやく公開となる。
クリエーションが成し遂げたことはまるでおとぎ話のような奇跡だった。フットボールに例えると5部か6部(イングランドのフットボールのカテゴリーは8部まである)で83/84シーズンにスタートした小さなクラブが毎年リーグ優勝を重ねついに1部に昇格した89/90シーズンで優勝争いを繰り広げ90/91シーズンに初のリーグ優勝、そこから93/94シーズンから3年連続でチャンピオンズ・リーグとプレミア・リーグのタイトルを取り、95/96シーズンはそれに加えリーグ・カップとFAカップもとって前人未到の4冠を制覇してしまう、それほどのことだった。

その過程にはクラブにとって最初の83/84シーズンで活躍したセンター・フォワードであるジーザス・アンド・メリーチェインをトップ・リーグのチームに引き抜かれ、86/87シーズンに活躍したミッド・フィルダーであるハウス・オブ・ラブがまたしても引き抜かれるなど一筋縄ではいかない道のりだった。しかし88/89シーズンにはスタイルを大きくかえ覚醒したフォワードであるプライマル・スクリームと下のカテゴリーから移籍してきたマイ・ブラディー・ヴァレンタインの活躍により2部優勝。そして89/90シーズン初のプレミア・リーグ挑戦ではプライマルとマイブラの活躍に加え、若手のライド、ティーンエイジ・ファンクラブ、コーチに就任したアンディー・ウエザーオールの目覚ましい働きもあり、なんと初挑戦の昇格チームであるにもかかわらず優勝争い、翌年ついにリーグ優勝してしまう。しかし話はそこで終わらない。93/94に加入したストライカーであるオアシスのとんでもない活躍によりチャンピオンズ・リーグも制覇、そのピークは95/96シーズンにすべてのタイトルを取るというところまで続く。
イギリスのフットボールとロックンロールは驚くほどの共通点がある、その最大のものは未来にはどんな可能性もあると信じること、サポーターやオーディエンスが生み出す熱狂がチームやアーティストをドライブさせていることだ。

とまあこんな例え話にすらリアリティーがあるクリエーションの物語なのだ、面白くないはずがない。今作は筋の通ったドラマというよりはアラン・マッギーの数々のエピソードを並べることで彼の情熱が様々な奇跡を起こしたことを描いている。僕のような古くからのファンにとってはおなじみのエピソードが満載だ。脚本もアーヴィン・ウェルシュだけあってとてもイギリスらしいひねりが効いている。ただ多少はデフォルメされてはいるがほぼ真実に基づいているので日本的な感覚で過剰な表現と思い込まない方がいい。むしろ現実はもっと大変で最高だったはずだ。

これは伝説のインディー・レーベルとその中心人物についての映画だけど、同じぐらい88年、89年のアシッド・ハウス、レイヴといったセカンド・サマー・オブ・ラブという現象がどれだけ多くの人々を変えていったかということも大きなテーマになっている。アラン・マッギーはいち早くその革命性に気がついいていた。ただし冷静に分析していたわけではなく心の底からその現象に突っ込んでいったからだ。日本人にはどうしても実感として理解することは難しいかもしれないが、想像以上にダンス、パーティー・カルチャーは90年代以降のイギリスやヨーロッパの生活に浸透している。当時日本でクリエーションを熱心に聴いていた僕ですら、89年のインディー・ダンスを先に知り、その後パーティー・カルチャーに出会ってようやくマッドチェスターの意味を実感することができたのだった。もちろんとんでもなく夢中になっていたが、”ローデッド”や”スーン”が一体どうやってできたか理解したのはレイヴで踊ってからだった。映画ではその背景がうまく描かれている。

80年代中旬からアラン・マッギーは僕のヒーローだった。自分のレーベルを作り素晴らしいアルバムをリリースすることがなによりもかっこいいことだと思っていたし、彼自身も僕と同じようになにも持たない普通の若者だったからだ。2006年、僕はSugiurumnの『What Time Is Summer Of Love』というアルバムのプロデューサーとしてアランに会うことができた。この作品のテーマは僕とSugiurumnの共通のバックボーンであるパーティーとインディー・ロックを融合させることだった。アルバムにはライドのマーク・ガードナー、シャーランタンズのティム・バージェス、ハッピー・マンデイズのロウェッタをはじめすばらしいシンガーがフィーチャーされている、イアン・ブラウン、ボビー・ギレスピーそれとバーナード・サムナーには断られてしまったけれど。

ラインナップを見てもらえたらわかる通り、このアルバムは僕らにとって特別な意味があった。ずっと憧れていた人たちと仕事ができる、それならアルバムの冒頭でこのアルバムにふさわしい宣言を収録しようと考えた。そこで僕らはアラン・マッギーに連絡をすることにした。もう覚えてる人も少ないと思うがMySpaceというミュージシャン向けのSNSを通して連絡をとり、企画を提案したらなんとナレーションを引き受けてくれることになった。僕らにとっては奇跡のような出来事だ。

2006年の11月に僕らはアランのナレーションを録音するためにロンドンへ行き、小さなレコーディング・スタジオで待っていると彼がやってきた。シルクハットにステッキを持った背の高い男が入ってきたのだ。それまでアランに聞きたいことを山ほど考えていたけれど、実際にあってみたらすべてどうでもよくなってしまった。なぜかというとパオロ・ヒューイットの名著『This Ecstasy Romance Cannot Last』(邦題クリエーション物語)で知っていたアランそのもので、そしてまた彼が送り出してきた音楽から僕自身が想像していた人物そのままだったからだ。だから彼にどれだけ僕らが彼をリスペクトしていたかを伝えたら満足してしまい写真すら撮っていない。
ナレーションの録音がとてもスムーズに進み、彼のスコットランドなまりもそのまま、僕が書いた詩を真剣に読み上げてくれた。

In The Beginning

The sound of feedback...
Everything begins from this sound
Those days like dreams, the trip that we are still taking

On a day in 1983 this party with no end began
This party gave me so much, maybe I took a lot from it as well
But this sound is a message from me

Psychocandy, Screamadelica, The House Of Love, Loveless, Nowhere, Bandwagonesque, What’s the story morning glory...

A message from this bad-weathered town...
that reaches people in different countries
People who have a different world-view
People who have dreams of own

A feedback sound that can be heard from far away
Rock rhythm, dance beat, a dazzling red taillight on a car, orange streetlamp, mirrorball, bright lights. girls and sence of weariness
A romance that has come to an end, A trip that is not yet over
I still have scenery that you have not yet seen...

フィードバックの音...
この音からすべてがはじまる
夢のようなあの頃も今も続いている旅も

1983年のある日、この終わりのないパーティーは始まった。
このパーティーは俺にかかえきれないほど多くのものを与えてくれた、俺もそこからなにかを得たかもしれない。
この音は俺からのメッセージなんだ

Psychocandy, Screamadelica, The House Of Love, Loveless, Nowhere, Bandwagonesque, What's the Story Morning Glory...

この悪天候の街からのメッセージ...
さまざまな国の人たち、違う世界を見ていた人たち
そこで夢を持つ人々

遠くから聴こえるフィードバック
ロックのリズム、ダンスビート、眩しく揺れる車のテールランプ、オレンジの街灯、ミラーボール、明るい光、女の子と倦怠感
終わってしまった恋、まだ終わっていない旅。
まだ君が見ていない景色はある...

映画の話に戻ろう。この映画をより楽しむためにはボビー・ギレスピーの自伝を読んでから見ることをおすすめしたい。この本は映画とはコインの裏表のような関係なのでより詳細に映画を楽しむことができる、映画に登場するアランの父親とボビーの父親(ほんのワンシーンの登場だが)の描き方の違いの意味などがよくわかるし、なによりもボビーこそがアランを動かす重要な存在であるからだ。駆け足で描く映画と違ってボビーの自伝はその時々の時代の空気をより詳細にはっきりと描いている。

それと手前味噌ではあるがアンディー・ウエザーオールと共に”ローデッド”と”カム・トゥゲザー”のリミックスをしたテリー・ファーレイのインタビューもぜひ読んでほしい。あの時代になにが起きていたのか、その背景がどんなものだったかを伝えてくれるはずだ。

いま音楽は全てインターネットの中で完結できる。一人のミュージシャンがインターネットを通して世界中に伝わることだってできる。それはそれで当時と同じかそれよりも大きな可能性があるともいえる。しかし一つだけ違いがあるとすれば音楽を中心にした群像劇にはなりにくいところだろう。
有効なネット広告とSNSでの展開、他のメディアとのコラボレーション、フェスの出演やスロットの交渉、それらは専門的なスタッフと資本力に大きく左右される。
レーベル、バンド、オーディエンスが絡み合って時代の音楽をつくることは、この映画に描かれているようにとても楽しいことだ。小さなクラブやライブハウスでパーティーをやり、ファンジンを作り、少しづつ自分たちの音楽と感覚の理解者を増やし、いつしかそれが想像もしないほど遠くまで届くこともある。そういう意味ではこれからも音楽が仕組みを飛び越えようとすることには変わりないかもしれない。きっとこの先誰も予想もしないかたちでクリエーションやアラン・マッギーのようなミラクルはきっと起こりうる。その時ミラクルの渦中にある若いクリエイターにとってこの映画はとても勇気を与えてくれるに違いない。

彼が世に送り出した音楽、プライマルやオアシス(もちろんライドやスロウダイヴ、ティーンネイジ・ファンクラブ、フェルトにロフト、ウエザー・プロフェッツ、マイブラとメリーチェインも)に夢中になった40代、50代はあの時の音楽が持っていた熱気を一生忘れることはないだろう。もちろん僕自身もその一人だ。


クリエイション・ストーリーズ~世界の音楽シーンを塗り替えた男~ © 2020 CREATION STORIES 

クリエイション・ストーリーズ~世界の音楽シーンを塗り替えた男~
© 2020 CREATION STORIES LTD ALL RIGHTS RESERVED
配給: ポニーキャニオン
10月21日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー
https://creation-stories.jp


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