ほのぼの童話(3) 「エリーゼのために」
(絵/ 関戸 千香)
「はいっ。二時間目の工作では、おうちの方と一緒に竹とんぼを作りましょう!」
先生の言葉に、恵里は思わず両手で耳をふさぎ、机に突っ伏してしまいました。
それを見て、先生はあわてて恵里の席まで駆け寄ってきて、言いました。
「恵里ちゃんは、先生と作ろっ」
今日は父毋の参観日です。でも、恵里のママだけが、どうした訳か、教室に姿を見せていません。
「最初は、この竹から削るのよ」
先生に言われて、恵里はしぶしぶナイフを手に取りました。
恵里のまわりでは、皆大きな声をあげて、勢い良く竹を削っています。
でも恵里は、手に持ったナイフがだんだんと涙でぼやけてくるのを感じていました。
「ママ、どうして学校来てくれなかったのっ」
その夜、恵里はママに激しく言いました。
「ごめんね、恵里。ママ、今日どうしても行かなきゃならない契約のお仕事があったの」
「だって、だって・・・・家から誰も来てくれなかったの、恵里だけだったんだもん。
恵里、先生と竹とんぼ作らされたんだもんっ」
そう言ってママの顔を見た恵里は、ハッとしました。ママの目から大粒の涙がこぼれているではありませんか。
「パパが亡くなってから、ママが外回りのお仕事で大変なのは、恵里もわかってくれてると思ってたのに・・・」
そういうとママは顔を両手で覆ってしまいました。
恵里は何かとても悪いことをしてしまった気がして、ぬいぐるみをしっかりと抱きしめると、ふとんの中にもぐり込みました。
次の日、家に帰るとママはおらず、テーブルの上にはいつものように夕食の支度がして
ありました。
( 今日は恵里の誕生日なのに・・・)
その時です。恵里はテーブルの端に、ママの手紙とリボンをかけたオルゴールが置かれているのに気付きました。
( 恵里、きのうはごめんね。ママがなかなか一緒にいてあげられないので、本当に悪いと思っています。今日は恵里の誕生日なので、何とか早く帰れるようにします。そうしたら、二人でケーキを食べましょう ママより )
「ママ・・・・」
恵里は手紙を読み終えると、そおっとオルゴールのふたを開けました。
箱の中から澄みきった調べが、部屋中に溢れ出てきました。
「『エリーゼのために』だわ!」
恵里は、玉のような調べを聴きながら、いつかのママの言葉を思い出しました。
( この曲はね、亡くなったパパが大好きだったの。だから、生まれてきた女の子にも
『恵里』って名付けたのよ ) と言っていたことを・・。
「ママ・・・・ママ、ありがとうっ」
恵里はオルゴールを、小さな両手でしっかりと抱きしめました。
( 2000. 7. 30 中日新聞「みんなの童話」入選・掲載) 中日新聞社のご了解をいただき、新聞掲載時のイラストを転載させていただきました。
関戸千香様、素晴しいイラストをありがとうございました。
(作者ひとこと)
中日新聞サンデー版「みんなの童話」入選3作目です。前回の「乙女の祈り」よりは、ストーリーの展開等でやや出来が良かったのでは・・・と自分で勝手に思っています。
今回の作品は父毋の参観日に親子で竹とんぼ作りをするところから始まりますが、これは私の実体験です。
( ナイフで派手に手を切ってしまったので、よく憶えているのです・・・)
この時は親が来ていない子はなかったと記憶していますが、他の参観日には結構親が来ない子が多く、そんな時子供は何とも言えぬ寂しい思いをするんじゃないかな・・・・とふと思ったのが、この作品を書くキッカケとなりました。
またこれまでの作品では、曲名をタイトルにした作品の主人公は「ピアノを練習している女の子」という設定ばかりだったのですが、今回はこのパターンを変えたいという願いがあり、作品のクライマックスにオルゴールからタイトル曲が流れる、という展開にしてみました。
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