見出し画像

ブックレビュー「ハウリングの音が聴こえる」

2月の「鑑識レコード倶楽部」以来の音楽関連本ブックレビューになる。松村雄策氏については亡くなられた昨年の「僕の樹には誰もいない」のブックレビュー以来だ。

前回の「僕の樹には誰もいない」が最後の著作になるだろうと思っていたので、本書の発刊には驚いたが、今回も米田郷之氏による発掘で、「小説すばる」に2014年4月号から4年間にわたって掲載された同名エッセイ44回分を全て収録したものだ。

前作について「若い時代とは異なり、自然体というか少しとっちらかっていてオチが無いものが増えているな」との感想を掲げたが、今回はむしろ往年の松村節のような型を感じ、何度もニヤッとさせられた。今更贅沢だろうが、できればこういう文章は一気に読むのでは無く、毎月一作ずつ読む方が長い間楽しめる。

本書で改めて気がついたのは松村さんが最後に住んでいたのが田園都市沿線だったようだ、ということ。私も同じ沿線なので俄然どこに住んでいたのか、興味が湧いた。インターネットで検索してみるが、まったく住居に関する情報が無い。

本書にはいくつかヒントらしきものがあるのでこれらを元に想像してみる。

「最寄りの駅には、線路沿いの土手に桜が並んでいる」
「住んでいる所は一種の丘の上で、途中は突然坂ばかりで、家が並んでいる、その中にはかなり不自然に立っている家もあって
「少し歩くとバス停があって、そこから隣町に行くことが多くなった。そこにはスーパーマーケットもデパートも銀行も郵便局も図書館も区役所もあって、僕の住んでいる所と比べたら大都会である」
「僕が住んでいるところは川崎市なので、十五分も電車に乗れば多摩川を渡ってしまうのに」
「それ(買い物)以外は、ずっと家にいる。それが分かっている友達は、酒を飲むのにも僕が住んでいる町へやって来てくれる

出典:「ハウリングの音が聴こえる」松村雄策 河出書房新社 

デパートがあるというと、この辺りではたまプラーザか溝ノ口しかない。とは言え溝ノ口の丸井をデパートと言うのかどうか微妙なのでおそらくたまプラーザのことだろう。「線路沿いの土手に桜」は結構この辺りではどこにでもある。「丘の上」というと真っ先に宮前平が考えられるが、隣町の鷺沼にも宮崎台にもデパートは無い。

最後の友達がわざわざ飲みにやって来てくれるような飲み屋があるのは鷺沼だろう。そう考えるていくと、鷺沼ではないか、と想像できたが、鷺沼は急行駅なので二子玉川まで行くのに15分もかからない。

結局、以上の推理からでは確固とした結論は見当たらなかった。どなたかご存じの方がいらっしゃったらこそッと耳打ちして欲しい

なお上記「それが分かっている友達」の一例として、近藤智洋と岡本定義、お二人の名前が挙がっているが、これまで恥ずかしながら彼らの音楽を聴いたことがなかった。ちょうど私が日本にいなかった頃に評判になった方なのだろう。年齢も近く、Apple Musicで聴いてみるとお二人とも私好みの音のようなのでこれから少し聴き込んでみることにしようと思う。

さて本書を読んでいると、Bad Fingerの”BBC in Concert 1972-73"についてのコメントがあった。その内容が、以前「自分でバーを始めるならまずは揃えたいレコードリスト...から一つまみ」でコメントした内容と符合するものがあったので正直嬉しかった。

考えてみたらこれまでも松村氏が推奨してくれたことで好きになったバンドやミュージシャンはたくさんいたし、それを今までもnote上で感謝してきた。それらバンドやミュージシャンについて過去に掲載したnoteを再度ここでご紹介したい。

1. Suitcase by Badfinger

(オリジナル掲載は「自分でバーを始めるならまずは揃えたいレコードリスト...から一つまみ」

悲劇のバンドBadfingerが過酷な米国ツアーの模様を歌った曲で作曲はギターのJoey Molland。アルバム”Straight Up”に収録されているが、この”BBC in Concert 1972-73"のハードな演奏はJoeyとTom Evansの両ギターが全面にフィーチャーされていて素晴らしい。彼らの好む音楽性嗜好がレコード会社に受け入れられなかったためかその鬱憤晴らしのようなアレンジ。ライブでの奔放さをアルバムでも表現されたら成功を勝ち取れていたかもしれない。

2. ちわきまゆみ "エンゼル You Are Beautiful"(1986年)

(オリジナル掲載は「私を構成する80年代のレコード…から一つまみ」

メーカーに就職して、実習を終え、京都工場で経理実習を経て、1986年に本配属で舞鶴工場に赴任した。仕事はいわゆるシステムエンジニア。事務系の自分にとって晴天の霹靂だった。後から入社時のコンピューター適性試験の結果が良かったのだ、と聞かされた。

東京で生まれ、神戸で大学までを過ごした自分にとって、舞鶴という小さな町で過ごす日々は大きな変化で、町に馴染むというよりも、都会育ちの自分との違和感を際立たせることになった。

私が最初に購入した車はフィアットのリトモという車で、当然そういう車に乗っている人は舞鶴にはいなかった。その選択は現地の人にはインパクトを与えたようで、小さな町にさらに馴染めなくなって、結局毎週仕事を終えると、金曜日の晩には実家のある神戸に山道を走って向かう日々が続いた。

今考えると自然に恵まれ歴史もある舞鶴の良さがわからなかった自分を恥ずかしく思う。もしかすると舞鶴が生んだスター、ギャル曽根とも擦れ違っていたかもしれない。

毎週車を神戸まで運転する時間は約3時間で、その間に音楽をしっかり聴く時間が確保できた。一年後には大学時代のクラブの後輩が、何と同じ職場に赴任となり、神戸に彼女を残していた彼も一緒に神戸と舞鶴を行き来することになる。

ちょうどLPからCDに移行する時間だったが、CDへの移行に躊躇するところがあって、まだ新譜をLPで購入していた。その頃、特に気に入っていたのがこの「ちわきまゆみ」のレコードだった。おそらく最初のキッカケはロッキンオンの松村雄策が推薦していたように思う。

このアルバム以外にも次の”Dangerous is My Middle Name”はジャイアントシングル盤も購入した。T-Rexを彷彿とさせるグラムロックをベースにデジタルなリズムを組み合わせたちわきまゆみの音楽は当時新鮮だった。

このアルバムでは"Little Suzie"”よごれたいのに”が気に入っていたが、その後前者のベースとなったのがRoy Woodの”Hello Suzie”であることがわかるのは数年後だった。

3. Bed Finger by Cash (1992)

(以下6までのオリジナルは「私を構成する90年代のレコード…からひとつまみ」

90年前後にXmasパーティ向けに結成したバンドのメンバーとはよく飲みに行ったりカラオケを歌いにいったりしていた。彼らとオフィスのあった新橋にライブハウスが出来たので行ってみると、The Beatlesのカバーバンドが演奏していた。

その後Rock'n'Onの松村雄策がこのバンドCASHを同誌でも取り上げ、オリジナルCDを発表したことを知り、すぐに購入してみた。

CDジャケットは明らかにBad Fingerの”No Dice”のパロディーだが、楽曲がしっかりしていて曲調はThe Beatlesへのトリビュート風味が散りばめられているのが嬉し恥ずかしい。しかもライブで培った演奏力も確かだ。

その後もその新橋のライブハウスに何度も観に行ったが、そのライブハウスも2年程度で閉店してしまいCASHを観ることはその後無くなってしまった。

ライブでは彼らが演奏した「カメラのさくらや メガネKAN」だったかの短いCMソングをやっていて(「メガネ、メガネー、メガネ、コンタクト...コンタクト、メガネ...コンタクト、メガネ」という歌詞だった)、それが我々も含めて特に客に受けていたため、毎日何度もやっていたのが面白かった。

ネットで調べて見るとメンバーのヒロ渡辺が今でも活動しているようだ。

4. Ron Sexsmith by Ron Sexsmith(1995)

カナダオンタリオ出身のRon SexsmithもCASHと同様Rockin'onの松村雄策が強く推していたので購入してみたものだった。

1964年生まれのRon Sexsmithは17歳の頃からバーで演奏を始めたが、当初はワンマン・ジュークボックスと言われるぐらいカバー曲ばかりで、1985年頃からオリジナル曲を作り始めた。いわゆる遅咲きで、セカンドアルバムでメジャーデビュー作になった彼のこのアルバムは1995年リリースで既に31歳になっていたということになる。

Ron Sexsmithの声は本当に素朴でそのためむしろ心に沁みわたる。95年というとちょうど長男が自閉症であることが判った頃なのでこういうメランコリックな音を個人的にも受け容れやすかったのかもしれない。

Harry Nilsonに捧げられた本アルバムのプロデュースはCrowded Houseなどを手掛けたMitchell Froomで、Quebeck出身の”あの”Daniel Lanoisが一曲だけプロデュースしている。このアルバムにDaniel Lanoisが絡んでいたとは今回初めて知った。

その後もRon Sexsmithはコンスタントに作品を発表しており、また色々なカバー曲を演奏している。2015年のビルボードライブでの来日時に彼のコンサートは見たことがあるが歌の通りおとなしい人柄だった。

5. L.P. by the Rembrandts (1995)

TVシリーズで人気を博した”Friends”の主題歌”I’ll be There for You"を歌うThe RembrandtsはOne Hit Wonderと思われている方も多いかもしれないが、本アルバムは全体的に出来も良く、特にこの”April 29”は恰好良い。イントロからメロディアスでコーラスも素晴らしくギター演奏もワイルドで良い。なぜか他の曲はヒットしなかった。

2年前に再結成して新しいアルバムをプロモーションしていたがそれほど売れなかったようだ。しかしここでの演奏もやはり素晴らしい。

6. Being There by Wilco (1996)

2000年に”Yankee Hotel Foxtrot”で大ブレイクすることになるWilcoのセカンドアルバム。今でもこの”Misunderstood”はライブでよく演奏されている。

Wilcoは元々Jay Farrarが抜けた後のUncle Tupeloの残存メンバーで結成されたバンドで、私の最もお気に入りのバンドの一つだ。Wilcoやメンバーが結成しているAutumn Defense, Jeff Tweedy親子によるTweedy, Nils Clineのソロなど来日する度にライブは見に行っている。

Tweedyの来日ライブでは、"Yankee Hotel Foxtrot"をMixし、その後Loose FurでもコラボしたことがあるJim O’Rourkeがアンコールで飛び入り参加したのが良い想い出だ。

Jim O'hrourkeといえばこの平成演歌塾の出演があまりにも可笑しい。物腰がShyな日本人そのもので元Sonic Youthとはとても思えない。

この前のThe Rembrandtも含めてWilcoもファーストアルバムの頃から松村雄策がRockin'onで薦めていた。それほど当時の松村雄策の推薦ディスクは素晴らしいものが多かったし、私にとって最も信頼できる音楽リスナーだった。

******************************************
最後に随分前に自分用に作っていた松村氏の「僕を作った66枚のレコード」のPlaylistをここにご紹介する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?