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意志ではどうにもならないこと


お別れしませんか。
スマホ越しの声。

僕の中にあの子への気持ちが残っていること。どこへ行っても、そのことがよぎってしまうこと。
それが苦しいのだと。


否定できなかった。認めてしまった。

忘れられていない事実に嘘をつけなかった。

好きだ。ちゃんと、好きだ。
僕を想ってくれていること。
喜ばせたいということ。
居酒屋で一緒にタバコを吸っている時間が好きだということ。
仕事終わりに一緒にアニメを観る時間が好きだということ。
一緒に食べるご飯が美味しいということ。
会いたいという想いがあること。
おはよう、ってしたいということ。

これは、ちゃんと好きだと言えるのだと思う。


忘れられていない事実と、
忘れられない事実と、
一緒にいたいという事実と、
ちゃんと好きだという事実。

もし、「戻りたい」と言われたら
僕は迷ってしまう。
「はい、戻りましょう」と言いたい気持ちと
彼女との時間を失くしたくない気持ちが
どうしようもなく絡み合っていて、自分の気持ちが落ち着かない。

僕の言葉の節々にあの子の影があって、それを彼女は感じている。
その苦しさを蔑ろにしていいのなら、一緒にいたいという気持ちが本音だ。
それはあまりに身勝手で、でも追いつかない。


"一緒にいたい"という意志はあれど、
"忘れる"というのは意志ではどうにもならない。
まっすぐに見てあげられない現実で、僕は何を選択したらいいのか分からない。

どうにもならない未練を追い続けるよりも、今の僕を見てくれる人を大切にするべきだということは理解している。
理解はしているけれど、思い出されてしまったときに僕の心は揺らぐ。まだ、揺らぐ。

別れてから短くはない月日が経った。
それでも胸は締め付けられるし、消すべきものを消すことができずにいる。
毎年綴ってくれた手紙から、誕生日に買ってくれたウイスキーのカラ瓶まで。

その反面、彼女と居る時間が好きで、交わす会話が好きで、流れる空気が好きだ。


頭ではわかっていながら、その奥にあるものが誰をも幸せにしていない。

それなら、彼女の言う通り、このまま会わないという選択が最善だ。
その最善に届くなら、どんなに楽だろうか。

別れるということは、声を聞くことができないということ。存在を感じられないということ。仕事を頑張る理由を失うということ。感情をひとつ捨てるということ。行動をひとつ減らすということ。

電話を切ってすぐに家へ向かった。
このまま会えなくなるのは嫌だった。
数えきれない感情を巡らせながら、車を走らせた。
これは、ちゃんと好きだから故の行動ではないだろうか。
分からない。いや、好きという気持ちがあることは分かる。ただ、捨てきれない気持ちも確かにある。

文字に起こしてみても、心の整理はままならない。


ここに正解があるのだろうか。
今、決断することで何かが変わるだろうか。
いつかの"その時"を待つことに、どれだけの時間と苦しみと疲労が伴うのだろうか。


僕は何をどう決意したらいい。



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