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狂った奴がいないと文化なんか守れないでしょ


「申し訳ありません、ぼくの力不足です。

ぼくがこのままこの店のトップでいるならば、20人全員があがる(退職する)と言っています。
そうすると店が運営できなくなります、終わってしまう。

だから、ぼくが身を引こうと思います」。

そう告げてきた若きシェフに向かい、師匠である世界的グランシェフはこう答えた。

「いまキッチンに戻って、もう一度話をして来い。それで全員辞めるなら、それでいい。
お前ひとりで出来ることをやればいい。席を減らしたって良いんだ」

天才と呼ばれた若手シェフは、そのフランス人グランシェフの元で地獄のような下積みを経て東京にオープンする新店舗のシェフに抜擢された。

当時、若干25歳。

グランシェフは世界的に著名な歴史に名を残すほどのスーパースターで、彼の元には全世界に何百人の弟子がいる。

初進出の日本でシェフのポジションとなれば、そこに就きたいと願う料理人は本国フランスにもごまんといた。

しかし、彼はその若手日本人シェフをその新店舗のトップに選んだ。

「変わった人ですよね。俺なんか朝から晩まで怒鳴られながら下積み仕事しかやってない、彼にまともな料理なんか食べてもらったことないですよ。
チームの中にもビッグネームがたくさんいる中で、いきなりお前やれと。訳わかんなかったですよ」

東京の新店舗はメディアにも取り上げられて、時代の後押しもあり爆発的に流行した。

世間に注目されて沢山のお客様が押し寄せて、その中で多方向から評価をされるとても厳しい環境でもあった。

当時のキッチンスタッフは、総勢20名を超える。

自分より一回りもふた回りも歳上の海千山千、キャリアハイの料理人たちを部下に携えて、その若手シェフは奮闘した。

なんとしても自分を抜擢したグランシェフに、結果で報いなくてはならない。

食材の下処理にも、火入れにも、当然ソース作りや盛り付けにも徹底的にこだわった。
一切の甘えも許さず、一切の妥協も捨てた。

彼の狂人ぶりは業界内でも実しやかに囁かれていた。「あいつはやばい、厳しすぎる」。

緊迫した営業が続き、キッチンはまさに戦場と化していた。

ぼくらサービスから見ても異常なほどのこだわりようである。

パンを置く位置から、手を伸ばす角度までこだわる。スタッフの立ち位置から、トイレ掃除に至るまで目を光らせる。

「なんでそこなんだよ、どういう意味があるんだ?」
「真剣に聞けよ、聞く気がないなら今すぐ帰れ」

彼が背負う重圧は、世界中のシェフから向けられる視線でもあり、歴史との闘いでもあった。
繰り返しだが、若干20代での大抜擢であったのだから、その重圧はその舞台に立たされた本人にしかわからない。

そんな彼の仕事ぶり、あまりの厳しさにスタッフたちの不満はピークに達した。

そしてある日、

ついに事件は起こった。 

「ぼくら全員、辞めさせてもらいます」 

たまたま来日のタイミングが重なったグランシェフに、彼はそれを伝えた。

冒頭のくだりである。

「申し訳ありません、ぼくの力不足です。
ぼくが身を引こうと思います」

グランシェフの答えはこうだ。

「いまキッチンに戻って、もう一度話をして来い。それで全員辞めるなら、それでいい。お前ひとりで出来ることをやればいい。別に席数を減らしてもいい、定休日を作って閉めてもいいんだ」

彼は今でもその時のグランシェフの判断を、”ぼくには、いや誰にも真似できないものだ”と言う。

「ぼくがいなくなればいつも通り、明日からも店は順調に回る。オペレーションは変わらない。でも全員辞めさせても構わないと言う。
普通はそんな判断できないですよね。ぼくはあの時からずっと、その発言の真意は何だったのか考えてますよ」

実際にその場で辞めたものもいたが、何人かのスタッフは残り、一枚岩となった店は人気を維持した。

売上は上がり、評価も上がって、彼はスターダムにのし上がる。
そして翌年には、シェフとしてニューヨークの新店舗へと移ることになった。

それから台湾や各国を周り、いまやオーナーシェフとして自分の店を切り盛りしている。

客単価は7万円、8万円が当たり前のお店が半年以上先まで予約でいっぱいだ。

「俺たちの頃って朝7時とか、下手したら6時から働いて、夜中まで働いてたじゃないですか。
別に強要されてた訳じゃないし、俺だって嫌々やってなかったですよ。
で、夜中から飲みに行って、2時間だけ寝てまた職場に行くみたいな。
めちゃくちゃ厳しかったけれど、苦じゃなかったですよ。自分のためにやってたから。
俺らって職人でしょ。例えばピアニストとかスポーツ選手が
「はい、17時になりました。
時間なので帰ります、お疲れ様でした」
なんてならないでしょ。
そりゃ、そんなの時代遅れなんてのは分かりますよ、法律もあるし働き方改革ってのもわかる。だから会社として強要しないし、ランチ営業もしない定休日もたくさん作っている。そういう仕組みにしていくことは大切だし、そうじゃないとね。
だけどフランスだって、もう何年もスターなんて生まれてきてないですよ。
若くして3つ星を取ったシェフとかは昔からよく知ってる奴らいるけれど、ロブションがいて、ピエールガニエールとかその辺の世代以降、ああいう狂ったほどの天才は出てきていない。いまはフランスも日本でやってる事と変わんないですよ。
いかに働かないか、いかに楽に効率的に、そして安定的に稼ぐか。
それはそういう構造作りが世の中の市民たち、マジョリティに求められているから。

でもそんな風に時代に迎合してて、狂った天才なんて出てこない。
日本もおなじ。
良いんですよ、そういう体制でも。
時代なんだから、そういう奴はそれでいい。

でも俺は違うから、職人だから。

勉強も研究もしないで、みんなと同じように酒飲んで寝てて、良いものなんて作れる訳ないでしょ。

経営者だってそうですよね、会社はきちんと労働時間も守って、でも自分たちは働いてるじゃないですか、アホみたいに。
四六時中働いてますよ。
そうしないと成功なんてしないんですよ、分かってるんですよ彼らはみんな。

ずるいよね。笑

だからさ、俺らが働き方改革なんて言ってたら文化なんて守れないんですよ、つまんない国になっちゃうよ」。


一緒に仕事してて、ぼくは面白い人だなって思いました。
逆流してるよね、時代の波に逆らって。
狂気じみた判断するしね。
なんでそこまでこだわるのかって、そのこだわりって、沢山いるお客さんの中の何人が分かるの?
本当にそんな細かいこと伝わるの?って

ただなんか思い出した気がします、ぼくらの生き方。

本質的な大切にしてきたものを。

パチっと枠にはめて要領良くやる人たちと、追求して追求して追求する、そんな狂った人たちがいても良いのかなって思います。 

もちろん個人としてですよ、会社でやったらアウトですけど。

にしても、ロブションさんの言葉は深いよなあ。問いかけたんだよね、彼に。 

※あくまで個人の仕事への向きあい方の話です。
組織としてはちゃんとしましょうね。

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