見出し画像

ブックレビュー「障害者支援員もやもや日記~当年78歳、今日も夜勤で、施設見回ります」

初めて「日記シリーズ」を読んでみた。以前からこのシリーズは日経新聞の広告でそのイラストが異彩を放っていたため興味があったのだが、「障害者支援員」テーマとなると、日常的にコンタクトのある職業の話でもあるので読んでみることにした。

この「日記シリーズ」の発行者は三五館シンシャという会社で、倒産した三五館の社員だったロスジェネ世代の中野長武氏が2017年に設立し、社員は中野氏ただ一人という零細企業だ。

本シリーズは中野氏のところにたまたま電話で持ち込まれた「交通誘導員ヨレヨレ日記」がベストセラーとなり、その後「介護ヘルパー」、「電通マン」、「消費者金融」、「大学教授」、「派遣添乗員」、「コンビニオーナー」、「メガバンク銀行」、「コールセンター」、「マンション管理人」、「保育士」、「タクシードライバー」、「ケアマネージャー」、「非正規介護職員」、「ディズニーキャスト」、「住宅営業」、「バスドライバー」、「メーター検針員」、「出版翻訳家」など60代、70代の就業実体験を当事者が綴ることで、シリーズ自体大ヒットしているようだ。

色々な事情で、多くの場合は経済上の理由でやむをえなく、新しい職探しをする中で、たまたまその職についたところ、特殊な業界事情や職務の厳しさに直面した人たちがこれらの本を書いている。同様の事情で新たにそれらの職務に興味を示している人たちには業界や職務実態を知るのに最適なテキストブックとなっているのだろう。

しかも必ず「ヨレヨレ」、「ごたごた」、「ぼろぼろ」、「ずるする」、「こそこそ」など日本語特有の擬態語がついているので、タイトルだけで著者の意図する状況が見え隠れする仕組みだ。

著者の松本孝夫さんは、還暦を過ぎて経営していた会社が倒産、その後人脈を頼り企業コンサルや医師のゴーストライターをしていたが、収入が不安定なため、職探しを始めた人。新聞チラシで介護職の仕事を見つけ、高齢者ホームだと思い込んで面接を受けたところ精神障害者向けのグループホーム「グループホームももとせ」だった。

ライター時代に突撃取材で色々な体験をしたこともあり、本書のエピソードを見ると、その的確な観察眼に舌を巻く。また精神・知的障害者への見識がほとんど無かったことが逆に客観的な見方や新たな発想を生んでいるように思う。

松本氏は、その持ち前の好奇心と、現象面から本質的な利用者の課題を模索することで成功例を積み重ね、結局8年間同じグループホームに務めることになる。残念ながら持病の腰痛が悪化し、一時的に長期休職を余儀なくされ、その期間に障害者の人たちが置かれた環境や境遇をたくさんの人たちに知ってもらいたいと強く願い、本書を執筆したという。

同様のグループホームを親として利用させてもらっている立場で言うと、本書で出てくる利用者の親たちの心情は身につまされる。皆、結局自分の死後を心配しているのである。

親と子の関係は他者には置き換えできない。それでも自分の死後を考えると、親にはなれないものの自分の子を誠心誠意気遣ってくれる人を探すのだ。特別支援学校に通っている時も、通所施設に通い始めたときも、グループホームに入居しはじめた頃もすべて同じだった。

運よく信頼できる人に出会っても、数年経つと担当が変わるなどでその関係は長続きしない。そして再び信頼できる人を探すことになる。

この松本氏も年齢や体力的な問題が考えると、いつまで続くか分からない。それでも障害者の親にとっては、ひと時であれ、こういった信頼できる人に出会えたことを感謝しているのだと思う。

「殴られ、蹴られ、時には噛みつかれた。それでもこの仕事を辞めたいと思ったことはない。なぜなら、「ホームももとせ」での8年間は、きついことより喜びのほうが多かったからである。」
「あともう少しで「ホームももとせ」に復帰できる。私にはまだやり残したことがある。」

出典:「障害者支援員もやもや日記~当年78歳、今日も夜勤で、施設見回ります」

そして、こういう信頼できる人を、自分の死の時まで、永続的に探し続けるのが親の務めなのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?