人は4つの資本を組み替えながら成長していく
どのように成長すべきか。何に時間を優先すべきか。この問いに正解はありませんが、わたしの経験と考察から一つの視点を提示してみたいと思います。
私が何かの成功例ということではないですが、大学院に2度、語学留学に7度も行くなど、それなりに自分自身に時間とお金を投資してきました。本稿は成長について人一倍悩んだ経験からの学びと反省です。
学業、就活、付き合い…時間配分に苦心した社会人留学
私は33歳で仕事を辞め、アメリカの大学院に留学しました。学校の授業や宿題だけでなく、インターンシップや同級生とのパーティと、多忙な日々を過ごしていました。時間は慎重に使っているつもりでした。
とある講義にて、その科目を苦手とする同級生ら数名の宿題を、連日連夜、手伝っていたことがあります。それを知った同級生は「もっと自分のことに時間を使わなくていいの?」と私を心配してくれました。
たしかに、他の科目の宿題や就職活動など、もっと自分に時間を使うべきことは自分でもわかっていました。しかし、心のどこかで友達を助けることも大切であること感じており、ジレンマに感じていました。
それから数年、同級生のために当時、時間を使ってよかったと思うことが何度かありました。
仕事でアメリカのとある経営者に連絡を取りたいと思ったときのことです。その経営者が元同級生の女性とSNSでつながっているのを見つけ、彼女に紹介をお願いしました。彼女は、私が優秀で信頼できる人物であり、彼女の恩人でもあるのでぜひ助けてあげてほしい、とその経営者にすぐにメールしてくれました。
今振り返ると、他人の宿題を優先したことには、ただ友達が大切だという道徳的な意味だけではなく、彼らからの信頼が私の資産になったという意味でもとても価値がありました。
成長のありかたを考える上で重要な4つの資本
キャリアや成長のゴールは人それぞれですが、それらを考える上で共通して重要な4つの資本があると考えています。
能力 (人的資本: Human capital)
お金 (経済資本: Financial capital)
時間 (時間資本: Time capital)
信頼 (社会関係資本: Social capital)
お金と時間はそのままですが、能力と信頼は説明が必要かもしれません。
能力というのは、知識やスキル、経験などあなた個人の能力です。一般に人が「成長」という言葉を使うとき、この資本の増加を指すことが多いです。
信頼というのは、同僚や友達、世間から見た時のあなたの能力や人間性に対する信頼の高さです。人にお願い事を聞いてもらうときや、採用の面接を受けるとき、銀行からお金を借りるときなどにあなたの信頼の有無が問題となります。
資本の組み合わせと成長
キャリアの観点から見ると、人の成長は、4つの資本のうち、どれかを使って他のどれかを増やすプロセスであると言えます。
例えば勉強は、学習の「時間」と授業料や教材費などの「お金」を使ってビジネスの知識やデザインの技術などの「能力」を高めます。もし資格や試験の点数を取れば能力に対する社会的な「信頼」も高めます。
その他の組み合わせにおいてもわかりやすそうな例を挙げてみました。これらは一例で、全てではありません。
単純労働のアルバイトをすることは、時間を使ってお金を増やす
お掃除ロボットを買うことは、お金を使って時間を増やす
人の相談に乗ったり無償でお手伝いしたりすることは、時間を使って信頼を増やす
なお厳密には、資本の増減は一対一の関係ではなく、基本的に複数の資本を使って複数の資本を増やすことになります。
私が新卒でコンサルティングファームに入社したとき、ある同期が言ったことが印象に残っています。
これは、少ない時間で多くのお金を得るうえで、能力を高めることの重要性を示しています。
こうして考えると、いくつかの面白い洞察が見えてきます。
資本の特性1:全ての資本は目的にも手段にもなる
いずれの資本も、それ自体が目的にも手段にもなりえます。仕事の目的の一つはお金を稼ぐことですが、自己成長そのものが目的という人もいます。家族や趣味のために余暇の時間を確保することを優先する人や、人とのつながりに生きがいを感じる人もいます。
何の資本を増やすためには何かの資本を使う必要があります。金融ではお金で株を買い、またその株を売ってお金を増やしますが、人の成長も同様です。何を使って何を増やすかという戦略が重要です。
資本の特性2:時間とお金は使うと減るが、能力と信頼は減らない
時間とお金は使えば減りますが、能力と信頼は基本的には減りません。時間が経てば能力が衰えたり、不義理により信頼が失われることはありますが、これらは資本を使うということとは異なります。
能力と信頼は積み重なる一方ですので、早いうちから能力を高め、信頼を得ることで、それらを使う機会も多くなります。他方で、時間とお金は長い人生の中で、いつ、どれだけ使うかという戦略が求められます。
資本の特性3:投資の対象は金融商品だけではない
投資や貯金は若いうちから始めた方がよいといいますが、能力や信頼への投資も同様です。特に若いうちは自身の能力に投資し、自分の市場価値を上げる方が金融投資よりもリターンが大きくなりやすいです。
例えば10万円を金融商品に投資してもリターンはわずかですが、10万円あればかなりの書籍を買えますし、TOEICなどの試験を受けることもできます。別の業界に就職した友達と食事をして知識を得ることにも使えます。
資本の特性4:人にとって唯一、有限なのは時間である
4つの資本のなかで時間だけがあなたの人生において有限です。時間を節約する方法はありますし、お金で一時的に時間を買うという考え方もできますが、あなたの一生は有限です。
時間のみが有限であるというのは、人生の資源配分において最重要な点であると私は考えています。
見落とされがちな資本:信頼
どの資本を使ってその資本を増やすべきかについては、残念ながら正解はなく、その優先順位とバランスはあなたが決める必要があります。
ただ、一般的な傾向として、若い人は能力やお金を増やすことを強く意識される一方で、人とのつながりという意味での信頼を資本として意識することは少ないようです。
しかし多くの経営者はビジネスにおいて交流関係が最も強力な武器であると考えています。交流関係は人脈やコネ、ネットワークとも表現されます。知人の経営者らは「仕事で一番強いのはコネだ」、「経営者の仕事は飲み歩くことだ」と言い切っています。
若い方々には交流関係がどのようにキャリアに役立つのかあまりイメージがわかないかもしれません。
例えば、会社にはよく「顧問」という少しシニアな方がいます。経営の助言や技術的な指導をされる顧問もいますが、私の実感として一番多いのは顧客を紹介することで対価を得られる方々です。大企業の偉い人との繋がりがそれら顧問の価値なのです。
私自身の例を出すと、私はこれまで何度も転職をしていますが、転職のたびに転職先の内部にいる友人からしっかりと話を聞いて面接の準備をします。また、友人にはしっかりと私の良い点を関係者に伝えてもらっています。
コネを使って物事を進めるのは決してずるいことではなく、社会の仕組みへの理解が深まれば、ルールを逸脱せずに出来るようになることです。
社会人として経験を積むごとに、転職や営業で企業に連絡をするときに正面玄関をノックするようなことは減っていきます。
他に資本はあるか
4つの資本という視点で私なりにキャリアや人生の資本に関する考え方を説明しましたが、これらは一つの視点に過ぎません。科学的に証明されるような類のものでもありません。
あなたが道を選択するとき考慮すべき資本は他にもあるかもしれません。何を消費して何を増やすのか、ご自身でも考えてみると新たな発見があると思います。
本項では私の中で漠然としていたことをモデル化してみました。理論としての粗さなどお気づきの点はコメント欄でご指摘いただければ幸いです。個々の概念のネーミングについてもよりよいアイデアがあればぜひご教示ください。