KKL20231204 研究室会議レポート
ベトナム旅行という束の間の休息も終え、卒業設計、修士論文、プロジェクト、就職活動…と直視したくない現実がドッと迫ってきた。
友人と歩いた街路や食べたことのない珍味、それらホーチミンの非日常的な経験が早くも懐かしい。
日本ではやらねばならないことがあまりにも沢山ある…
「現実なんて直視したくない…!」
ならば、虚構の世界に逃げてしまえばいいだろう。
ということで、M1の土居がおすすめのSF小説を紹介しよう。
研究室のゼミ会議のnoteを担当する際、本来はゼミ会議についての内容を書くことが原則だ。しかし、SF小説紹介からゼミ会議への飛躍によって、異なる視点からアイデアを膨らませることを意図している。
しばし、お付き合い願いたい。
①SFの魅力とは
最初に本レポートで一番言いたいこと。
SFの魅力をひとことで言うと、
「モノによって世界がどう変わるのかという想像力を養う」ことにある。
モノ、つまり技術や化学の発展により、人々の価値観は変わり、家族構成や人間関係すらも大きく変わっている。
すなわちモノが世界のあり方を揺るがすという考え方だ。
それをSF小説・映画などから、その先見の明を鍛えることが出来るのではないかということを言いたい。
…だが、のっけからこの熱量でSFに向かうというのはあまりに門前払いが過ぎる。
そこで僕の好きなSF作家の一人である藤子・F・不二雄先生の言葉を引用したい。
もしもタケコプターがあったら、もしもどこでもドアがあったら、もしもドラえもんがいたら…
そんな少し不思議な物語があったらどんな世界なんだろう。
まずはそういう心持ちでこの先の本紹介を読んでほしい。
②本紹介
今回は数多あるSF小説の中でも、特にSF小説初めて読む人に向けて3冊を厳選した。
1.『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』フィリップ・K・ディック
2.『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー
3.『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス
1.AIと人間の境界とは?
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』フィリップ・K・ディック
監督リドリー・スコットによる映画「ブレードランナー」の原著となった小説であり、主人公デットカードが火星から逃亡してきたアンドロイドを始末する話。
僕が面白いと思うのは、電気動物や感情移入度測定法などの設定だ。
このような設定、いわゆるディテールが独自の世界観を生み出している。
人間かアンドロイドを識別するのに、動物を愛でる感情があるかどうかが指標として扱われる。
しかし物語が進む中で主人公は、この識別法に疑念を持ち始める。人間とアンドロイドの区別が付けられなくなっていくのだ。
この小説を読む者は、そんな主人公が抱える葛藤を追体験するだろう。
AIが急激な発展をしてきた現代において、「人間とは?」という根源的な問いかけをしてくれる本著は、混沌を生き抜く道標となってくれるのではないか。
2.現代を風刺するディストピア
『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー
誰もが安心安全で幸福な世界。
究極的な統制社会は果たして正しいのか、ディストピア小説の原点であり不朽の名作。
人間たちは受精卵の段階から選別され、階級ごとに徹底的に管理される。
あらゆる問題は解決され、人間らは性行為もドラッグも自由である。
本著ではソーマという言わばドラッグが登場する。
しかしソーマはほぼ無害で、不安な気持ちや悩みをかき消して楽しい気持ちにさせてくれる。これは安定した社会を形成するために提供された薬物なのだが、登場人物はこれに依存して悩んだり考えることを放棄してしまう。
幸福と真理を知ることというのが、原理的に両立しえないということを突きつける。
しかし僕らはまだ悩んだり考えたりする権利は剥奪されていない。
どちらを選ぶかはあなた次第だろう。
3.知能の発達と苦悩
『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス
最先端の手術によって、幼児レベルの知能しかない男チャーリーの知能が急激に発達する。突如天才となった知的障害をもつ主人公の葛藤を描く物語。
人間の知能と心の関係性を描くというのが本著最大のテーマである
この小説の真骨頂は知能の発展に伴い、チャーリーはむしろ抱える問題が大きくなっていくことだ。
今まで普通に接してきた友達が、実は自分に嫌がらせをしていたり、好きな人との距離も次第に遠くなってしまう。
知識を求める姿勢が、友情や愛情を遠ざけて孤独にしてしまうのだ。
そして知能が発達したチャーリーは以前の自分の区別するようになるというのも興味深い。
4歳の時の自分と今の自分は、時系列的には長い年月をかけてシームレスに繋がっているから同一の自分と認識できる。
しかし仮にこれが1年という短い期間で変化したら以前の自分は「本当に今の自分と同じである」と言えるのだろうか?
文体にも非常に面白いギミックが仕組まれているので、是非この続きは本を手に取ってほしい。
③門脇研構成員とSF的創造力の接点
次に門脇研構成員の研究とSF的創造力の接点について考えてみたい。
振り返ると、SF的創造力の魅力は
「モノによって世界がどう変わるのかという想像力を養う」ことだ。
我々建築を志す者は、容れ物(ハード)さえ設計すればよいのではなく、そこで人が何を感じ、どう生きるのかということが重要だ。
それにSF的創造力が役に立つということを本レポートでは強調したい。
構成員の発表を聞いて、何人かピックアップしたので紹介したい。
1.混色世界における価値観のアップデート
1人目は鵜川さん。
現在M2の彼女は修士論文にて「ものの組み合わせによる混色方法の研究」を行っている。
実験を繰り返しながら、混色が3次元のものの組み合わせでも観測できること研究している。僕も実験に参加させていただいたが、人間の知覚の面白さを再認識した。
その技術開発によってどんな世界の変容があり得るか想像してみる。
映画「メッセージ」では地球外生命体の言語を人間が習得することで、その人間が時間的概念を超越できる能力を持つ。
ここまでの飛躍ではないが、色の組み合わせよってできる混色の現象が一般的な価値観として浸透したとき、ものを見る概念が変わるという世界観が訪れるかもしれない。
実物が何色であるかというよりも、それがその人からどう見えるかという価値観が極地まで重視されたとき、人間は自己中心的なものの見方から、立場が異なれば見え方が異なるというのを強く意識するのではないか。すると、コミュケーションのかたちもより他者想いになるのかもしれない。
そういう価値観が次なる多様性へとアップデートされるのかもしれない。
…とか考えてみる。
2.新たなプラットフォームと建築
2人目は同じくM2の水越さんは修士論文で「中古建材のプラットフォーム開発」の研究を行っている。
Dの本多さんと共同で、実際に中古建材のHPを開設し、古材に関する情報を発信しながら、そのプラットフォームの更新を行っている。
あらゆる建築家や建設屋がこのような中古建材のプラットフォームの有用性に気付き、当然とされる未来が到来したら、建築のあり方は大きく変わるだろう。
例えば、新築を建てるとき、愛着のある昔住んでいた建材の転用が当たり前になったとき、古材を内部空間に露出させるための構法やそれを成立するための機構が重視される。
それでも我々現代人、快適性との折り合いのために、新素材と古材の取り合いのための新しいディテールも開発されるだろう。
そうして空き家や親族の家はアンタッチャブルなものから、再資材化される。そして建材の流通を介した人とのコミュニケーションや物のやりとりが人間の生活をより良いものにもたらすかもしれない。
…なんて想像してみる。
3.誰もが主人公になれるゲーム的空間
そして最後はB4の杉山くん。
彼は卒業設計にて「壁が人の反応によって動くことで誰もが主人公になれる」機構の製作に取り組んでいる。
彼は今巷で騒がれているデジタルやAIに傾倒し過ぎることなく、あくまで現実空間でゲーム的な空間を実現することに挑戦しており、そのヴィジョンは建築のあり方すらも揺るがすものになり得るのではないかと期待している。
もしかしたら、空間そのものがその人間を表すアイデンティティの一つとなるのではないだろうか。
壁の動きは人間同士のコミュニケーションになり、ゲームのアバターのようにその人間を理解する新しい尺度として扱えるのかもしれない。
動く機構を鋭意製作中の彼であるが、その機構が人間の生活にどう影響を与えるのかという構想が膨らんでくるとより面白くなりそうだ。
…みたいなことを思う。
④おわりに
本レポートではSF的な想像力が、ものを考える際の構想力に役立つことを紹介した。
しかしながら、まずは肩の力を抜いて内容を楽しむことが重要だろう。
こんな世界になったら自分はどう思うんだろうとか…
そんな少し不思議な物語の想像が、日常をより面白くするヒントなのではないかと思う。
回りくどく長くなったが、ここまで読んでくれた読者に感謝したい。
土居亮太
追記:
最後に勝手に内容を取り上げて、あることないこと書いてしまった3人には申し訳なく思う…
今度このことについて話す機会があれば是非伺いたい!