見出し画像

ザ・プレイ(結末1000字)

――おい。死んでるぞ――

 軍曹の声に、皆がスオミの元に集まった。スオミは先ほどと変わらずバスの後ろの席に腰掛け、深くうなだれたまま――その口からは俺が2時間も前にマウンドであげたガムが垂れていた。なんと不敵な餓死者だろう! 彼の魂は望み通り対戦相手の故郷へと行っただろうか?

「おお…おお…」軍曹は顔を手で覆った。

「なぜわしばかりが同胞を看取らねばならん」軍曹は車内を見渡して言った。「皆スオミの活躍を見ただろう。あの送球の素早さと言ったら……! 他に誰があんな風に守れる? 彼なくして今宵の栄光はなかった」

 言葉に詰まる軍曹の肩に、マックがそっと手を置いた。

 俺は座席で眠るルースを起こしに行った。

「おい……ルース、起きてくれ」

 肩を揺すったが、ルースは目を覚まさなかった。その顔に満足げな表情を浮かべたまま眠りこけている。赤ん坊のようだった。

 俺はルースを起こすのを諦めた。代わりに座ったまま言い合いをしている先生とジン夫妻の元に向かった。

「ですから」ジンの奥さんが語気を強めた。「ピッチャーは私です」

 なんだって? 俺は思わず足を止めた。ピッチングをしていたのは奥さんじゃない。ジアの完投だった。

 そう言えばジアの姿を見かけていない。俺は車内を見渡した。あの生意気な栗色の髪がどこかに覗いていないかと思ったが、見当たらなかった。ジアがいない。

「運転手に引き返すよう言うべきだ」先生が声を殺して言った。「ジアを置いてきたなんて正気じゃないぞ」

「あの場にジアはいなかったんです。先生からそう政府の人に伝えてください」

「くそっ! 何が不安だ? 迎えのバスまで出してもらっておいて」

 俺は球場を後にした時のことを思い出した。バスの前で親子は抱き合い――ジンが険しい面持ちで何かをジアに耳打ちした。ジアはトイレに行き、それきり消えた。

「なら聞くが」ジンが二人の間に割って入った。「このバスの行き先は?」

 先生は明らかに答えに窮していた。

「……わからない。バックベイ(ボストンの駅)でなければどこか政府の施設だ」

「ほら見ろ」

 俺は言い合いを続ける二人の脇を通ってバスの先頭へと向かった。運転手と話がしたかった。座席で人が死んでいるのだ。それを伝えればきっとバスは止まるはずだ。

ーーあんただって政府を信頼しているか? 違うだろう。服従しているだけだ。ジンの話す声が聞こえた。そんなはずはない。俺たちはたった今驚くべき冒険を終え、人類の代表としてマウンドに立ったはずだ。なのに疎まれ、どこかに追いやられるなどありえるだろうか。

 バスは深夜のハイウェイを疾駆する。窓の外で街の明かりが飛ぶように過ぎ去っていく。対戦相手が渡ってきた星の海はここからは見えない。俺たちはどこへ行くんだろう?

【ザ・プレイ 終わり】

いいなと思ったら応援しよう!