雨漏りバースデイ
32歳の誕生日前日の夕方、突然脱衣所の天井に亀裂が入り、雨漏りが始まった。…ぽたり、…ぽたり、ぽた、ぽた、ぽた。水滴が落ちる音の間がだんだんと詰まっていき、慌ててバケツを取りに行く。
メキシコ生活で極力避けたいものはいくつかあるけれど、その中でも真っ先に挙がるのが、業者に修理を依頼することだ。それが嫌で半分壊れたままの家具や家電を使っている友人を何人も知っている。私自身も、ガスコンロが上手く点火できなくなっても、着火マンで無理やりしのいでそのまま使っている。
なぜ避けたいのか。
答えはシンプル。とにかく面倒だから。もう、想像するだけで面倒臭い。
まず、大家に連絡を取り、状況を説明する。なるべく修繕費を安く抑えたい大家は、複数の業者から見積もりを取る。大家も業者もみんながゆっくりなので、こちらへの連絡はなかなか来ない。大抵の場合、1週間ほど待っても連絡がないので、こちらから催促をする。音沙汰がないままさらに1週間ほど経って、ようやく大家から修理業者の連絡先が来る。今度は業者と連絡を取って○日の○時、と修理の日取りを決める。ここまでですでにグッタリなのだが、まだまだ先は長い。
すでにみなさんご察しの通り、約束の日時に家で待っていても当然のように誰もやって来ない。数時間の遅刻は当たり前、結局来ないままその日が終わることも珍しくない。とにかく期待せずに3日間くらいは心を無にして待つ。すると、まるで遅刻なんてなかったかのように笑顔でふらりと修理工がやって来る。
修理工を玄関で出迎えたら、すぐにやることがある。それは日本の文化を説明して、その場で靴を脱いでもらうこと。彼らは皆、OK、OKと快くスリッパに履き替えてくれるのだが、しばらく経ってふと見るとそのままベランダや屋上に出ていて、こちらはがっくりと肩を落とすことになる。
修理が始まると、今度は少し離れたところから作業を見守る。ビニールカバーを掛けないまま白い粉塵を盛大にまき散らしている場合には、娘がその上を這い回って真っ白になる前に大急ぎで掃除しなくてはならない。
あぁ、なんて面倒。
雨季に入ったメキシコは、決まって夕方頃に土砂降りとなる。誕生日前夜、窓の外の激しい雷雨に戦々恐々としながら、亀裂の入った天井をスマホで撮影する。
果たしてこの経験は、将来何かに役立つのだろうか。修理業者が3日も遅れてやって来ても驚かない日本人なんて、きっとなかなかいない。おそらく驚かない人は、経験をしたことがある人だけだ。前向きなのか、ヤケなのかは、分からない。けれど、あれを乗り切るためには勢いが必要なのは間違いない。よし、経験は財産だ。
そうして私は先ほど撮影した写真を開き、もうすっかり暗くなった廊下で、「あぁ、面倒」とうっかりつぶやいてしまいそうになるのを堪えるのだった。