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ブックレビュー「新しい世界 世界の賢人16人が語る未来 クーリエ・ジャポン編」

本書は世界中のメディアから選んだ記事を掲載する月額会員制メディアであるクーリエ・ジャポンが今「賢人」と言われている16名からコロナ後のニューノーマルについて聞いたインタビューを中心にまとめた本で、2021年1月に第一版が発行されている。賢人たちはNHKの特別番組で登場するおなじみの面々でもあるが、彼らの発言は基本的には2020年の半ば前後と思われる。

その意味ではすでにワクチン接種が始まり、パンデミックが沈静化する国ではマスク着用の義務付けが外されつつあり、一部の経済では先行きのインフレ懸念があるなか、これらの賢人たちの当時の予測はまだ有効なのか、興味があるところだ。

1. コロナと文明

恐らく本稿が書かれたのが2020年の半ば前後だったからか、まだコロナの深刻な危機が現実化する過渡期であったこと、また米国大統領がまだトランプだったこともあり、今となっては?となる部分があるように思われるが、ジャレド・ダイアモンドの日本に関する指摘はまさに今日本が直面する世界から取り残される危機を物語っているように思う。

<ユヴァル・ノア・ハラリ>
・人類がコロナウイルスに打ち勝つのは間違い無いが、内なる悪魔の誘惑に負ける、すなわち独裁を受け入れることが心配。情報を握るメディアや国家の公的サービスが暴走しないためにも、科学教育と大学や病院、新聞社などの独立した強力な機関が必要。
・パンデミックは行き過ぎたグローバル化の結果というのは誤り。感染症はグローバル化以前からあった。感染症への処方箋は情報とグローバルな連帯だ。問題なのは外国人嫌悪の指導者を選ぶことだ。
<エマニュエル・ドット>
・コロナの国毎の死者数を見ると、個人主義的で自由な文化な国の被害が大きく、権威主義的な伝統がある国や規律を重んじる国ではさほどでもない
大事なのはこの国をかってのように工場、労働者、エンジニアに頼れる国にすること。金融マンや法律を功名に操れる人のおかげでこの国が倒れずに済んだのではない。
<ジャレド・ダイアモンド>
・国家が危機に上手に対処し、転換期を切り抜けるには「現実的な自己評価」「他国の優れたところを学び、変えるべきところを変えられる能力」、「他国から学びながらも自国の中核的な価値観を維持できる能力」、「社会や政治で妥協できる柔軟性」などだ。日本の足をひっぱるとすれば、一つは韓国や中国と意義深い和解ができていないこと、女性の役割を受け入れていないところ。
大事なのは国の統治に関わる人たちの世界観が「世界を知ったうえで作り上げられたものであるべき」ということ。アメリカでは「社会の分断を深める機構」が増えており、大手メディアは競争が激しい環境で文化的にニッチな領域を攻めており、巨大SNSを持つコングロマリットは似たような人々の間でコンテンツをバイラル化(爆発的に広げる)させて利益を得るビジネスモデルを築いている。

2. 不透明な世界経済の羅針盤

「民営化」や「規制緩和」といった新自由主義の問題点がCOVID-19で破綻した。シリコンバレーのソリュ―ショニズムは既存の市場経済主義を擁護する。パンデミックから抜け出そうとしている今こそが新たな可能性を試す絶好のチャンスかもしれない。

<ジョセフ・スティグリッツ>
・アメリカの医療費のかなりの部分は製薬会社と保険会社に行き、医療制度自体には向かわない。社会保障制度が無いので医療費の助成を受けられないアメリカ人が数百万人いる。その結果平均寿命が短い。低所得者層とアフリカ系アメリカ人がCOVID-19の被害を受ける割合が大きい。
巨額の財政支出は、利回りが低いので心配していないパンデミックから抜け出した時に消費意欲が戻り物価上昇圧力がかかる。そのときのお金の流れをうまく利用して富裕層に税をかけて格差を解消し、炭素税を導入して環境問題に取り組んだりできるはずだ
<ナシーム・ニコラス・タレブ>
巨大で予期せぬ衝撃に耐える力として「反脆弱性」、すなわち限定的な無秩序が必要だ。体をストレス要因に全く晒さないでおくと、弱って年齢よりも早く劣化することがその一例だ。
この仕組みを組織に取り入れるには「小さいことは美しい」という価値観を通すことだ。またあらゆる機関には有効期限が必要。
反脆弱性のあるものは「ブラック・スワン」、すなわち予測できないことが起こったときにもたらされる大きなインパクトにうまく持ちこたえることができる。極端なリスクにはパラノイア的に警戒し、有益な小さなリスクを取ることだ。
<エフゲニー・モロゾフ>
COVID-19の流行で「民営化」と「規制緩和」を教義とする「ネオ・リベラリズム(新自由主義)」は破綻した。しかしネオリベラリズムだけが資本主義を生きながらえさせているのではない。シリコンバレーで生まれた「ソリュ―ショニズム」、すなわちほかの選択肢も時間も財源もないから、社会の傷にはデジタルの絆創膏を貼ることぐらいしかできない、と考える思考もグローバル資本主義の車輪を回し続けている
・今回の災禍をソリュ―ショニズムで対応していくと、公共の想像力、「巨大IT企業が社会と政治のインフラを支配していない世界」を創造するのが一層難しくなる。ソリュ―ショニズムの国家は、「市場原理」ではなく、「連帯」にもとづいて新しい社会のかたちを模索しようとするソフトウエア開発者やハッカー、起業家のやる気をそぐ。
・いまのデジタルプラットフォームは個人化された消費者のためのサイトで、互いに助け合う「連帯」のためのプラットフォームではない。万人に開かれた政治秩序の基盤としては貧弱だ。民主主義国家はテクノロジー・プラットフォームという非民主主義的な方法で権力を行使する民間企業に極端に依存している。むしろ「公」がデジタルプラットフォームに対して主権を持つべきだ。
<ナオミ・クライン>
・シリコンバレーは「非接触型テクノロジー」という新しい言葉で接触することが問題だとするが、今一番恋しいのは触れるという行為であり、コロナといかに共生するか、その選択肢のメニューはもっと広げるべきだ。彼らが言う「スクリーンニューディール」に資金をつぎ込んでも、生活の質を下げるようなやり方で問題を解決することにしかならない。なぜ学校の先生を大量に雇用しようと思わないのか。
ニュージーランドはコロナ以前に戻るのでは無く、国民には働く時間を減らしてもらい、賃金は据え置き、余暇はレジャーなどで安全に自国を楽しんでもらおうと考えた。日常に戻るのではなく、スローダウンが必要なのだ。
・パンデミックは私たちの生活に「優しさ」をもたらした。ウイルスの出現はまた相互依存や人間関係について再考を余儀なくした。だから人種差別主義者による残虐行為について他人事だとは思えなくなった。
大惨事が訪れる前から悪かったものは、すべて堪え難いまでに悪化する。平時から「使い捨てられる」立場に会った人達が今「犠牲」を払わされ、ドメスティックバイオレンス、解雇や経済的圧迫などが女性に迫っている。
・現状の気候変動対策は、景気が比較的好調なときにしか指示を得られないが、グリーン・ニューディールは市場最大の経済危機のさなかに生まれたニューディール政策をモデルにしている。今私たちはそのような急速な変化を成し遂げられる可能性を見ている。

3. 不平等を考える

ダニエル・コーエンの幸せの定義が大変興味深い。特に日本のように経済が停滞している国で幸せは困難だ、と言う点と、幸福は報酬であり目的では無い、という点。しかし人々が質素に暮らすことを受け入れ、近しい人とともに時間を過ごし、その人たちを助けたり、会話をしたりすることを目標とするようになるのは難しそうに思える。

<ダニエル・コーエン>
人の幸せとは周りとの関係から生まれる。成功とは絶対的な基準があるわけではなく、常にほかの人と比較してのことである。問題は他人との比較がお金という尺度だけに集中していること。「幸福とは義理の兄弟より多く稼ぐこと」だと思えてしまう。
・豊かさが絶対的な量ではないため、貧しくても経済が成長している国で暮らす方が、それなりに豊かでも経済が停滞している国で暮らすよりも幸せだったりする。将来への希望が持てなくなると、人は強い不満を覚え、生きづらさを感じ、社会内への緊張が高まる。
・一人当たりの所得が増えていくという意味での経済成長は200-250年ほどの歴史しかない。いまは経済成長こそ進歩だと信じ切っており、進歩の部分はほんの一部分に過ぎず、大部分が社会の疲弊やエネルギーの無駄遣いだと言う可能性もある。
日本社会はアメリカ社会と同じ罠にはまってしまい、経済成長の減速という問題を、もっと働くことで解決しようとしている。もしかすると経済成長を無限に続けられると考えることをあきらめ、質素に暮らすことを受け入れ、それに合わせて経済の仕組みを変えていく方が賢明な解決策な場合もある。
私は幸福になるために、人とともに生きること、信頼できる友人を持つこと、ほかの人との競争をできるだけ敵意のないものにすることを意識している。いずれにせよ幸福を目標としてとらえるのはよくない。幸福は報酬であり目標ではない。目標とすべきは、近しい人とともに時間を過ごし、その人たちを助けたり、会話をしたりすること。フロイトは、幸福とは、寒くて毛布をかけたときに味わう束の間の感覚のようなものだといっている。心がけるべきは自分の内の調和を保ち、周りの人とも調和を保つこと。
自分の教え子たちには、テクノロジーの奴隷になるのではなく。技術に習熟してテクノロジーの主人になるようにしなさいと言っている
・オンライン上のコミュニケーションには「身体性」が抜け落ちている
。学校や工場で仲間と会って会話する経験が減っていけば、「他人との関係を作ってくれる産業」が発達していく可能性がある。
・本を書く時や、授業をするときに意識しているのは、経済学の話題に哲学や歴史、そしてときには心理学や精神分析の話を混ぜること。私はむしろ極度の専門化を求める現代世界に危うさを感じている。学生たちには好奇心を伝えようとしてきた。
<トマ・ピケティ>
・私有財産を神聖化し過ぎている。「レーガニズム」は富の集中を正当化した。経済成長は半分になり格差は二倍になった。財界が経済的権力も政治的権力も握るようになった。「ソ連型の超国家的な社会主義」ではなく「参加型の社会主義」を提唱する。「労使共同決定」を取り入れて私有財産の社会化をはかる。
・第二の提案は資産に累進課税を導入、私有財産の時限化をはかる。ひとことで言えばこの世からビリオネアを無くすということ。資産への課税を実施、その税収を財源として国民に一律に資本を交付する。25歳になったら誰でも一律に12万ユーロの資本を支給される。フランス人に平均的な資産額の60%にあたる。これを元手に住宅、起業、勤め先の会社への資本参加が可能だ。
・第三の提案は教育格差の是正
<エステル・デュフロ>
・コロナ後の経済回復は安心感が鍵であり、できる限り雇用と収入を守ることが大切。これを断行したデンマークは経済再会の際に良い出発点に立てるだろう。
問題はビジネスのあり方では無く、各国が予算を削減してコロナ危機のよな事態に備えていなかったこと。企業は今後仕入れ先を分散させるが、開発途上国には大きなチャンスとなる。
・株価が暴落しているときに政府にできることは無い。経済成長もそれほどコントロールできない。それでも人々の福祉は政治次第だ。

4. アフター・コロナの哲学

グローバルな新自由主義はまたも最大の悪者だ。また巨大IT企業はそれを助長するだけで、代替策が必要だという。連帯を本当のものにするには能力主義を謙虚なものにし、異なる市民が出会える場が必要だ。コロナ危機は序章に過ぎず将来の課題のリハーサルにしか過ぎない。

<マルクス・ガブリエル>
・資本主義の感染の連鎖を断ち切らなければならない。商品の生産チェーンのせいで多くの場合誰かが犠牲になっている。私たちは皆、他者の苦しみに責任がある。グローバルな新自由主義は世界を猛烈なスピードで破壊するものになっている。
・テレワークでアメリカへの依存度が増している。EUではアメリカのソーシャルメディアを閉鎖し、プロのジャーナリズムが管理する欧州のネットワークを構築することだ
<マイケル・サンデル>
・革新派の政治家がメリトクラシー(能力主義)の文化を持ち上げたせいで、格差が拡大、勝ち組を傲慢にし、置いてきぼりにされた人たちに対して優しさを示さない社会を作り、労働者階級の人びとが怒りを抱き、ポピュリズムの抗議行動が起き、トランプ政権を出現させた。分断されている社会にパンデミックが襲い掛かり、連帯の掛け声にもかかわらず、分断が深くなった。
・社会が分断され、人々がそれぞれの狭い世界で暮らすようになっているが、謙虚な姿勢をつらぬくことで、民主主義の経験をものに分かち合えるようになるはずだ社会の頂点に立った人は、自分が成功できたのは自分の実力だと考えがちだが、本当に自分の実力だけで成功したのかを問い直さなければならない。「運」による部分もあったことを忘れていないだろうか。
・市民が分かち合う公共空間を作り直さなければならない。階級が異なる人や生活条件が異なる人と出会えるようにする。エッセンシャルワーカーの社会的価値を考え直すときが来ている。
<スラヴォイ・ジジェク>
・コロナに立ち向かった結果、ウイルスが日常のリアリティの一部になるエッセンシャルワーカーと自宅待機を続けるがゆえにコロナがリアルのままの二種類の労働者がいる。後者にとってコロナは実体のない不気味な世界で存続するが、警戒を強いられるのはどちらも同じ。
コロナ危機は、人類が待ち受けている地球温暖化や新たな感染症といった将来の課題に向けてのリハーサルだ。マルクス主義者は国家による弾圧と支配の仕組みを揶揄するのが好きだが、効率のよい統治機構は絶対に必要。社会生活の再構築が必要だ。
各国がしっかりと連携し、助け合うべきで、WHOをはじめとする国際機関の強化が必要だ。政府はまず誰一人飢えさせないことを保障すべきで、旅行やファッションを忘れなければならない。誰もが自身の能力を最大限に生かして、社会に還元すべき

5. 私たちはいかに生きるか

またしてもスローダウンを希望する声があるが、果たして現実的なのか。面白い授業をする人は知識だけでなく、感情も伝える。心に平安をもたらす唯一の方法は”Hope for the Best, Expect for the Worst”だった。これは実は私の座右の銘の一つ。そして幸せはささやかなものである。

<ボリス・シュリニク>
ロックダウンは体の安全を守るためであり、生存のために必要だが、人の心を恐ろしいほど圧迫する。学歴や職業、愛情にあふれた家庭環境など心を保護するものを持っているか否かでその影響は大きく異なる。心の不調は感覚遮断が原因で、認知の機能を乱す。
・今回の疫病流行で新しい価値観が育つ。この全力疾走のような生活が終わり、社会がもっとゆっくりとしたものになるのが良い。今は平均寿命が80歳を超える時代なのに、なぜ6-10歳の子供に全力疾走させるのか。競争の価値観は過去の遺物と化すと良い。
・オンライン授業と実際の授業を選択制にした場合、テキストの内容をよく記憶できたのは実際に顔を合わせたやりとりをした学生だった。面白い授業ができる先生とつまらない授業しかできない先生の違いは、面白い先生は知識だけでなく、感情も伝える人だということ。
<アラン・ド・ボトン>
・人間はこれまで自分たちは完璧で、安全が保障されていて、状況をコントロールできていると信じながら進化してきたが、実際には有害な生物や災難にさらされている。
心に平安をもたらす唯一の方法は、最悪のシナリオを想定すること。最悪の事態を受け入れる準備が既にできていれば大丈夫。不安とは未知、制御不能なことに対して、必死に対処・コントロールしようとする心の動き。不安をコントロールするのは不可能だと私たちは気づくべき。
・カミュはシンプルな喜びに注力することが大切だと説いた。いま私たちに必要なのはユーモアと愛、そして友情。もう一つ必要なのがロールモデル。ロールモデルは、億万長者やセレブでは無く、ひどい苦しみのなかでどう生きるかを知っている人たち。
死は突然やってくるのでその準備をしておく必要がある。そのときが来たら楽観から悲観へ、思考を転換する。私たちには「絞首刑の希望」が必要。人間は皆最終的には絞首台へと向かう。けれどそこに至るまでの道のりには素敵な果樹園があるこもしれない。世界は希望に満ちた美しいものがあるれている。今後は絶望と隣り合わせのささやかな希望が私たちの人生に生きる価値を与えてくれるだろう。

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