【ダンスで学ぶ】ボカロにおける「フィル」「キメ」「ブレイク」について
まえがき
ついさっき、起床してすぐ、(昨夜投稿された)こちらの記事を読みました。
単語はよく聞くけどいまいちなんのことかよく分かっていなかった「フィル」「キメ」「ブレイク」について、たくさんのボカロ曲を例に挙げながら具体的なパートでそれらについて解説していく、たいへんに面白く参考になる労作でした。
わたしはストリートダンスのポップダンス(poppin')というジャンルをやっているダンサーなので、その目線では「あ~~これまで自分たちが頑張って音ハメしようとしてきたのがフィルやキメやブレイクなのか~~!」と膝を打ちました。
「音ハメ」というのは、流れている音楽の印象的な部分(リズムやメロやフレーズや歌詞など)にダンスで印象的な動きを合わせる(=ハメる)ことです。うまく音ハメができると踊っている本人も気持ちいいし、それを見ている人々も盛り上がるので、狙えるならどんどんやりたくなるダンス上のテクニックです。
すなわち、われわれダンサーは、たとえフィルやキメが何なのか知らずとも、感覚的に、それらを明確に「おいしいポイント」だと認識して踊っているのです。
これまで名前を知らなかった概念に名前が与えられることの快感に酔いしれながら、わたしはさらに次のように思いました。
──具体的なボカロ曲の箇所をピンポイントで指定してフィルやキメを解説できるなら、同じように具体的なダンスムーブの箇所をピンポイントで指定して、ダンサーはどのようにフィルやキメで音ハメをしているか例示することができるのでは?
そして、
ダンサーの音ハメによってフィルやキメを「視覚化」することで、曲だけ聴くよりもそれらが分かりやすくなるのでは??
──と。
わたしは以前、ダンスの音ハメによって曲の具体的な「聴きどころ」を際立たせることができる(からダンスは曲紹介の方法としても優れている)、という意見を書いたことがあります。
音楽に合わせて踊ることで「聴きどころ」が「見せどころ」に変換されて、曲のテクニックや魅力がより分かりやすくなるのです。
6年以上前に書いた記事のいわば続編として、そして「め」さんの記事への便乗(=ジヲさんの記事への便乗の便乗)として、ボカロで踊っているダンス動画から、フィルやキメやブレイクで音ハメしている箇所を少し紹介しようと思います。
ストリートダンスの歴史上、有名な音ハメ動画はたくさんあるのですが、せっかく便乗しているのですから、ボカロ曲で踊っているダンス動画から、フィルやキメ、ブレイクへの音ハメを探しました。
ボカロで踊るといえば、一般的には「踊ってみた」動画を思い浮かべる方が多いと思いますが、せっかくなので、よりストリートダンスらしく、ダンスバトルの動画を挙げたいと思います。
アニソンやボカロで踊ってダンスバトルなどをするカルチャーを「A-POP」といいます。今回はA-POPのボカロダンスバトルの動画から、ドラム初心者・ダンス初心者にも分かりやすいようなフィルやキメ、ブレイクへの音ハメを紹介したいと思います。
なお、わたしも前述の通り、今朝「フィルとは何か」をなんとなく理解したばかりのドラム初心者・音楽素人なので、「そこはフィルじゃねぇよ!!」などと間違っている可能性があります。例示している以外の明らかなフィルやキメを聞き逃している可能性はもっとあります。ご了承ください。(優しく指摘して頂けるとうれしいです)
フィルやキメでの良い感じに音ハメしてるボカロダンスバトルないかな~~と漁っていて目に留まったのがこちらのバトル動画。2016年に開催されたボカロダンスバトルのイベントらしいです。
そのベスト4で対戦している珍味さんとだいさんは、どちらもA-POPシーンでは有名なポッパー。高速BPMや無機質なボーカルが多いことから、popはボカロでも踊りやすいといわれています。
れるりりさんの代表曲「脳漿炸裂ガール」に合わせて、ダンスバトルなのでとうぜん即興で踊っています。
先攻
先攻をとった珍味さんのムーブに、フィルやキメでの例に挙げるにふさわしい音ハメがあったので紹介します。
(0:42~0:43)
AメロからBメロへ移行する直前の「携帯紛失 精神壊滅ぅぅ~~ぅぅ~~」の「ぅぅ~~ぅぅ~~」の部分でドラムがドカドカ小刻みに鳴っていますが、ここは典型的なフィルでしょう。このフィルに合わせて珍味さんはしゃがみながら両足をバタバタとステップさせて音ハメをしています。
わたしの個人的な見解としては、まず「ぅぅ~~ぅぅ~~」という歌メロに合わせて上体を沈ませる動きを取りながら、その裏で鳴っているフィルのドラムパターンに即座に対応して足のバタバタを(半ば無意識に)やっているのではないか?? そうだったらカッコいいな♪ と思います。
ムーヴ中に流れてくる音に瞬間的に、ほとんど無意識にハメていくのはストリートダンサーの必須スキルです。
ちなみにこのすぐあと、Bメロから1サビに入る直前の「紅い華が咲き乱れて あたしは脳漿炸裂ガール」という部分は、それまでのビートが止んで静かになって印象的なリズムフレーズが演奏される(ブレイク&)キメでしょう。そこのキメでも珍味さんはしっかりとヒットで音ハメをしています。
(0:53~0:56)
「ヒット」とは、ポップ(poppin')の基礎スキルのひとつであり、筋肉を一瞬にして収縮させて "弾く" 技です。ドリブルができないバスケ選手がいないように、ヒットができないポッパーもいません。それくらい必須のテクニックです。
ここからの1サビを「狂ったように踊」って会場に大興奮の渦を巻き起こした珍味さんは、「この電話番号は……この電話番号は……」という印象的な間奏に突入する直前の1サビ終わり「月の向こうまでイっちゃってぇ~~~」の「イっちゃってぇ~~~」の部分でドコドコ鳴っているフィルにも小刻みな足のステップで音を取っています。
(1:09)
珍味さんがもともとこの曲のここでフィルが入ることを把握していたかはわかりませんが、こうした間奏前やサビ前といったセクションの繋ぎ目・小節終わりでドラムがドコドコ鳴らされることが多い、というのはダンサーなら体感で知っているため、えいやと決め打ちでハメにいくことも多いです。身体が勝手にッ……ビクンビクン!!というやつです。
「め」さんの記事ではOrangestar「快晴」やすりぃ「テレキャスタービーボーイ」などが例示されていた、曲のセクションや小節の繋ぎのフィルのことですね。あちらでは同じれるりりさんの「聖槍爆裂ボーイ」もフィルが印象的な曲の具体例に挙げられていたので、れるりりさんはフィルをキャッチーに使いこなす作家性があるのかもしれません(適当
後攻
さて、フロア爆沸きの状態で珍味さんがムーブを後攻のだいさんへと渡します。ちょうど2番Aメロ開始時点で切り替わったかたちです。(ダンスバトルでは1ムーブの制限時間が指定されていることも多いですが、ここでは珍味さんが切の良いところでムーブを打ち切っています)
だいさんの特徴はなんといってもそのヒットの強さ。ビートに合わせてただ単にヒットを打つだけでもどよめきが起こります。また、腕や体を波打たせるウェーブの技術も卓越しています。
さて、「め」さんの記事の最後では、バルーン「シャルル」を挙げて、1番と2番でフィルやブレイクの入れ方を変えてくる構成が言及されていました。
いま取り上げているダンスバトルで流れている「脳漿炸裂ガール」の2番でも、1番にはない非常に有名なブレイクが存在します。
そう、そう、2Aメロ中の「二次会 焼肉 五反田」のあとの「ピタッ」という無音の部分です。
もしかするとボカロ史上でも最も有名なブレイクかもしれないこの箇所を、だいさんはどう踊っているのでしょうか。
(2:05)
だいさんはこのブレイクの部分でちょうど右手を前から後ろへと大きく手繰り寄せるような動きをしており、それが見事にハマって「おおっ!!」という歓声が上がっています。ブレイクで音ハメに成功するとほぼ確実に聴衆は沸きます。
ここでだいさんが意図的にブレイクにハメにいったのかどうか確実なことは言えませんが、ダンスバトルで重要なのは「意図的にハメたか」どうかではなくて「結果的にハマったか」どうかです。
曲のフィルやブレイク、キメといった細かなハメどころを知っているかどうかという表面的な知識の次元ではなく、たとえ偶然の合致であっても、それはもっと深い次元のダンスのセンスやスキルの発露であると見なされます。なにより即興のバトルはその場でどんなパフォーマンスをしてギャラリーを沸かせたかどうかが最重要ですから、結果的に音楽に合っていればいいし、偶然ならばかえってそのほうが大盛り上がりすることだってよくあるのです。(※さすがにだいさんがここのブレイクを知らなかったとは考えにくいですが……)
フィルやブレイクを学ぶついでに、ストリートダンスバトルの奥深さも知ってもらえたら嬉しいです♪
さて、1番のBメロ→サビの繋ぎにあったブレイク&キメに珍味さんはうまくハメていましたが、2番のサビ前は「マルキ・ド・サド 枕仕事 私は脳漿炸裂ガール」というキメのあとに1番にはなかった2拍の追加ブレイクパートが足されています。「(私は脳漿炸裂ガール)」という小さなリフレインとともにベース(?)だけが鳴っている箇所です。
(2:23)
このブレイクに合わせてだいさんは十八番といえるハンドウェーブ→ボディウェーブを上から下へと流して完璧にハメています。
ここのブレイクは、ベースだけが印象的に鳴っているので特にハメやすい、成功したときの破壊力が大きい箇所でしょう。ベースのうねるような演奏が、だいさんのうねるようなウェーブに質感としても見事にマッチしています。
「音にハメる」とは単に音のリズムやフレーズに合わせて動くだけでなく、その音やフレーズがどんな音色で鳴らされているのか、あるいは曲全体としてどんな世界観や曲調を表現しているのかを汲み取って、自分の身ひとつでそれを表現する営みです。これがダンスです。いわば音楽の二次創作です。それを即興でやるのがストリートダンスのダンスバトルなのです。
ブレイクやキメはなんとなく聴いている人にすら大きな印象をもたらすことを狙って作られていることが多いため、ギャラリー全員が曲とダンスに集中しているダンスバトルでは、うまく音ハメできればデカく、逆に音ハメできなければ「あっ……」と一気にその場が気まずくなって冷めてしまうリスクをもった諸刃の剣です。アニソンやボカロで踊るA-POPでは特にこうした側面が顕著です。
この試合では2人ともほぼ外すことなく完璧に「脳漿炸裂ガール」を踊り切り、両者ともに会場を大いに沸かせて大盛り上がりのままバトルが終了しました。まさに名勝負といっていいでしょう。
おわり
今回は、とても個性的かつ高いスキルを備えたポッパー2人による「脳漿炸裂ガール」対決から、フィルやブレイクやキメで音ハメしている箇所を紹介させていただきました。
この記事を書いていて思ったのですが、そもそもフィルやブレイクやキメとは、作曲においてその曲に飽きさせないように「オカズ」として様々な趣向を凝らして、一定のビートからズラすポイントを入れ込んでひとつの楽曲を構成するためにアーティストが用いているものであるとするならば、ダンサーがやっていることも相似しています。ある曲で踊っている際に、そのダンスに飽きさせないように際立ったキャッチーな動きを取り入れたり音ハメをしたりして構成を考えているからです。
フィルやブレイク、キメが小節やセクションの繋ぎ目に置かれ易いように、ダンサーも小節やセクションの切り替えに合わせて、踊っているダンスのリズムや動き、グルーヴに変化をつけていくのが普通です。
この意味でも、ダンスは音楽の二次創作であり、音楽家が聴覚的に模索している表現と似たようなことを、ダンサーは視覚的に模索して表現していると言えるのかもしれません。
なお、今回はたまたまポッパー同士のバトルを例に挙げてフィルなどへの音ハメを紹介しましたが、ストリートダンスの別ジャンル──ブレイクダンスやロックダンスやヒップホップ、ハウスダンスなど──でもそれぞれのスタイルに応じた音ハメがされています。興味のある方は動画を漁ってみてください。
なお、ポップダンスに関してはわたしの ↑こちらのnoteで詳しく解説しているので、興味のある方はお読みください。
それから、(これも広義のポッパー対決になってしまいますが)めちゃくちゃ好きなアニメーションダンサー同士の名ボカロダンスバトルを貼らせてください。
流れる曲が sasakure.UK「カムパネルラ」→ピノキオピー「ありふれたせかいせいふく」という、アニメーションダンサーにとってのボカロの必須科目/アンセム集といっていい激アツなセトリになっています。
現在はふたりともプロダンサーとして活躍している天才ダンサー兼ボカロオタク同士の、超ハイレベルかつ、それぞれのボカロ曲への愛がこれ以上なく表現されている対決です。
最後に、この記事を書くきっかけとなったジヲさんと「め」さん、すばらしい記事を読ませていただき本当にありがとうございました!!
やっぱり、何も考えていなかったところから、朝起きて読んだ記事に感化されてその場のノリで突貫工事でnoteを書きあげるのってサイコーですね・・・
"生きてる" ってかんじがします。
この記事は、ボカロリスナー presents Advent Calendar 2024 へ参加しています。1枠目が埋まっていたので2枠目の、そして本日12/22以降がすでに埋まっていたので空いていた12/7の枠を適当に選びました。(その結果、この記事の便乗元である「め」さんの記事とは順序が逆転してしまいましたが許して)
ボカロリスナーアドベントカレンダーへの参加は、2019年と2020年以来、4年ぶり3回目となります。よろしくお願いします。
(以前使っていたAdventarアカウントが紛失してしまったので新しく作り直しました)