ブックレビュー「多様性の科学」
本書のタイトルは「多様性の科学-複数の視点で問題を解決する組織」だが、原題は”Rebel Ideas-The Power of Diverse Thinking"。性別、人種、年齢、信仰などの人口統計学的多様性という切り口に加え、異なるモノの見方・考え方(すわなち認知的多様性)を持つことで個人や組織がこれまでの因習的考え方に反逆し、イノベーションを起こすことを意味する。
本書ではまず認知的多様性が足りなかった例として、9.11の同時多発テロに至るまでの20ヶ月余りオサマ・ビン・ラディンから発された数々の情報を十分理解できなかった当時のCIAが「米のように白」く、「高い率で中産階級出身」で「金銭的な苦境も、迫害も、過激思想に触れることも」なかったことを指摘する。
逆にイングランド・サッカー協会は技術諮問委員会に、著者自身を含めたIT起業家、教育専門家、元ラグビーイングランド代表ヘッドコーチ、プロ自転車ロードレースチームのゼネラルマネジャー、陸軍士官学校初の女性士官などが招へいしたことで選手の育成方法、指導方法、マスコミへのPR方法、PK戦に備える方法にも全く新しい考え方が取り入れられるようになった。
もちろん多様なチームを構成すればそれでうまくいく訳では無い。エベレストの登山チームでは、支配的なリーダーシップが発揮されることで、折角の多様なチーム員の意見を埋没(忖度)させてしまった事例を挙げている。多様なチームには尊敬型のリーダーが必要なのだ。
このほかにも著者は政治的信条におけるエコーチェンバー現象での二極化、ダイエットやコックピットの標準規格化で見える平均値の落とし穴など、人間の集団が歴史的に陥ってきた偏った物の見方も示している。
そして日常にうまく多様性を取り込むためには、無意識のバイアスを取り除き、陰の理事会(Shadow Board)で積極的に異なる世代の意見を重要な戦略や決断に取り入れ、他者とのコラボレーションを成功するために「与える」姿勢を持つことなどが有効だと指摘する。
面白いことに本書の著者であるマシュー・サイドは元々卓球の英国代表を務めたオリンピアンで、選手時代からBBCのコメンテーターやジャーナリトとして活躍、まさに門外漢としての認知的多様性を強みとしてきた人である。
実は今年になって私の本業であるHRコンサルティング分野でもDE&Iに関する問い合わせが多い。コロナ禍でなかなか新しい取り組みを始められなかった企業が、労働市場がタイトな中、良き雇用主にならなければDE&Iを含めて社会的意識が高いZやα世代に興味を持ってもらうことが難しくなってきたことを懸念しているのかもしれない。
”Diversity is being invited to the Party, Inclusion is being asked to dance”というVerna Myersの名言がある通り、Diversityが進んでもInclusionが無いと多様性が持つポテンシャルを発揮することはできない。無意識のバイアス、マイクロアグレッション、インクルーシブリーダーシップなど組織内にインクルーシブな環境を築くためにやるべきことはたくさんある。
これまでとかく画一的でモノカルチャーな人と組織が集まった日本企業では、性別や障害者などマイナリティ(Underrepresented)のグループに対して社会的正義や道徳面からダイバーシティを進めることが中心であったが、組織の出入りが激しく、また多様な働き方を志向する短期的なプロ集団の活用が進むと、これまでのダイバーシティに加えて多様な経験や知、考え方といった認知的多様性を発揮してイノベーションを起こすためのDE&Iも必要になっていくのは間違い無いだろう。
そして、知と経験のDE&Iを推進することで、これまで他人事だったDE&Iは初めて誰にとっても自分事であるDE&Iになっていくのではないか。