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道恋8 榛名山道路

群馬県道33号は、「頭文字D」ファンにはおなじみの榛名山道路である。主人公・藤原拓海が、早朝の豆腐配達にいそしんでいた道として、巷間、あまりに有名である。あまりに有名になりすぎたことで、「頭文字D」に触発された走り屋たちが大挙して押し寄せ、走り屋対策のもっとも行き届いた容赦のない道へと変貌したことでもまた有名である。キャッツアイと波状路面が、ドリフト走行や、トップスピードでのコーナー侵入を妨げるように配置され、走り屋のみならず一般車輌もうっかりしていると、危険な思いをするくらいの仕上がりである。この道には、たまに「頭文字D」仕様のハチロクが走行していることもあり、私は強運にも試走1発目でそれに遭遇することが出来た。榛名山道路のダウンヒルにて、ドアパネルに藤原とうふ店の文字が書き込まれたパンダトレノのハチロクとすれ違ったその瞬間は、なかなかの感動があるもので、僭越ながら、ドアミラー越しにハチロクを見送る高橋啓介気分を味わわせてもらったものである。道の途中に用意されている高根展望台から眺望は素晴らしく、日中には赤城山の裾野の広がりや、夜には前橋市方面の夜景の広がりが味わえるので、マイペースの走りを守りたいときには、ここでの時間潰しが重宝する。

榛名 高根

榛名山道路の名物・お勧めは?と問われれば、逆にもう、えげつないくらいにうねりにうねった波状路面であると言い切ってしまおう。だいぶスピードを緩めて走行しないと、危険回避もさることながら、本当に、コーナーを抜けるころには、荒れ狂う海の船酔いぐらいに気持ち悪くなってしまうので、厄介きわまりない道である。はじめて試走したときには、事前に調べて理解した上で試走しているにも関わらず、うっかり忘れて普通の速度で侵入してしまったものだから、車体が浮いて飛ばされるような感覚になったものだ。結構、コーナーの入り口ぎりぎりのところまで、波打たせてある印象で、横Gがかかったまま跳ね上がると、遠心力でそのままアウト側へ吹っ飛んでしまうのではないかと、本当にヒヤヒヤするのである。そんなわけであるから、「頭文字D」で有名な、四連ヘアピン(作中では五連となっている)の区間は、猫足立ちのようなお嬢様走行をすることになる。法定速度を守っていても、とてもじゃないが気持ちよく走れるヘアピン区間ではないので、本気の走りをしたい人にはこの榛名山道路は向いていない。私のような、なんちゃって峠好きくらいが面白半分に走るのには、ぎりぎり適しているのかもしれない。峠を走っている気分だけを愉しむ、なんちゃって峠好きなら、飲み会の話のネタにでも走ってみるのもいいであろうと思う。波状道路をさえ乗り切ってしまえば、あとは思いのほか直線的な道でもあり、その勾配の高低差とあいまって、知らずスピードに乗ってしまうコースでもある。ヘアピンコーナーも、長めの直線を下って行った先に現れることが多く、おおらかなヘアピンとでも言おうか、ステアリング操作は、言うほどせわしなくはならない。スピードが乗ってきたころに、突然ヘアピンコーナーが現れる傾向にあるため、うっかりすると前走車との車間距離がやばいくらいに詰まってしまう。スピードマネージメントが不可欠なコースであり、長めの下り直線のその先の方で急に曲げられる感覚は、自分自身にチキンレース勝負を挑みたい人にこそ相応しかろう。

榛名 渋川マンホール

榛名 渋川市

伊香保温泉で有名な、登り口の渋川市伊香保から、榛名湖に至るまでの区間が、いわゆる秋名スピードスターズのホームコースである。渋川市は、走り屋文化での町興しを謳っていて、「頭文字D」仕様のマンホールを見かけることも出来る。33号を下って来れば、そのまま渋川市内は、直滑降のような直線道路が続くので、走り屋文化を謳っている街とは言っても、市街地でのスピード超過には要注意。道をつづらに折って勾配を稼ぐやさしさは余りなく、勾配をまっすぐに下る道が延々と続くので、走り屋文化に触発されていないであろう一般の群馬県ナンバー車も、なかなかのスピードで走っている。さすがは、本場と言ったところだろうか。この街にして、「頭文字D」ありという気分である。伊香保から33号を折れ、群馬県道15号に入れば、そこは水澤街道と呼ばれている道となる。もともとは、水澤寺・水澤観音への参拝に使われたという観光ルートであるが、その勾配のつき具合と、水澤観音付近のヘアピン気味のコーナーが、意外にも愉しめたりする。ルート上にある渋川市総合公園付近の展望台からは、対面する赤城山の雄大な景観を満喫できるし、うどんの名産地でもあるので、食通の方の話のタネにもよいであろう。水澤うどんと言えば、香川の讃岐うどん・秋田の稲庭うどんと並んで、日本三大うどんとして取り上げられることもあるうどんである。さらにその先には、「おもちゃと人形・自動車博物館」という少し変わった博物館があって、藤原とうふ店の外観が再現されているので、イニDファンなら県道15号を下ってみるのもありかもしれない。

榛名 榛名神社

榛名山道路 男根

榛名湖から西側の区間は「頭文字D」の舞台からは外れているものの、男根岩のあたりのコーナーなどは、なかなか雰囲気のあるヘアピン区間となっている。更にもう少し下ったところには榛名神社が鎮座していて、周辺は、その昔、榛名講の宿坊立ち並ぶ御師の町であったという。御師の町ならではと言うか、御師の町独特の匂いのようなものが立ち込め、水の匂いなのか、苔の匂いなのか、同じく富士講の宿坊立ち並ぶ御師の町である山梨県の富士吉田と似た独特の匂いが漂っている。本殿とその背後の御姿岩の存在感は圧倒的で、群馬県の外にはあまり知られていないのが、どうにも不思議に思えてしょうがない。双龍門と鉾岩の壮観、瓶子(みすず)の滝の美観、参道に張り出している巨石の圧巻など、別項を設けて紹介したい見どころ満載のスポットである。県道33号をそのまま西へ抜けて下りて行けば高崎市倉渕へと突き当たり、そこから北へ向かうなら、小栗上野介の墓のある権田村の寺院・東善寺にまでたどり着く。倉渕を過ぎてさらに西へ向かえば、33号は安中市の松井田城址付近へとたどり着くだろう。倉渕から松井田へと抜ける県道33号の西側ルートもなかなかの峠道となっているので、玄人好みの道をお探しの向きはこちらのルートもよろしかろうと思う。

榛名 逆さ榛名

このルートの見どころのひとつに、アニメ「頭文字D」にも描かれている、榛名湖(作中では秋名湖)の存在がある。榛名湖畔に立てば、その甘美なる静けさに時を忘れる。大正ロマンの画家・竹久夢二が、晩年、榛名湖畔にアトリエを持つことを夢見、ついに実現しなかったという幻のアトリエの逸話もあり、榛名湖のその静けさもどこか切ない寂寥感を秘めているように感じられる。「頭文字D」では、登場人物の会話する向こう側の背景に、いい感じで描かれてたりしていたことから、夜の榛名湖畔に立つことはちょっとした憧れでもあった。現在は、静けさをたたえ込んだ榛名湖ではあるものの、古墳時代には榛名湖一帯は、猛々しい活火山であったというから驚きである。6世紀ごろの榛名山噴火の火砕流が、毛野王国などと称される古墳王国だった群馬県の各所を襲い、有名な八幡塚前方後円墳などを含む保渡田古墳群もまた、衰退に追い込まれたという。榛名湖は、50万年前の榛名山噴火のカルデラ火口湖であり、その湖の淵に立つ榛名富士は、カルデラ外輪山のひとつである。榛名湖のおもてに映り込む榛名富士のシルエットは秀麗で、山容と湖面の逆さ榛名の様子は、女神の閉じられた口唇のようにも見てとれ、ふと山中、孤独であることを思い出すのである。日中、クルマのエンジン音を聞き続けて、夕刻、この湖のほとりに辿り着き、クルマの外に下り立てば、久しぶりに訪れたその静けさにしばし時を忘れる。その静けさの奥行きを味わうように、榛名湖のさざ波の音を聴いてしばらくすごす。湖面の水の動きも穏やかで、このひとときを邪魔するものもなく、静けさの奥に時折、遠くからのエンジン音が響いてくるけれども、やがて再び遠くの方へと消えてゆく。ハザードランプの光だけが、かすかな音を伴って明滅している。路上に停めてあるクルマの灯火類の明滅をじっと見ていると、なにやら心が癒される気分がしてくる。夜の道路脇に停められて、ハザードランプをチカチカさせているクルマの姿は、どこか色気があるというか、なかなかのムードを持っているように見える。他人がわかってくれるかどうかは微妙だが、夜の自販機の脇、路上に停めたクルマの、ハザードが点滅しているそのすぐ横で、缶コーヒーをすすっている俺、みたいな、厄介な陶酔ポイントが自分にはあったりするのである。どうやら、エンディングテーマ「Nobody-reason~ノアの方舟」の映像を見すぎた影響なのかもしれない・・・。


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