大殺壁
殺壁を越えて街に行商がやってきた。噂はたちまち広がり、行商の周りには人だかりができた。僕は人混みに紛れて行商と大人たちの交わす言葉を聞いていた。
「壁の向こうは農地が余っていると聞いたが本当か? 俺も向こうに行くべきかな」
「情報が古い。そりゃ20年も前だ。壁越えはやめとくがいい」
見たこともない品を敷物の上に並べた商人は、そう言ってカラカラと笑った。
「一人で来たのか?」
「いや、他に5人いる。街の外で待ってるよ」
一度に6人の壁越えとは。群衆にざわめきが広まった。
「長居するつもりはないんだ。馬を調達したら出ていくさ。俺たちみたく壁を行き来する連中は……ほら、肩身が狭いだろう。何かと」
その言葉に安堵を覚えた者もいれば、猜疑に駆られた者もいただろう。人々が黙り込んだ隙をついて、僕は人垣の前に進み出た。
「僕も壁の向こうに行きたい」
商人の目だけがぎょろり、と動いて僕に向いた。いぶかるような瞳の奥に、僕は壁を超えた者に特有の暗い光を見た。
その時大人が話しかけて、商人は目を反らした。それきり声を掛ける機会はなかった。
次に商人を見かけたのは翌日の日暮れ時だった。彼は相変わらず一人でいて、ちょうど露店を片付けているところだった。集まった野次馬は帰路に着こうとしていた。
僕は昨日と同じように声を掛けた。
「僕も壁の向こうに行きたい」
「大きな声で言うんじゃない」
商人はそう言ってそばへ来るよう僕を手招きした。近づくと彼は僕に耳打ちした。
「3日したらここを出ていく。ついて来たければ勝手にしろ。誰か一人選んで殺してくるが良い。できるものならな」
ほとんど吐き捨てるようにそう言うと、顔を離して正面から僕を見た。僕は頷いた。商人が見紛うことがないよう、その目を見てはっきりと。
殺壁は幾多の山脈を貫いて行き来を阻む大障壁。壁には千古の呪いがかかっていて、通り抜けられるのは人を殺した者だけだ。
【続く】
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