②午後四時半の君
4号線から県道に入るとだんだん山道になってきた。山あいの葛巻町中心街を抜けて白樺林を走り、平庭高原の駐車場に車を停める。平日とはいえ相変わらずひと気がない。6年前に祖父の初盆で来た時と同じように、白樺林の散歩道をぶらつく。時刻は15時半くらい、木漏れ日の陰り具合からして、ほんのり西日になり始めている気がする。木は細身で背の高い白樺やブナ、草は足首程度のが地面を覆うように生えていて、整備されているのだろうけどやっぱり、西日本の山道みたいに鬱蒼と茂ることはない。白樺自体は県道沿いの方がたくさん生えていたけど、北日本らしいこざっぱりとした森は歩いてこそ気持ちがいい。私と妹はそれぞれカメラを構えながら歩き、ほどよく木漏れ日のさすポイントを探ってはシャッターを切る。時おり母の見つけたキノコを一緒に見たり、周りの植物や昆虫について父が話すのを聞いたりする。前回はこの林を歩くだけで終わったけれど、今回はさらに先を行ってみることにした。ゆるやかに上っていく道を10分ほど歩くと、だんだん差し込む光の量が増えてきて、ふいに目の前が開けた。先を行く父と妹の背中が陽の光を受けてシルエットになった時、土まみれのガラスを洗うようににわかに心が澄み渡ったような気がした。自然を相手に前ぶれもなく心が震える瞬間は、相手が大きすぎて言葉も涙も出てこない。理由を言語にする必要もない。ただその一瞬胸を満たした光のことを出来るだけ長く覚えていたくて、帰ってきた今も何度も思い返している。
ところどころススキが群れる荒涼とした野原に出た。草のそよぐ音と秋の虫の声だけが聞こえる。遠くにぽつりと木箱のようなものが見えたので行ってみると、目の前の山=平庭岳の登山者記帳簿が置かれていた。他に何もないけど一応登山口らしい。やや強い風に吹かれながら、地平に青く連なる北上山地、揺れるススキやアザミの花を眺めていると、数百キロ先に置いてきた日々のことなんて簡単に頭から吹き飛ばせるような気がした。そうやってぼうっとしたり名前の分からない花の写真を撮ったりしているうちに、大きな綿雲で太陽が隠れてしまった。にわかに寒くなったので惜しみつつも退散。高原に着く少し前にHYUKOHのアルバムは終わっていて、続いてシャムキャッツをかけていたところだった。車を出したあとまた日が射してきて、流れ出した「Four O’clock Flower」が西日の山村と妙にしっくりはまっていた。もしやとカーナビの時計を見ると、きっかり16時になったところだったので少し驚いた。