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research mapとかには書いていない自己紹介
はじめましての方、はじめまして。
いつもお世話になっている方、こんにちは、いつもありがとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
きょうは私の生い立ちや経歴について、research mapの行間のようなことについて述べたいと思います。
1995年に新潟県で生まれ育ちました。
一つ歳上の兄と二人きょうだいで、祖父母と両親と6人家族でした。
現在は都内で、夫と子どもと暮らしています。
時系列に沿って、自己紹介します。
地元・にいがたでの学校生活
野球漫画『ドカベン』で知られる新潟明訓高校に新設された、中高生一貫の新潟明訓中学校二期生として入学しました。
それまでは某大学の附属中学校に進学する気満々でしたが、先に受験したピンク色の校舎に一目惚れし、そのまま進学を決めました。
6年間、勉強はもちろん頑張りましたが、特に高校生活のほぼ全てはダンス部に捧げたと言っても過言ではありません。
全国大会入賞を目指して、毎日、踊っていました。
あれほどつらい日々はなかったと今でも思っており、記憶はあまりないですが、舞台からの景色は覚えています。
大学進学を機に、京都へ
高校卒業後は上洛し、京都大学医学部人間健康科学科看護学専攻に入学しました。
なぜか体育会スキー競技部に入部し、夏はアルバイトと高地トレーニングを兼ねて北アルプスの標高約2,550mの剱沢野営管理所で過ごし、冬は主に長野県の北志賀で合宿生活を送っていました。
3回生のときから、保健師コースの仲間とともに、
私含め3人で「心臓突然死を減らせ」という課題に立ち向かうことになりました。
チーム名は「Wild Idea」でした。
わたしたちは、小学生の頃から一次救命処置になじみを持ってもらうため、運動会の新しい運動会競技を考案しました。
合計500名以上の小中高校生と競技を行い、いのちの大切さについて共に考えてきました。
京都、第二ラウンドへ
修士課程は、高校生の頃から志していた遺伝カウンセラーになるために、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻遺伝カウンセラーコースに入学しました。
遺伝カウンセラー養成課程で唯一、公衆衛生大学院の中にあるというのも、進学を決めたひとつの理由でした。
運動会競技のことは後輩たちに引き継ぎ、私はM1後期に現在の研究テーマである "genetic autopsy" という概念を知り、その世界に入っていきました。
コロナ禍とともに、上京
修士課程修了後、恩師を追って上京、国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻医療遺伝学分野の博士課程に入学しました。
所属名が短くなることはありませんでした。
本学は社会人大学院生を対象としており、郷に入れば郷に従えマインドで、私自身も臨床経験を積みながらの博士学位取得を目指すことにしました。
「臨床で働くならここがいい」
と密かに考えていた病院に奇跡的なタイミングで求人が出て、無事、入職できました。
病院は3階の医局などをはさむかたちで
1階に外来、2階にオペ室、4, 5階に病棟があったので
ひたすら1-5階を往復しながら、臨床業務に勤しみました。
心臓の専門病院でしたので、心疾患のある方やそのご家族はもちろん、先天性疾患のなかで最も多いのは心疾患であるという文脈で、たくさんの生まれる前の生命とも向き合ってきました。
この社会人1年目の冬に、文鳥の文ちゃんをお迎えしました。
社会人になった年は新型コロナウイルス感染者が猛威をふるっていたところでしたので、東京に来てからは、病院ー家ースーパーの徒歩5分圏内で過ごしていました。
ひとりで山に行っておでん登山していたのも、この頃でした。
博士3年目の4月に現職着任
社会人大学院生として博士の学位取得を目指す
と息巻いていたものの、その道は非常に険しく、私にとって臨床にフルコミットしながら研究するというのはとても難しいことでした。
半分根をあげそうになっていたD3のときに、同教室の助教として拾っていただきました。
博士課程は3年のプログラムでしたが、4年目に突入。
出産というライフイベントとも重なり、初めての子育てと博論執筆は人生で2番目につらいことでした。博論をギリギリで提出し、結果として課程博士で修了できました。
ここまでが2024年3月のことでした。
現在のお仕事内容
現在は、大学の関連病院で遺伝カウンセリングを行いながら、遺伝カウンセラーを目指す大学院生の実習のフォローを中心に教育にかかわりながら、研究を行っています。
研究者でも、臨床家でも、教育者でもなく、何者でもないように思っています。だからそれぞれを極めているあらゆる方と、両立しながらもものすごいパワーを発揮されている方など、周りのすべての方を尊敬しています。
認定遺伝カウンセラー(CGC)ですか、と尋ねられたら、yesと答えられるようにはなったと思います。
とかく、全てにおいて試行錯誤の身であり、皆様に叱咤激励いただきながら引き続き自分のペースで頑張っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。