ブックレビュー”Shoe Dog”
随分前から複数の人に薦められていた本書をやっと読み終えた。
実は最初は原書で読み始めたが、借りていた図書館の貸出期限が切れ、次に図書館に在庫が多い翻訳書を借りて、しかもその貸出期限を超えてやっと読み終えた。スキーシーズンに本を読む時間を作るのは実に難しい。
さて、本書を読むとNikeという会社と日本との縁を強く感じる。当時オニツカだった現ASICSの品質に惚れ込み全くビジネス実績が無いにも関わらず直談判してビジネスを始めることに成功、蜜月期間を経て、次第に両者の思惑の違いから仲たがいしていく様子、そして急激な成長と資金繰りの悪化から取引銀行が見捨てる中、当時日商だった現双日の理解ある助けを受ける。日商の支援が無かったらとっくに倒産していたことだろう。
オニツカは良い靴を作る会社ではあるが、次第に主導権を握ろうとしていく様子が描かれている。ただ、必ずしも「悪者」といった表現では無く、著者のPhil Knightが乗り越えていかなければならなかったいくつもの試練の一つを極力公平に表現しているように感じた。もちろんPhil個人から見た見解に過ぎず、客観的かどうかはわからない。
日商の方はどこまでも窮地を脱する際にサポートしてくれた救世主といっても良い表現だが、実際それは事実なのだろうと思う。本書に「アイスマン」として表現されている伊藤氏は実際独断で救済支援したためクビになりかけたことがあるらしい。今では考えれらないが、当時の商社マンはサラリーマンというよりも、リスクを厭わないサムライ魂溢れていたことは想像できる。
興味深いのはPhil Knightを取り巻く人達の個性豊かな多様性だ。ある意味では行き当たりばったりな出会いのような気もするが、お互いが個性をぶつかり合わせながらタイトルにもある”Shoe Dog”、すなわち靴にすべてを捧げた人、として長い株式上場までの道のりを歩んでいった姿はフィクションよりも変化に富んでいる。
そういう出会いの中でも個人的な裏切りに合った例が挙げられている。一人はオニツカと袂を分けた途端に寝返った人、もう一人はPhil Knightと意見の相違から退社し、アディダスに寝返った人だ。特に後者については「許せない」としながらも、後に彼の娘を入社させている。この辺りPhil Knightと言う人は対人関係力が楽観的な人なのかと思う。
一つ意外だったのは、Phil Knightと言う人のキャリアバックグラウンドで、彼はMBAを卒業してから食うためにCPAになった人だった。何となく画期的な靴を作っていた人だし、”Shoe Dog”というタイトルからも職人気質の人だと思っていたが、むしろビジネス畑の人だった。
もちろん彼自身Top Athleteでは無いが陸上競技をやっていたわけだし、その時代のお陰で後に靴の開発でその才能を存分に発揮したBill Bowermanをビジネスに引き込んだことは成功の一因であったとは思うが、スター選手たちとの専属契約や米国税務当局との諦めない闘いを見ていると、この人はビジネスマンであることがよく理解できる。
そういう彼が後悔しているのは2004年に27歳の若さでスキューバダイビング中に亡くなったMatthew Knightとの関係だろう。ビジネス優先だった彼はMatthewが長年抱えていた心の悩みを助けてあげられなかったという。本書でそれを赤裸々に語る姿はPhil自身の率直さを物語っていると思う。
物語として面白いかというと、今の私にとってはそれほどでも無かったというのが正直なところだ。資金繰りに何度も困っていたところやオニツカとの関係、税務当局への働きかけは事実だとは思うが表現が冗長で、面白い話とは言い難い。
それでも彼の周りの人達が興味深い人ばかりだったのは事実であり、彼らの側から見たPhil Knight評については興味がある。どうやらNetflixが本書の映画化権を獲得しているようなのでそちらも是非見てみたい。