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パタン・ランゲージ事例として世界的に有名な盈進学園東野高校建設回想記の書籍化プロジェクトについて

パタン・ランゲージによって作られた東野高校建設から40周年

今年、盈進学園東野高校は開校40周年を迎えます。この節目の年に合わせ、同校の建設プロジェクトの回想記をまとめた書籍を出版する準備を進めています。

この書籍は、当時の理事でありプロジェクト責任者だった細井久栄氏による、施主視点の回想記です。建築家クリストファー・アレグザンダーの『The Battle for the Life and Beauty of the Earth』が建築家視点で書かれたものであるのに対し、本書では「なぜこのプロジェクトが始まったのか」「なぜアレグザンダーに依頼したのか」といった施主ならではの視点を掘り下げています。

本書では、パタン・ランゲージを活用した建築プロセス、理想と現実の間で揺れ動くプロジェクトの舞台裏、そして数々の課題を乗り越えた奇跡のような出来事が描かれています。まさに「プロジェクトX」のような物語といえるでしょう。

本記事では、本書の内容の一部を紹介しながら、40年前の東野高校建設が建築界に与えた影響、そしてパタン・ランゲージの実践的価値について考察します。


1980年代 〜 日本の建築界にパタン・ランゲージがもたらした衝撃

1981年から1985年にかけて、東野高校の建設プロジェクトはパタン・ランゲージを活用した建設プロセスによって進められました。これは当時の建築界に大きな衝撃を与え、建設後だけでなく建設中から既にメディアで取り上げられるほど注目を浴びました。

パタン・ランゲージとは、クリストファー・アレグザンダーが提唱した建築・デザインの手法・思想であり、人々が「生命の質」を感じる空間を生み出すための方法論です。これにより、東野高校は単なる学校建築ではなく、人々の感情に根ざした生きた空間として設計されました。


施主視点の記録としての価値

2012年、アレグザンダーは東野高校の建設プロセスを記録した『The Battle for the Life and Beauty of the Earth』(「Battle」)を出版しました。この本では、彼の視点から見た建築の哲学や、現場での実践的な手法が詳述されています。

しかし、今回出版する回想記は、施主である細井氏の視点から描かれたものです。そのため、

  • なぜこのプロジェクトが始まったのか

  • なぜアレグザンダーに依頼したのか

  • 当時、施主側が直面した課題や内情

といった、建築家視点では見えにくい背景や動機、意思決定のプロセスが詳細に語られています。また、当時アレグザンダーに伝えられていなかった問題点や葛藤(当然『The Battle』にも書かれていない)も明かされており、プロジェクトの裏側を知る貴重な資料となっています。


理想と現実の間で 〜 プロジェクトの苦悩と挑戦

本書では、盈進プロジェクトが直面した数々の困難と、それを乗り越える過程が克明に描かれています。著者の細井さんが直面した困難は、ざっと挙げるだけでも、以下のようなものがありました。

  • 理想の学校像と校舎探し

  • 理想を実現する建築家探し

  • 資金調達に伴うトラブル

  • 用地取得、高校設立、建築認可の遅れ

  • 工期の遅れ

  • 関係者間の対立

それでも、様々な苦闘と「奇跡」とも呼べる出来事の積み重ねによって、プロジェクトは前進し続けました。

このプロセスは、まさに「プロジェクトX」のようなストーリーです。理想と現実の板挟みに苦しみながらも、信念を貫き、最後には「生き生きとした学校」の実現に至ったその軌跡は、多くの人に驚きと感動を与えるものとなるでしょう。


「パタン・ランゲージ」の実例としての価値

本書は単なる回想記にとどまらず、「パタン・ランゲージ」を活用した実例としても価値あるものです。盈進プロジェクトは、アレグザンダーの最大規模のプロジェクトとして世界的に有名です。

本書では、次のような観点について、施主の視点からどのように行われたかが記されています。

  • 利用者参加型のパタン・ランゲージの作成、設計

  • センタリングプロセス(構造保存変容)

  • 感性に根ざしたデザイン

  • 合意形成や意思決定プロセス

ここで特に強調したいのが、専門家視点ではない施主視点という点です。ここまで施主がデザインプロセスについて語れるという点が、すでに「利用者参加型」であることの賜物です。

そして合意形成や意思決定プロセスについては、いろいろな意味で考えさせられます。これらは、建築や都市設計に関心がある人だけでなく、組織開発、プロジェクトマネジメント、プロダクトマネジメントに携わる人にとっても有益な示唆を与えてくれるでしょう。


『パタン・セオリー』とともに読む意義

昨年、有志で翻訳出版した『パタン・セオリー』は、パタン・ランゲージ以降のアレグザンダーの理論をまとめた書籍です。今回の回想記は、その理論の具体的な実践例として補完する役割も果たします。

本書と『パタン・セオリー』の2冊を併せて読むことで、

  • パタン・ランゲージが何を目指しているのか

  • それを実践することで何が生まれるのか

  • 具体的に何を行うのか

  • 何を大事にして進めるのか

という点について、より深く理解できるはずです。


時を越えて盈進プロジェクトを学ぶ意味

『The Battle』の日本語翻訳版がない現状、盈進プロジェクトを知るには、当時の雑誌記事を参照したり、いくつかの研究論文を紐解くしか方法がありませんでした。

しかし、本書によって、ようやく当時のプロジェクトの様子を広く知ることができるようになります。今回の書籍化のタイミングで、アレグザンダーの『The Battle』だけでなく、当時の雑誌記事の特集などで個別に言及されていた盈進プロジェクトの様子を、かなり整理することができました。

設立当初(1985年)の建築業界では大きな話題になりました。しかし、その後パタン・ランゲージがソフトウェア開発を始めとして様々な分野に広がった2000年以降においては、盈進プロジェクトについて、出来上がったキャンパスを見学する以外で、キャンパスが「どのような想いで」「どのように作られたか」のプロセスを知るすべが失われていました。

東野高校建設40周年の今年、このプロジェクトを振り返ることには大きな価値があります。40年前にどのように作られ、それが時間をかけてどのように変化してきたのかを知ることができる稀有な事例だからです。この貴重な事例を通じて、私達が学べることは数多くあるはずです。

本書を通じて、パタン・ランゲージが本来目指した「生きた空間」の生成を再認識し、生き生きとしたシステムを生み出し、時を越えて発展させようとする人々へ、新たな発見・視点を与える機会になれば幸いです。

また、東野高校に関わる方々にも、キャンパスがどのような想いで作られたかを是非知ってほしいと切に願います。きっと本書を読めば、学園の建物や設計ひとつひとつへの見方が大きく変わるはずです。

終わりに

最後に、著者の細井久栄さんは、本書の書籍版を見ることなく、2025年2月21日にこの世を去りました。きっと、天国で2022年に亡くなったアレグザンダーと再会を喜んでいるでしょう。

細井さんの40年前に取り組み成し遂げた、この壮大なプロジェクトの物語を、時を越えて皆さんの手元に届けられる日を楽しみにしています。

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