元充電中の勇者 岩宮樹己君①
今回、流しのがっこうで新しい企画をスタートさせました。
充電中(不登校)という貴重な経験をした子たちに取材をすることを通して
苦しみや辛さから解放できないか?
また、今現在充電中苦しんでいる子やその親御さんに記事を読んでもらうことで勇気や希望を与えられるのではないかと思いました。
そして、僕自身もまだ充電中の傷が完全には癒えていないので、取材を通じて自分の心に向き合う機会が持てればと思います。
自分の経験や充電中を経験した勇者たちのエピソードが一人でも多くの方々の今後の人生の道標となることを願って。
第一弾は岩宮樹己(たつき)君。
現在はホリエモンのゼロ高等学院に通う高校3年生。
父と母、中学3年生の弟がいる。
初めて会ったときに彼の「石橋を叩いて渡る」慎重さと人前で活躍したいという好奇心とチャレンジ精神といった相反する性格をバランス良く持っていることに興味を持った。それと同時に充電中の経験をもしかしたら悲観的に考えているかもしれないなと感じた。その辺りを本人に直接聞いてみた。
第一章 家族でインドへ移住
中学1年生のときに父の仕事の関係で家族揃ってインドへ移住。
樹己君の少年野球の退団を待つため、父とは1年遅れの渡印だった。
1クラス10人程度の現地の日本人学校へ通うことになる。
生徒同士とても仲良く、上下関係もほとんどなかった。家族ぐるみの付き合いで公私ともに生活を共にするような関係が樹己君にとってはとても落ち着く場所で幸せな日々を過ごしていた。日本を離れたことで日本の文化に興味を抱くようになるが、そんなとき、三味線を弾く日本人の方と運命的な出会いを果たす。樹己君は「三味線を習いたい」とお母さんに懇願し、習い始める。「三味線を習いたい息子のために裏で色々動いていたの」(母親談)
知識もないところから始めて上達していく過程がとにかく好きと満面の笑みで語る樹己君の姿が印象的だった。
第二章 日本へ帰国 1度目の充電
中学3年生で樹己君と母と弟は日本へ帰国。高校受験の準備をするためにこのタイミングで帰国することは予め家族で決めていたようだ。
4小1中の生徒が集まる地元の公立中学校。1クラス40名の7クラス。インドの日本人学校とは大きく異なる環境。樹己君はいきなり3つの壁にぶつかる。
1つが「友人との人間関係」もう1つが「野球部の部活動」そして「受験勉強」だ。
小学校から中学校へと移行していった友人の中で「空白の2年間」を持った樹己君の心の中は穏やかではなかった。成長し、話す内容も前とは違っていることに戸惑いや不安が隠せなかった。知らない子が学校内に増えていたことでそれらに拍車がかかった。
小さいときから大好きだった野球。小学校では少年野球チームに入り、一生懸命取り組んでいた。しかし、成長期における2年のブランクは想像以上に大きく、練習に体力的に付いていけない自分がいることを知り、自信を喪失することとなった。
高校受験に向けて某進学塾に通い始めるが、思うように成績が上がらず、受験への不安だけが日増しに募っていった。
学校にも部活動にも塾にも自分の居場所がない。そんな思いに押し潰されそうになったとき、またもや試練が。
②へ続く