5/25 人の時間を奪え
一見ネガティブに聞こえることを
敢えてスローガンのように掲げること。
人目を引く、キャッチーな言葉の中に普遍的な思想を混ぜ込む。
天邪鬼な僕は昔からこういう言葉が好きだ。
タイトルは僕の考えた言葉ではない。
僕のnoteでおなじみ、若新雄純さんの言葉である。
「人の時間を奪うな」という言葉が流行ったのは
遅刻してきた人間に対して、怒りを正当化しやすいから。
孤独を加速させた要因の一つとして「人の時間を奪う」ことが「迷惑」という認識で広まったことだと、若新は言う。
確かに、ちょっと無駄話の電話をすることですら「こんな時間とらせたら悪いかな」なんて思ってたら何もできなくなってしまうよな。
特に、繊細さんは人の迷惑になることや人が傷つくことを過剰に気にしては思考と行動にブレーキをかける節がある。
日本に根付いている「人に迷惑をかけないように」という信念が、社会通念がそうさせるのだろう。
「何事においても周りへの配慮を欠かさないこと」という美徳はいつしか「強者への配慮を欠かさないこと」にすり変わっていることが多い。
社会は強者が回してるからね。
強者に迷惑がかからないように、っていうルールの下で暮らしてたら、そりゃ目に見えないヒエラルキーの格差は広がる。
「陰キャ」と「陽キャ」が流行るわけだ。
そうやってHSPの人間は、相対的に自分を弱者だと信じて疑わなくなる。
わかる、わかるナァ。
僕だって高校生の時は、舞台や人に対する自分の繊細な感覚を絶対的なものと思っていたし、誰にも奪われてはいけない大切な才能だと思っていた。
いつしかそれに社会的価値が小さいことを知り、共感してくれる人や認めてくれる人も少なく、いつしか自分には価値がないのではないかと洗脳されるように思考を占めた。
性欲が強く社会的な強者への憧れが強い僕としては、社会的強者と比べて僕が劣っているのだと思うのは当然だ。
実際もちろん劣っているわけだけど、その事実よりも精神的に孤独に落ちていく感じが辛かった。
それは僕の実力不足と同じくらい、社会通念やSNSで赤の他人から発信されるノイズが強く影響している。
話が逸れた。
他人の時間を奪うことについて。
アンチ「効率」の若新さんらしい、とても優しい言葉だ。
誰でも良い、わけじゃなくてね。
そういう「1」が人間には必要なんだよね。
インドでは子供に
「あなたは人に迷惑をかけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」
と教えるのだそうだ。
自分の時間を無駄にして人と付き合うこと以上に優しいこともない。
時間は、命だもんな。
優しさも人によって使い分ければいいけど、優しさを多く使用できる人達に囲まれて死にたいものだ。
33:00~
孤独になりやすいのは、やっぱり時代だよな。
アプリで手軽にセックスするのも時代。
すぐに縁を切れるのも時代。
「人の時間を奪う」ことの最上級が結婚で、子育てなのかもしれないな。
「1」と「強制力」が結び付けば、強いね。
本日はこちらの読書感想文です。
やっぱ似とんのやって。プロ奢と若新は。