雨は光を望まない

雨が降っている。
5限目のうたた寝、瞼にほんの少しの明るさを感じて私は悟る。この雨はもうすぐ止んで、分厚い雲には穴が空く。雨水の代わりに、その穴から光が漏れ出すのだ。

太陽なんていらないと思う。
太陽の光はいつも私を責めてくる気がする。暖かい光と私はまるで不釣り合いで、日陰でどろどろと野垂れ死ぬのがお似合いの私なのに、そんなのお構い無しに太陽は私の肌をじっとりと灼く。云10億年後に太陽は燃え尽きるらしい。いっそ太陽より高い位置に雲が出来て、太陽なんて明日にでも燃え尽きてしまえばいいなんてぼんやり考えたこともある。そんな希望はいつかに読んだ天体の本の記憶のために消え失せた訳だが。

君は人の形をした太陽だ。
君は私の、たった1人の友達。いつも変わらない笑みをたたえている。日陰で溶けてなくなりたい私でも、友達の存在には救われているようで、君のところに行くのはいつも私からだった。君は友達が多い。私と違って、君は私よりも大人で、嫌いなものを顔に出さない人だった。色んな人に好かれていた。君は誰にも変わらない笑顔で接し続ける。それはもちろん私にも同じで、時々嫌気がさした。君は私の友達。でも、私の全く反対側に君はいつも立っていて、君と話す度に、自己嫌悪のせいで責められている気分になった。君はまるで太陽だ。

君と海を見た。去年の夏の話だ。
「穴場なんだよね」なんて言って、君が案内する場所まで着いて行ったことがある。足の指の間、爪の間に挟まる砂が気持ち悪くて、だけど待ってなんて言えなくて、ちょっと遠くを歩く君を必死に追いかけた。着いた先は確かに少し離れてはいたが、穴場なんて言っておいて、実際はほかと変わらないくらいの人口密度だった。
「あれ〜?」なんてとぼける君に思わず笑ってしまった私が情けなくて泣きそうだった。
日が沈みかけて、人がまばらになってきた頃まで、私たちはずっと話していた。学校のこと、君の友達の話、最近近くにできたケーキ屋の話、君から教えて貰って好きになった、たくさんの娯楽の話。ふとした時に表情筋が痛くなるくらい笑った。君の話は楽しい。なのにやっぱり同じくらい苦しい。君は頭がいい。頭がいいから、頭の悪い私をいとも容易く語ってしまう。私をわかってしまう。それがどうしようもなく嫌だ。
「この曲が好き。」
「確かに、君が好きそうな曲だ。」
昔ずっと聴いていた音楽に似ていたから。
「この本が好き。」
「君が好きそうな世界観の話だ。」
私の好きな設定の話だから。

私の無駄に高いプライドが、君の悪意の欠片もないただの共感にへし折られていく。
君なんかに私の気持ちが分かるものか。世の中に肯定され続けた太陽の君に、後ろ指をさされ続けた日陰の私の気持ちなんて分からないし、分かって欲しくない。分かろうとして欲しくもない。私は君に語られるほど薄っぺらい人間じゃない。浅くない。私はもっと、もっと。
君の言葉以上の私の気持ちなんて無いことには目を瞑って、心の中で呪詛のように君に唱えた。
「死ぬなら海の中がいい」
私がそう言うと、君は
「水死体は見た目が良くないよ」
と言った(死体なんてたいてい、見た目は良くないというのに)。生きる理由が君しかない癖に、私は「死んだ後まで考えられるほど君は心に余裕があるんだね」なんて考えるだけで、口にも出せやしなかった。
いっそ今すぐ雨が降って、地球のほとんどを海にしてしまえばいいと思った。7対3なんて言わず、そこまで来たらもういっそ10対0にしてしまえばいいのに。そうしたら太陽の君も燃え尽きて、その時初めて、私を理解するのだ。そうあって欲しかった。

私は心底君を妬んでいる。
私に無いものを持っている。私の持っているものだけじゃない、私が欲しかったもの、失ってきたもの、全部君は持っている。でも君は気づかない。君は太陽だから。遠くからこの星を見つめる君は、きっと自分の照らす光のせいで落ちる影に気づかない。君は私に気づかない。この話にハッピーエンドはない。私はもうずっと前に、君に光を奪われてしまった。なのに君はそれでもなお、私にあたたかい光をくれる。私はそれを影にして消化するだけなのだ。
チャイムが鳴って目を開ける。
雨はもう降っていなかった。

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