転職活動リマインダー -律動編-
前回、"起動編"からつづく。
3. "新しいきみへ"プロジェクト
というわけで、なんやかんやあって筆者は転職活動をすることにした。まずはざっくりとしたスケジュールを決める。筆者の場合、24年7月に日本に帰国する予定だった為、7月に帰国、8月は帰国後の生活基盤立ち上げと転職準備(※1)、9月から新天地で働く、というスケジュールを仮決めした。日本の本社で働く期間が出来てしまうと中途半端であるし、そもそも今の会社で働きたくないから転職するのであって、帰国と同時に転職するのが最適と判断した(※2)わけである。
加えて、赴任期間の満了を待たずして帰国・転職するという選択肢も検討したが、現職企業に与える影響も大きく、奥様からも明確な反対(※3)があった為、これは採用せず。タイで転職するという選択肢もない。上記を踏まえて、筆者の転職活動には以下2つの制約が発生することとなる。
<前提条件>
(1)転職時期は24年9月以降
(2)24年9月までは転職出来ない
二つ目の制約が少し厄介である。例えば、とりあえず転職活動を開始し、想定よりも上手く事が運び、首尾よく内定を貰えたので、24年9月を待たずに転職する、という転職の前倒しことが出来ない。24年9月を狙い澄ました転職活動をする必要がある。加えて、転職活動期間は全て海外にいる為、オフラインでの面接が必須と言われた時点で対応難度が跳ね上がる。ただ、日本から活動をするよりも考えることが少し多いくらいで、不可能ということはないだろう。私の頭の中のセフィロス(※4)に背中を押されながら、とりあえず転職サイトへの登録を始めたのが23年8月のことである。
4.ダイバージェンス1.0%の壁を超える
かくして筆者にとっての転職活動、即ち"ダイバージェンス1.0%の壁を超える活動"(※5)が本格的に始まった。前述の通り、スケジュールと進め方に通常よりも留意が必要だったのだが、筆者には転職活動に対する知見は全くない。まずは専門家のサポートを得なければ話が進まない、ということで、筆者が最初に行った活動はビ〇リーチ(※6)への登録である。登録には審査が必要だが、ここは無事通過。サイト内のマイページに職務経歴書を掲載し、自分が海外赴任中であり、赴任期間が終わる24年9月頃を目途に転職を検討していることを記載する。そして転職エージェントからコンタクトがあるのを座して待とうとしたところ、1日も経たない内に数人の方から連絡を貰ったので、良さそうな方を選んでWeb面談の約束を取り付ける。登録から面談の約束まで2日程度である。このスピード感が早いか遅いかは置いておいて、自分の知らないところでも世界は動いているのだなと感じる。
最終的に筆者は2社のエージェントを活用した(※7)。率直に言って、転職活動の進め方という点においては、どちらのエージェントも言うことは同じ、という印象である。ただ、求人紹介という観点ではエージェント毎に個性が出る。筆者が使ったエージェントの一方(エージェントA)は、担当者によって受け持っている業界や企業が異なり、入れ替わり立ち代わりZoomに人が参加しては、この企業はどうですかと矢継ぎ早に紹介するローテーション・トーク・スタイル。もう一方(エージェントB)は、筆者と相対する方は一人で、こちらの要望を聞いたうえで、その方がいろいろな企業を紹介する技は全て受けきるスタイル。
転職エージェントとしてはエージェントAが大手なのだが、印象が良いのはエージェントBである。エージェントAは、こちらが「○○業界は希望していない」と言っても、お構いなしなのか担当者間で共有していないのか、全く知らないエージェントの方から「この企業(志望していない業界ど真ん中)はどうですか!」という提案が無邪気に飛んでくる。これには辟易した。いちいち「応募しない」と返信しないと返事をくれとフォローが来るのも参った。「希望していないと言っとろーが!」という気持ちである。
ちなみに、海外から転職活動を行う場合、場合によっては転職エージェントのサポートが受けられないということを、活動中に初めて知った。日本の関連法の定めにより、日本国内から国外在住者へサービスを提供することが認められていないらしく、大手のウェブサイトにはその旨が明記されているし、筆者も実際に登録しようとしたところ、丁重にお断りをされてしまった。従って、海外赴任者がエージェントを活用する場合は、事前に確認して問題のないところを使うか、それが難しいとなれば、エージェントを使わずに企業の採用サイトから直接応募するしかない。ちなみに、筆者もエージェントを通さずに直接応募したケースがあるが、自分のスキルと企業が求めるものが一致していれば、特に問題なく選考に進むことが出来たし、筆者の知り合いはエージェントを全く通さずに活動をし、転職に成功している(※8)。
閑話を休題する。23年8月にエージェントと面談し、特に転職希望時期についてこちらの考えを伝えたところ、2つのエージェントは異口同音に答えた。「タイミングが早すぎる」。24年9月頃の転職であれば、実際の活動時期は24年4月から5月。今から活動しても、1年近くも入社を待ってくれる会社はまずないので、まず内定は出ない。年明けに改めて方向性を会話しましょう。今思えば当然の意見だが、当時の筆者はスピード感こそ至高という伝統的日本企業の価値観に毒されていたのかもしれない。というわけで、実際の活動開始まで半年以上の期間が空くことになり、もう辞めようと思っている会社で、その意思を会社の人間には伝えることなく、1年後に退職の意向を上司に伝えることを何よりも楽しみに働く生活を送ることになったのであった。
5.ブルートジャスティスモード
時は流れて24年4月、ついに筆者の転職活動モラトリアムは終わりを迎え、バンコクの地から日本での転職先を探す活動が始まった。とはいえ、日本での転職活動とあまり違いはなく、自分のスキルや経験を考慮し、また自分が働きたいと思える企業も探しながら、そのバランスを取りつつまずはひたすら企業に応募していく作業である。筆者は、いわゆる日本における就職活動(特に大卒の新卒のそれ)を経験しているので、こういったいわゆるエントリーシートを送る様な作業には、めんどくさいとは思うものの特に抵抗がなく、むしろ新卒での活動時と比べて志望動機や自己PRをそこまで練らなくても良いケースも多く、十数年前の活動と比べて幾分か気楽に応募していた。しかしながら、この気楽さを後ほど悔やむことになる。
筆者が転職エージェントと面談した際、彼らは口を揃えて「貴方の経歴を踏まえると、会社を選ばなければ転職先はいくらでもある(※9)」と言われていた(※9)。加えて、筆者は現職ではそれなりに専門性のある部署でキャリアを積んできていたし、海外赴任経験(※10)もあることから、ある程度は引く手数多というか、そこまで苦労せずに数社から内定がもらえ、何ならこちらが選ぶ立場になれるのでは、とほくそ笑んでいた。
今思えば当然であり恥ずかしいこと痛恨の極みだが、この見込みは甘かったと言わざるを得ない。エージェントから紹介され、企業の求めるものと自分のスキル・経験が一致していると想定されるのに、書類選考で落とされるのである。一般企業に勤める不惑間近の男性が、書類選考で不合格の烙印を押される機会は、転職活動でもしなければ早々ないと思われるが、あまり予想していなかっただけに辛かった。そもそもこっちは書類選考くらいは通るやろ、と根拠もない自信を持っているわけで、自己評価と見込みが甘すぎた点に関しては未だに反省している。
不合格となった理由はいろいろあるのだと思うが、そもそも開示されないのでわからない。ただ、エージェントを通じて可能な限り確認してもらったところによると、最も多かった理由は年齢である。転職活動時点で筆者は39歳。いわゆる働き盛りではあると思うが、社会人としては良くも悪くも物心が付いてしまった年代であり、企業側はもっと若い人材を探しているケースが大半だ。自分としては、精神年齢は18歳頃から全く成長していないと思っているのだが、そんな「体は社会人、頭脳は高校生」みたいなことを言っても頭がおかしいと思われるだけである。
加えて、これはエージェントの談だが、筆者の現職が重厚長大なメーカーであることが、場合によっては不利に働くケースもあるとのことである。筆者はゲームが好きなので、ゲーム関連企業も受けようとしたが、そういった企業は社風が現代的であることも多く、いわゆる伝統的日本企業のメンタリティをマイナスに捉えるケースもある。実際にその人の精神性がどのようなものなのかは話してみないとわからないと思うが、同時期に別の志望者がいて、どちらかを選ばないといけない場合、選別する要素の一つにはなる。
というわけで、筆者の転職活動は、エージェントから紹介された4社に応募したら、内3社が書類選考で不合格になるというロケットスタートから始まることになる。この結果には率直に言ってショックだったが、開幕早々に自分の見込み違い・戦略の甘さを認識出来たのは僥倖で、以降はもう少し自分の能力と求人内容、年齢と想定されるポジションが一致する企業に狙いを絞って応募することとしたところ、書類選考で落とされることはなくなり、面接の日程でスケジュールが埋まり始める。これには安堵した。自分の能力がきちんと評価されるフィールドがあるということが確認出来たからだ。
筆者の場合、面接は全てWeb(概ねMicrosoft TeamsかZoom)で完結した。企業によっては、最終面接のみ実地でやる可能性があるので、帰国することが出来るかという打診があったが、調整した結果、最終的には全てWeb面接でやりましょう、ということになった。こちらからは、「日程だけ調整して頂ければ帰国します」(※11)と伝えていたものの、おそらく交通費やこちらにかかる負担を考慮して頂いたものと思う。ただ、全てがWeb面接だったため、場所や時間の確保には多少の気を遣った。基本的には在宅勤務中に現職の仕事を中断して面接を受けるか(筆者は裁量労働)、タイの祝日(日本は平日)に面接日を設定するなどして対応していたが、牧瀬紅莉栖のフィギュア(※12)がカメラに映りこまないように画角を調整するなどの細かい対応も必要となった。ありのままの姿を伝えられなくて心が痛む。
かくして数度の面接を経て、無事に内定を頂き、24年9月から新たな職場で働くこととなった。面接自体は、特に奇をてらった内容はなく、新卒の就職活動を経験した人間であれば違和感なく対応できるものだと感じたが、その会社への志望動機というよりも、なぜ転職をしようと考えたが、即ち今の企業では何がダメなのか、という点に比重を置かれているのが特筆事項と言えば特筆事項である。個人的に、転職に至る経緯はいろいろあれど、どんなケースも要約すれば「今の会社に不満があるから」という結論しかないと思う。その前提に立つと、転職理由ではなく、企業が求める能力と志望者が持っている能力のマッチングだけに焦点を当てた方が採用活動としては効率的ではないかと感じるし、そうなっていないところが日本の就職活動や転職活動を儀式的な内容にしている要因の一つだと思うのだが、これは組織やコミュニティの一員としてやっていく為の社会性のテストなんだよね、きっと。この点に感想はあれど、特に強い意見はない。ただ、もう一度転職活動をしたいかと言われると、可能であれば御免こうむりたいというのが本心である。
というわけで、"ダイバージェンス1.0%の壁を超える活動"は無事に終わりを告げ、現職の皆様にも関係性の終わりを告げ、筆者は新たな世界線を迎えるまでの安息の日々を貪っている(執筆時点で現在進行形)。現職の仕事との両立も含めて、活動中は精神的に落ち込むことがなかったとは言えないのだが、結果的には活動をしてよかったと思っている。長くなっているので"天動編"に続く。
注記
※1:転職準備
結果として、24年8月は、赴任後の休暇と有給休暇の取得で丸々休みとなった。やる度に1か月休みが取れるのであれば、転職するのも悪くないかもしれない。
※2:帰国と同時に転職するのが最適と判断した
後から思えば、これは現職の企業に対する言い訳だったと言える。当然、筆者の帰任先は決まっており、それを考慮して人事を検討していたはずで、どんなにタイミングを考慮しても筆者の退職が何の影響も与えなかったとは言えないだろう。もちろん、このリスクも加味して人事を検討することが企業側に求められる気がするが、これも言い訳かもしれない。
※3:明確な反対
奥様「そんなんいかんでしょ」。
※4:頭の中のセフィロス
"起動編"を参照。
※5:"ダイバージェンス1.0%の壁を超える活動"
筆者は転職活動の事を"ダイバージェンス1.0%の壁を超える活動"と呼んでいた。これはたまたま転職活動を始めた時期に"STEINS;GATE"をプレイしていたからであるが、自分にとっての違う世界線を模索する行為だったからとも言える。
※6:ビ〇リーチ
活用したことがある方は分かると思うが、ビ〇リーチに転職希望者が情報を登録すると、エージェントからすぐにメッセージが飛んでくる(登録直後が特に多い)。しかし、このメッセージはほとんどが定型文である。おそらく、登録された職務経歴書のキーワードをピックアップし、適していると考えられる求人を刹那五月雨撃で送っているものと思われ、他の部分はほとんど読まれていない。実際に、筆者はタイに赴任中である旨をプロフィールに記載していたが、送られてきたメッセージの大半に「直接の面談が可能です」と書かれていた。読んでいない証左だと感じたが、もしかするとバンコク訪問も辞さないということだったのかもしれない。
※7:2社のエージェントを活用した
エージェントAは大手の転職エージェント、エージェントBは大手ではないが筆者の職種に特化した転職エージェント。名前を聞いたこともないものも含め、星の数ほどの転職エージェントがこの世には存在する。
※8:転職に成功している
「転職に成功する」という言葉の定義は難しい。その転職が成功だったかどうかわかるのは、転職先の企業で働いてからであり、もちろん状況が悪化するケースもある。ただ、現職の人間から繰り出される「転職したって状況変わらないかもよ?」という無責任な意見に付き合う必要はないということは確かである。転職して失敗したと感じることが出来るのは、転職しようという勇気を持った者だけだ。
※9:転職先はいくらでもある
今思えば、単なるセールストークであるが、転職ハイになっていた筆者はそんなことにも気付かない。
※10:海外赴任経験
海外赴任経験が応募の必須項目となっていることは少ないが、英語力が求められるケースは多く、そこから転じて海外赴任経験がカードの一つになっている。ただ、海外赴任経験があるということは、それなりに社歴を重ねているということでもあるので、年齢面では反比例してマイナスになっていくように感じる。
※11:日程だけ調整して頂ければ帰国します
この為に筆者は航空会社のマイルを貯めていた。
※12:牧瀬紅莉栖のフィギュア
牧瀬紅莉栖は"STEINS;GATE"の登場人物でヒロイン(諸説あり)。かのゲームではお馴染みの白衣を着て、鳳凰院凶真のお馴染みのポーズをしているフィギュア。