ブックレビュー「勝者の科学」
先に紹介した「多様性の科学」を書いたマシュー・サイドの2017年作。
本書もタイトルは英文タイトル(”The Greatest-The Quest for Sporting Perfection”)とは乖離があって、読者の「科学」コンプレックスを刺激するものとなっている。サイドの翻訳本には他にも「失敗の科学」があるので、日本版編集者は確信犯的に日本では「科学」を入れれば手に取る人が増えることを知っているに違いない。
「科学」と銘打っているが、本書に統計学的なデータは一切登場しない。
本書が「科学」かどうかの判断はさておき、元オリンピアンであるサイドが書いたコラムを集めた本書は大変読みやすい。誰でもその成功を知っているエピソードを中心に、そこからの学びを提示する。
何しろサイドは元英国卓球チャンピオンなので、自らの成功と失敗に関する詳細には事欠かない。さらには現役時代からメディアへの進出度合いが高かった人らしく、他のスポーツについての情報とその原因分析には説得力がある。
例えばサイドは第一章の「チャンピオンのつくり方」で、次のようなエピソードと学びを提示していく。
2017年作が日本語に翻訳されるのに7年間かかった訳で、スポーツの世界でこの7年間(オリンピックやサッカーワールドカップなどの二回分)という時の流れは結構厳しいように思う。どうしてもエピソードが古いものになってしまうし、一旦成功例と思われたことがその後反転することもある。
阪神タイガースが優勝した翌年に失速した、オリックス・バッファローズが三連覇した後に五位に凋落し、三連覇を成し遂げた中島監督が退任してしまう、そのような世界である。
それでも本書の読者に学びがあるのは、スポーツが矛盾に満ちながら、その成功と失敗を繰り返していることを長年の経験で知っているからだ。物知り顔の解説者の言説が新たな成功や失敗で180度ひっくり返るのにも慣れっこだ。
サイドは本書を執筆にあたり着想を得た本として、ナシム・ニコラス・タレブの「まぐれ-投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」、ジェームズ・フレイザーの「金枝篇」、サイモン・バーンズの「The Meaning of Sport」、ジョセフ・ヘンリックの「文化がヒトを進化させた-人類の繁栄と<文化-遺伝子革命>」を挙げている。
タレブ以外の本を読んでいないので想像に過ぎないが、サイドは徹底的なストリート哲学派の人なのではないかと思う。その意味ではコンサルタント嫌いのタレブに相当影響を受けたのではないか。
サイドは次のように言う。
スポーツ愛に満ちたこれらの言及は、徹底的なストリート哲学に満ちている。そこに数多くの読者を惹きつける秘訣があるのだろう。