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ブックレビュー「ベンチャー・キャピタリスト 世界を動かす最強の「キングメーカー」たち」

1990年代後半のドットコムバブルの時期はちょうど米国に赴任し始めた頃で、その後何度かベンチャー・キャピタリストとも接触したことがある。関心の対象が通信業界だったので、残念ながら同業界はドットコムバブルの崩壊でガタガタになり、その後は彼らと接触することも無くなった。

本書は、私が接触したブティックVCとは違い、「キングメーカー」と言われるVC上位1%の極めてわずかな大成功を収めたVCたちが、次の時代を形作るスタートアップをどのように探し、育てているのか、すなわち「未来を見つける方法」を聞いて回ったものだ。

現在世界の時価総額ランキングトップ10企業の内、7社がVCが投資した企業である。そしてそういったVCが育てたいわゆるユニコーン企業(企業価値1000億円以上)は世界で1000社近くあり、すでに半数がアメリカ以外から生まれるようになっている。

そして彼らVCのグローバルネットワークは、「勝ちパターン」を注視することで、次なるユニコーン企業を生むエコシステムとなりつつあるが、未だ日本はこの仕組みを上手に活用できていない。

本書の前半はその「キングメーカー」が単なる投資家ではなく、イノベーションを加速させるために熾烈な付加価値競争をしている様子が語られる。

シリコンバレーには「御三家」と呼ばれるセコイア・キャピタル、ベンチマーク、アクセルがおり、彼らはTwitter、Instagram、Uber、Facebook、Snap(スナップチャット)、Spotify、Slackがまだ産声を上げた頃に初期投資を行い、ホームラン級の巨大リターンを手にしている。

彼らVC投資家の多くは自分自身もかってスタートアップの企業で成功した経験を持つ。そして彼らは単なる直感やインスピレーションで投資を決定するのでは無く、膨大なリサーチでさまざまなデータを集め、1年間で数百社のCEOたちとのミーティングを重ね、高度なスキルや専門性でコンサルティングのようなサービスを無料で提供し、スタートアップイベントを開催している。

これらのプロセスを通して、一年間で10件ほどの投資を行い、10年間で少なくとも2-3倍、大成功=ホームラン案件になると10倍以上のリターンになることを期待している。実際ホームランになるのは全投資先の4%に過ぎない。

シリコンバレーのVCが「御三家」中心にTech企業への投資で大きな成果を上げる中、次第に焦点を絞って差別化を図るVCも増えている。金融ビジネス・フィンテック投資、ヘルスケア投資、ライフサイエンス投資、眠れる知財をビジネスにするディープテック投資、データ分析によって有望なスタートアップを見抜くデータ・ドリブン型投資、環境や社会に影響を与えるインパクト投資などがそれだ。モデルナはライフサイエンス投資のフラッグシップ・パイオニアリングが大手医薬品メーカーの経営者を雇って創ったスタートアップ企業だ。

そして米国白人男性中心だったVCパートナーにも多様化の流れが押し寄せており、イラン出身者、スペイン出身の女性、日系アメリカ人女性、カナダ出身の女性、インドで生まれたカナダの移民。そしてVCが少なかったスエーデン、台湾生まれのアメリカ人、米国へ留学したインド人、インドから米国への移民、インドネシア出身の起業家、南米最大のEC起業家、といった新しい投資家たちが欧州、中国、インド、インドネシア、南米、アフリカでVC投資を積極的に行っている。黒人、女性、性的マイナリティ出身の起業家を支援するVCも生まれている。

さらには一般的なVCと異なり、世界最大の起業家支援ネットワークである非営利団体(NPO)が立ち上げたVCも存在する。エンデバー・カタリストがそれだ。彼らはNPOがスタートアップ投資を正当化できるために珍しい仕組みを作り上げている。ファンドを運営する管理手数料はゼロ、ホームラン案件で利益が出ても、80%は母体のNPO法人に還元する。支援先にえこひいき投資をしないために、投資タイミングは500万ドルを超える資金を集めるタイミングとし、プロのVCが出資する際に自動的に「あいのり投資」をする。投資先のスタートアップの株式の2%までしか所有せず、そのラウンドの調達額の10%以上は出さない。

本書の最終章ではこのように華やかなスタートアップ投資の「不都合な事実」として、そこで働く人たちの巨大なストレス、FOMO(”Fear of Missing Out”)と呼ばれる大きな魚を逃してはいないかという強い恐怖やプレッシャー、そして何よりもVCの平均的な投資リターンは上場企業の株式投資にも勝っていないことなどが挙げられている。つまりVCへ投資するよりもS&P500のインデックス投信に投資した方がずっとマシということになる。

もちろん勝ち組は10年間の運用で投資額が10倍になることを示しているが、多くのVCは3号ファンドを立ち上げるまでに期待したリターンが上げられずに淘汰されている。

個人の一般投資家としてVCに虎の子の資金を投資するのはこういう「不都合な事実」を考慮すると躊躇せざるをえないが、それでもこれだけの巨大マネーが集まり、新しいアイディアをもった起業家と連続起業家出身者が多い投資家が英知を結集しているVCが社会課題の解決と新しい産業を生み出すパワーを持っていることは間違い無い。

日本の企業のCVCがこれらと対等に戦うことができる確率は天文学的に小さいとは思うが、若い世代で生まれつつある連続起業家たちが果敢にVCとして挑戦することなくして日本の経済が活性化することは無いだろう。




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