今朝の「日経」の今井通子「私の履歴書」の内容は、グランドジョラス北壁登攀に備え、仏シャモニーモンブランを拠点に、グランドジョラスに似た岸壁で、訓練の日々、そして、グランドジョラス登攀へ、登攀途中に、宙吊りになるも、婚約者の高橋和之さんに救助され、あとわずかで登頂、記事を読み、私の2011.8上旬のシャモニーモンブランを拠点とするモンブラン登山の記憶が、甦り、気分は、最高

今朝の「日経」の今井通子「私の履歴書」の内容は、グランドジョラス北壁登攀(ロッククライミング)に備え、仏シャモニーモンブランを拠点に、グランドジョラスに似た氷河や岸壁のあるゲレンデ(ロッククライミング練習場)で、訓練の日々、そして、グランドジョラス登攀へ、登攀途中に、不運にも、制御不能の宙吊りになるも、婚約者の高橋和之さんに救助され、あとわずかで登頂、おそらく、明日の記事の内容は、登頂とそこでの結婚式の様子ではないか、私は、昔、登頂直後にもかかわらず、仲間が用意してくれた純白ドレスと教会を模したゲート状の小さな構造物の下で、仲間に祝福され、幸せいっぱいの笑みを浮かべている今井さんの写真を見たことがありますが、明日の記事には、きっとその写真が掲載されるに違いない。
今朝の記事を読み、私の2011.8上旬のシャモニーモンブランを拠点とする登山の記憶(note本欄バックナンバー記事・写真参照)、すなわち、ひとり、スイスのツェルマットから鉄道で、マルティニーで乗り換え、仏シャモニーモンブランへ、翌日、エギュ・ディ・ミディへ、目の前に見えるモンブラン(4808 m。フランス語で、モンは山、ブランは白。日本では白いクリームで覆われたケーキとして有名)、東方5 kmに見えるグランドジョラス、そして、翌日早朝、タクシーで、郊外にあるリフトへ、登山鉄道に乗り換え、モンブランの中腹へ、そこから登山を開始し、頂上直下の山小屋で、一泊し、翌日、登頂、逆コースをたどり、一気に駆け下り、22:00頃、ホテルに到着、海外の山で、最初に、死ぬような思いをした山、そんな記憶が甦り、気分は、最高。
植村巳さん(登山家、冒険家)は、シャモニーモンブランの人々の助言を無視し、上記の正式な登山ルートでなく、シャモニーモンブランから、すぐ近くの氷河の上を歩き(これは、危険すぎるため、禁止事項。エギュ・ディ・ミディから降りて氷河の上を歩き、モンブラン中腹へ抜けるのも、危険すぎて、禁止事項)、モンブラン中腹に出ようとしましたが、途中、氷河のクレバスに落下し、うまく、ザックが引っかかり、ピッケルと脚力に拠り、地上に出ることができ、二回目には、正式な登山コースで、登頂、そして戻りですが、植村さんは、誰もできないような強硬スケジュール、すなわち、早朝出発、当日の夜遅く戻りと言う離れ業を披露しました。

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