イギリス式(ロンドン)Innovationデザイン,Innovationを起こす為の仕組み

日本のメディア、デザイン業界そしてビジネス業界を見渡して目にすることがより増えた印象を受ける"Innovation"という言葉。2000年代から本格化したデジタル社会の中でGoogle、Apple、AirBnB、Netflixのような会社が新たなサービスを生み出している中で日本発サービスの世界における存在感はないに等しい。上記はアメリカ初なのでアメリカ一強と感じてしまうが、エストニア発のSkype、TransferWise、スウェーデン発のSpotify等、むしろ今まで存在を知られていないエリアから新しいサービスが生むことが出来る時代に突入している。そして次には第4次産業革命が迫っており、Innovationへの渇望があらゆる社会で望まれている。

私が現在勉強している英国ロイヤルカレッジオブアート(RCA)はイギリスおよびヨーロッパにおけるデザイン業界を牽引する学校であり、昨今重要視されている"Design Thinking"や"Innovation"の定義含め、アカデミックの立場から長らく育ててきた教育機関である。今回のブログではRCAがどのように"Innovation"に対して向き合い、そしてどのように"Innnovationを生み出す為の環境を"Design"しているか2019年のRCA学生の立場からまとめておきたい。

多様性がイノベーションを生み出す

RCAが"Innovation"を生み出すための方法論の一つとして"多様性"が挙げられる。これは学校の方針として"Innovation"を起こすにあたり多様性(Diversity)が一つの最適解であるという事を示している。例えば生徒の国籍一つとってみても60カ国以上の生徒がいる。これだけ切り取るとイギリスは多民族国家だからと解釈してしまいそうになるが、本質はアート&デザイン学校でありながら国籍のみならず多様なバックグランドの生徒を受け入れている点である。私が専攻しているServiceDesign一つとってみても、グラフィック/インダストリアル/プロダクトデザイン、エンジニアリング、建築、ビジネス/マーケティング、社会学/心理学、起業家等本当に多種多様である。(物理学出身までいる。) そしてこれは意図的に設計されているものであり、それぞれが全く違うバックグランドの生徒を混ぜることにより一つの領域だけを掘り下げた知識では思いつきにくい"Innovative"なアイデアを生み出そうとしている結果である。

さらに一つの学科内での多様性に止まらず、学内プロジェクトにおいてもDiversityを積極的に推進しInnovationを起こす試みが多数ある。例えば私が学んでいるServiceDesignだと出発点が"ユーザー中心"から始まるケースが多く、発想もどのように人が心地よくサービスを使えるかに集中する傾向がある。一方でテキスタイルやプロダクトデザインの生徒とプロジェクトを行うと、素材の可能性からどのようにユーザーに応用するかというアプローチを行うケースもあり、違う視点からとても新鮮なアイディアを受け取ることが出来る。これもServiceDesignとTextile/ProductDesign等の放っておくと交わることが少ない別学科や別のバックグランドを持つデザイナーのアイディアを、意図的に混ぜる仕組みを学校全体としてDesign/Curationしている。

一方で気をつけたい点は、ここでいう多様性/Diversityは同時にお互いが非常に高いレベル、もしくは同じ目線で物事を多角的に捉える能力を備えていることが前提条件とされる。多様性/Diversityという言葉の解釈を広く取り過ぎてしまうと、あらゆるレベルの人間と一緒にやるのが多様性という方向になってしまう可能性があるので注意が必要である。例えば、大リーガーはそれぞれが最高のパフォーマンスを持ち寄り、一つのゴールに向かうから最高のチームになるのであり、そこに野球が上手いレベルの中学生が入ってもお互いに結果を出せずに終わってしまう。この点もRCAでは個々の得意分野を高い次元で持ち寄り、混ぜることを一つの目標にしている。結果として生徒の平均年齢も28歳と日本の大学に比べ高く、半数以上が様々なキャリアバックグランドを持つ社会人経験者となっている(Service Design学科が特に顕著な印象がある)。

入学した時から今に至るまでDiversityへのRCAのアプローチを日々感じることがとても多く、同時にそれがRCAおよびイギリスデザイン業界が現時点で出した最適解の一つだということを認識する日々でもある。

どのような社会にしたいかデザインするということ

日本にいるとInnovation=企業サービスを作り出す解釈がされることが多い印象を受けるが、RCAが定義するInnovationには企業サービスのみならず、どのような社会/文化をデザイナーとして"Design"するかを強く意識している。これはRCAの成り立ちとも無関係ではないと感じている。RCAは元々Government of Designという政府主導で作られた組織であり、産業革命後のイギリスにおいてデザイナーがより社会との関係性を強めてきた中心にある組織でもある。そのような成り立ちからか、生徒としてそしてデザイナーとしてどのような社会をdesignするか、そしてどのような未来をDesignしたいかをとても強く意識させられる。日本でのイノベーションという言葉に少し違和感を感じてしまうのはこの温度差である。個人的解釈になるが、日本語の"イノベーション"には上記で書いたような思想が入っておらず、ただ新しい企業サービスを生み出して企業収益を最大化したい程度に留まっている印象を受ける。

RCAのプロジェクトは実際のクライアントと協働することが多く(Service Design学科では100%クライアントワーク)、企業の新たなサービスをデザインする機会もある。しかし、ここにも必ず新しいサービスを世に出すことにより、何が社会にとってプラスになるのか(Value Creation)、そしてそのような新しい価値を社会に提供することで自ずと収益にも繋がるという発想が求められる。特にヨーロッパおよびイギリスの成熟した社会ではモノ消費からコト消費まで一巡しており、次に企業や行政に求められるのは世界規模でのサステナブルな消費である。このように社会が変革していく中で、デザイナーに求められる資質として未来をデザインする力が必要になっていく。それこそRCAが定義する"Innovation"にも含まれることである。

さらに未来をDesignする際、デザイナーに求められる必須条件として、人間力がある。少し曖昧にはなってしまうが、社会は私たちの望んだ形で形作られる。デザイナーがどのような思想を持ち、どのような社会にしたいかで結果は大きく変わるものだとRCAでは教育を受ける。RCAの中に学生としていることで、自分がデザイナーとして何をするべきか、自分が学んだスキルが社会にどう還元することが出来るかを強く意識させてくれる(空気に近い)。イギリスでは政府内にデザインチームが配属されていたり、デザイナーに対する社会的地位も社会問題に対する関わり方も日本に比べるとかなり高い。そのような背景からデザイナーの定義が時代に合わせてアップデートされてきており、デザイナーがどのような未来を描いていくかが重要になり、同時に高い次元での思想(人間力)を持つことが求められる。

このような背景からイギリス/RCAではInnovation Designを企業の新しいサービスを生み出すためだけに留めず、どのような未来のより良い社会をDesignするためのInnovationの起こし方を日々挑戦している。そして同時にその姿勢がデザイナーという職業そのものを再定義し、Innovationを起こすための必要人材として認識され、より多くの企業や行政がRCAに新しい未来をDesign(Visualization)することを求めてくる。

イノベーションはデザイン思考メソッドからは生まれない

Design Thinkingという方法はデザイナーに限らず、ビジネスに関わる人の間でも大分定着してきたInnovationを起こすための方法論である。Design Thinkingは2000年代後半にデザインコンサルタントファームであるIDEOが提唱し産業界に定着してきた方法論であり、私のRCAの授業でも根底にあるアプローチは同じ形を採用している。(デザインプロセスをDiscover/発見 | Define/問題提起 | Design/デザイン/プロトタイプ | Deliver/導入と4つに分類し、チーム制で課題の発見から実施までを行う方法論)。

ここで問題提起も兼ねて書きたい点がDesign Thinkingはあくまで方法論であるということである。昨今デザイン業界界隈で見かける数日間〜1週間程度のDesign Thinkingのワークショップが開かれている。実際に日本でもRCAと電通がワークショップを実施したりと、RCA自体もそれ自体の価値を広めるべく活動している。(いくら金額を提示しているかは謎。。) Design Thiking自体はとても導入しやすい方法だと認識しており、デザインプロセスをシステム化した点で評価している。私がDesign Thinkingのみで盲信していない点は2点: 出てくる結果は個々の持つ能力やアイディア、そして高い次元でのDiversity(多様性)に依存するという点であり、それを生み出すためには"正しい形"での質の高いリサーチ、プロトタイプ作りを行う点である。上記でも述べたように最高のパフォーマンスを持つデザイナー達がDesign Thinkingアプローチを使うことで初めて理論的にも整った結果が出る。(それでも出ないことの方が多い印象も受ける)。

繰り返しになるが、Design Thinking自体はとても優れた方法論であり、より多くのデザイナーや産業界の人が習得するべきスキルの一つである。しかし同時にInnovationは一人一人が考える"どのような社会にしたいか"によって生まれるものだと認識している。課題設定は企業や行政、NPO等により変わるが、根底には社会の為になるという考えに真摯に向き合い、リサーチやプロトタイプに膨大な時間と労力(正しい方法で正しく深掘りすること)をかけた上で初めてInnovationは生まれる。そしてそれが世に出ても初期には目に見える結果は生まれない可能性が高いが、そこからもデザイナーが信念を曲げず改善を続けることで初めてInnovativeなサービス/プロダクトが生まれる。

未来のイノベーションはArts/Design+Science/Engineeringから生まれる

今年2019年にGeneration RCAというプロジェクトを始め、政府や民間団体からの支援を受けつつ次なるInnovationの芽に投資を進めている。ゴールはArt Meets Science / アートとサイエンスの融合であり、具体的にはロボティクスを中心としたエンジニアリングに大きく投資を行うと宣言している。MITがテクノロジー側からArt&Designとの融合を目指しているのは対照的にRCAはArt&Design側からテクノロジーとの融合をする姿勢を明確に打ち出した。こちらもDiversityの延長であり、デザイナーに求められる資質も第4時産業革命に併せ、テクノロジーを理解しScientistやEnginneerと近い場所での協働が出来る人材を育てるというのがイギリスデザイン業界の未来を示唆している。

例えばRCA学内プロジェクトの一環としてCERN/欧州原子核研究機構との大規模なプロジェクトを実施したのもRCA及びEUとしてのInnovationに対する試みの一つである。CERNで働いている研究者やリサーチャーと共にユニットを組み(5人程度)、CERNが持つTechonologiesやパートナーが持つKnowledgesを活用し、今世界が抱えている問題に対しService/ObjectをDesignするというプロジェクトである。このプロジェクトでCERNの研究者達が言及した点が非常に興味深く要点を私が意訳してみたのが下記である。

"CERNはとても素晴らしい技術を抱えているが、多くが世に出ることがない技術たちでもある。そして同時に私たちは研究者であり、世のニーズに併せてDesignをする能力を鍛えていないし、CERNもそのようなDesignが出来るといは言い難いし、まだまだDesignは定着しているとは言い難い。RCAの提唱するDesign Approarchに対してとても期待しているし、デザイナーが持つ世の中にまだない価値をDesignする能力とCERNが持つTechnologiesによって新しいInnovationが起こるきっかけになると信じている。"

技術者、研究者側だけでも生み出せない、またデザイナーやアーティストだけでも生み出せないのが今の時代、更に未来におけるInnovationの定義になってきている。そしてこの取り組みもまた非常に高い次元でのDiversityを達成しようとしている過程であり、これからも改善の余地が多くある分野でもある。そして同時にこの取り組みがアカデミックのみならず社会、デザイン分野で定着してきた時には"デザイナー"がDesignする定義は今よりずっと進化してくる。

最後に

今回はRCAという組織の中でのInnovationの生み出す方法について、学生の立場から要約してみたが、私自身としては現在の社会情勢や不安定な社会でのデザイナーの在り方を示唆していると考えている。そして同時にデザイナーがより未来のInnovationをDesignする事が出来る人材になれる事、人材は環境によって生み出すことが出来ることをRCAは実践している。日本を例にとってみても大変素晴らしいTechnologiesや人材が揃っているが、様々な要因によりInnovation(ビジネスのみならず文化や社会問題等)に対してパフォーマンスを発揮仕切れていないと感じる。RCAの取り組みが全てではないが、現時点のデザイン業界における一つの方向を出している点では参考になるので、それを咀嚼した上で組織デザインやポリシーデザインを行うと違う面白いIDEAが出てくると個人的には感じている。

Innovationに対する定義も広く定まっておらずここに書いたのは一例にすぎないが、これを読んでいただいた方達から実際の事例やフィードバックもあれば嬉しい限りである。

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