週末

　私はまだまだひよっこなので毎週金曜日は研修の先生がついていてくれる。一日じゅう授業参観があるので、ありがたいけれども緊張する。でも、今週もたくさん褒めていただけてほっとした。そして、先生からもみじ饅頭をいただいた。もみじの形をしたお饅頭なんてそもそも可愛くて嬉しいし、私にとってもみじ饅頭と言えば中村航の『絶対、最強の恋のうた』である。作中で、男の子が女の子にもみじ饅頭を渡してから映画に誘うというシーンがあり、女の子は「もみじ饅頭をくれるような人の誘いを、断れるわけがなかった」と語る。その場面をにこにこと思い出しつつ、今週も乗り越えたなぁ、とぱくぱく食べた。おいしかった。好きな子にもみじ饅頭、渡してみたいな。もしも私がかわいい男子大学生になったらもみじ饅頭を配りまくりたい。
　ずっと前から「二人で飲みに行きましょう」と言いあっていた同期がいる。いまだに行けていなかったので、いよいよ行ってきた。仕事の話も恋愛の話もして、心がずいぶん満たされた。最寄り駅で飲むのも初めてだった。焼き鳥がおいしい。あまいファジーネーブルを一杯しか飲まなかったのに、ひどく酔ってしまった。楽しかった。
　土曜日。仕事に行かなきゃ、と思っていたし、準備も整えた。でも、やっぱり行かなくてもどうにかなるな、月曜日から頑張ろう、と、思い切って直前で行かないことにした。冷静に考えれば今日は素敵に愉快なハッピーホリデーなのである。本当にいいのかな、とちょっとどきどきしたけれど、いいに決まっている。早速ペペロンチーノを作って食べた。つやつやとした、我ながら素晴らしいパスタだった。
　最近、いや、しばらく前から、自転車の前輪がガタンガタンといかにもポンコツな音を立てていた。空気を入れてもすぐに抜けてしまうのだ。それも愛嬌があって可愛いけれど、さすがにそろそろなおしてやらねばならぬ。中学生ぶりに地元の自転車屋さんに行く。一時間でなおるとのことで、自転車を預けてのんびり歩いて帰った。陽射しがぽかぽかしている。出身小学校の前を通った。なにも変わっていなくて怖いくらいである。家についてソファーで本を読んでいたらいつの間にか眠っていた。黄金のまどろみ、ゴールデンスランバー。すぐに家を出て、生まれ変わった自転車を楽しみにずんずん歩いた。自転車屋さんに着くなり、店員のおじさんからチューブがかなりぼろぼろになっているのを見せてもらった。「ありゃあ、これはきちんと走れないですよね～」「そうですねえ」。交換するのにもう少し時間がかかるとのことで、座って待った。そういえば、中学生の頃の私は、ださい赤色のジャージ姿でここに座り、江國香織の『神様のボート』を読んでいた。ふとはっきりと思い出した。今思えば結構ませている。話の内容を理解できていたのだろうか。今日の私は座ってぼんやりとおじさんの手もとを見つめていた。おじさんは私が中学生の頃と変わらないように見える。そうしてぽつぽつと会話をしていたら、彼がかなりの頻度で私の出身大学の所在地に観光で訪れているということがわかり、盛り上がった。しかも、数々の大切な思い出についても語ってもらってしまった。思いがけず良い時間になった。他者の非常に個人的な話をきくと、そのぬくもりと、その本当の手ざわりは当事者にしかわからないのだろうなという淋しさに心の奥がきゅうっとなる。
　3200円也。快適に走るようになった、通勤が楽しみである。わーい！
　午後は、カフェまで歩いた。このカフェは建物の一階に他のお店と一緒に入っているのだが、それにしても店の間取りが細長い。知っているカフェたちの中で最も細長い。笑っちゃうくらい細長い。それが面白くて通っている。いや、それは嘘だ。スコーン（＋ホイップクリーム）（＋メイプルシロップ）と、ホットティー（＋ミルク）を注文し、本を読んで待つ。先にスコーンが到着。少し待てば紅茶もくるかなー、でもスコーン食べたすぎるなー、と考えたうえで、スコーンをほおばる。おいしいっ。紅茶が届く前に、ほぼ食べ終えてしまった。そういえば今は実家暮らしでオーブンレンジもあるのですぐにスコーンくらい作れるじゃないか、作ろう作ろう。
　大きい本屋に行った。うろうろするだけで自然に笑みがこぼれる。にやけてしまう。ついつい大きく息をすいこむ。何度も何度も。思い切って三冊くらい買ってしまおうか、と考えていた。四冊買った。オムライス屋さんに行って、チーズオムライスと紅茶を注文し、本を読む。オムライスが届き、あっという間に食べおえ、本を読む、紅茶が届く、飲む、読む、飲む、読む、飲む、ぼんやりする、飲む。
　家に帰ってから、好きな作家のサイン会情報を手に入れた。なんと明日。
　日曜日。十一時ごろまで起きたり寝たり。幸せだ。
　えいやっと起き上がって、またしてもペペロンチーノを作る。作りながら、帰省中の兄にクレジットカードについてあれこれときく。種類や作り方など。どうやら私は全然わかっていないらしい。兄は参考になるサイトのスクショをラインで何枚も送ってくれた。ありがたい。それだけを頼りに作ってみようと思う。
　快適になった自転車で、服を買いにショッピングモールに行く。大人っぽい服がほしい、とここ数年思い続けているのだけれど、大抵サマンサモスモスでふんわりした服を買うことになる。今日もSM２で３着買った。大満足だけれど、大人っぽいとは言えない。いつまでたっても服の選び方がよくわからずにいる。みんなはなんだかしっかりと、センスのいい感じのする服を着ていてすごい。そのうちきちんと向き合ってどうにかしなければ。まあ、あんまり本気では思っていないのかも。
　家に帰り、手紙を書く。好きな作家にむけての手紙だ。手紙を書くのが幼稚園生のころから好きだ。長いこと電車に揺られて小さな本屋を目指す。電車が遅れたり、渋谷に人々が集まりすぎていたりして、余裕をもっていたはずが遅れてしまった。でも本屋の最寄り駅にはきちんと間に合う時間に着いて、でも少しでもはやく着きたくなって、走る、はしる。まっすぐ行きすぎて、引き返す。あほみたいだ。
　お店をのぞくと、好きな作家さんその人がすぐそこにいた。どきどきしながら小さなかわいい本屋さんに足を踏み入れ、声をかけ、サインをお願いした。落ち着いた雰囲気でなんとも素敵な方である。大好きだ。丁寧にサインをしてくださり、少しお話した。いい香りがする。うれしい、うれしい。その場でぴょんぴょん飛び跳ねたいここちだけれど、それはおさえて、だらだらせずに丁寧にお礼を告げて、お店を出て、小走りで駅まで。
　うれしい、うれしい。好きな人が目のまえで生きて動いているのを見られるのは、言葉を交わすことができるのは、なんて幸せだろう。明確に、生きていてよかった、と思う。
　緊張して、あんまりきちんとは話せなかったものの、すごくたくさんのエネルギーをもらったと思う。私も落ち着いて言葉に向き合っていきたいし、言葉にこだわりをもつことを恐れずにいたい。心身になにかが宿った感じがする。あたたかい。
　昨年イベントに参加してとある作家さんに会ったときには「国語の教員になるかもしれない」と話し、また別の作家さんのサイン会では「昨日は教員採用試験の最終面接だった」と話した。今日はついに国語の教員をしていて、と言った。感慨深い。
　帰りに最寄り駅でラーメンを食べた。私はひとりでラーメンも食べられるし、焼肉屋に行くこともあるし、ひとり旅の途中にひとりフレンチをしたこともある。ひとりカラオケやひとり映画は昔から当たり前にしているし、お笑いライブもバンドのライブも、美術館も何かの展示も演劇の公演もひとりで行ってしまう。そういう「一人でするこころおどるお出かけ」のことを、私はひそかに心の中だけで「ひとりデート」と呼んでいる。
　今週末は充実したデートができた。だからデート相手である「私」には、早めにお礼を言わなきゃいけないし、できることなら次の約束もしておかなければいけない。振られないように気をつけよう。