■教養としての社会保障
静かに、そして熱量の高い一冊でした。積読していたのですが、もっと早く読むべきでした、すみません。
元厚労省の官僚であった筆者による社会保障の見方は実に幅広く、自身の考えを深めるにとてもよい本でした。筆者の考えは大きく以下の3点にまとめられるように思います。ほぼ引用となりますが、ご容赦ください。
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1.社会保障をポジティブ・ウェルフェアの文脈で読み直す
ポジティブ・ウェルフェアとは、保護と依存ではなく、社会への参加を保障する、つまりは自立を支援するという視点で社会保障を組み立て直そうとする考え方です。
たとえばスウェーデンでは、産業構造の転換で職を失った人が別の分野で働けるように再教育するシステム「ワークフェア(workfare)」を構築しました。失業者に単に雇用保険を給付するのではなく、給付の条件として職業訓練を義務付け、積極的に人材を育成して、新しい労働市場に送り込もうというわけです。
また、イギリスでも、福祉に食べさせてもらうんじゃなくて、働くことを基本とし、働けるように全力で支援して、社会に出て働いてもらうことに軸足を置いた労働政策を展開しています。
なるべく多くの人が働き続けられる社会環境を作る、なるべく多くの人が自立して社会参加できるような社会にする、そのことによって、現役世代の生活が保障され、人々が能力を発揮し自己実現できるようになり、結果、格差と貧困の拡大を回避し、社会を活性化するのべきではないでしょうか。
2.社会保障は経済発展を阻害する負担ではなく、経済成長を下支えする支出であり、経済成長のエンジンたりうるものである
民生の安定がなければ経済成長しない。格差や貧困のない社会だから経済は成長するし、内需も生まれる。逆に言えば、社会保障が機能していないと、個人の生活が不安定になり、社会の不安が増大し、生きていく上での不確実性が大きくなり、社会は持続可能でなくなると言えます。
さらには、社会保障は「単なる負担」ではなく、経済成長のエンジンたりうると言えます。医療や介護は、その消費が従事者の所得を通じて新たな消費を生む効果を併せ考えると、公共事業を上回る経済波及効果を持つ巨大な産業分野になっていることに注目すべきではないでしょうか。
3.現行の高齢者に手厚い社会保障を現役世代にシフトするべきではないか
高齢化社会への対応策は労働人口を増やすこと、社会の支え手を増やすことに尽きます。①働けるうちは高齢者にも働いてもらう、②より多くの女性が働くようにする、③若い世代にフルタイムで働いてもらう、などが考えられます。
現行の社会保障制度は高齢者に厚く現役世代に薄い制度になっています。ひとり親世帯でも、社会保障制度全体の構造では「現役世代-支え手」側になってしまうという問題を抱えています。
社会保障だけではなく、経済政策も成長戦略も、若い世代の可能性を支えるという考え方を中心に組み立てるべきではないでしょうか。
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以上、ポイントをしぼって要約してみましたが、いかがでしょうか。社会保障に対するイメージが少し変わったのではないでしょうか。上記では割愛しましたが、この結論に至るまでの現状分析もしっかりされているので、なかなかに説得力もあります。
最後に、「改革の難しさ-政治の役割とポピュリズム」という項がとても興味深かったので、丸々引用ですが、これを紹介して終わりたいと思います。
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残念ながら、難しい改革には必ず改革の足を引っ張る人たちが登場します。財源はある、負担増なしでも給付拡充できる、とか、行革で無駄を省くのが先だ、とか、社会保障が上手くいっていないのは役人が無駄遣いしているからだ、などと、声高に甘言を弄します。もちろん行革も大事だし行政の無駄の是正も大事ですが、それで社会保障の難題が解決できるわけではありません。しかし、そのような輩が、ただでさえ実行が困難な改革の足を引っ張ります。
これも、社会保障の仕事に長く携わってきて実感していることですが、「犯人捜し」は問題を先送りし、改革を停滞させます。世の中が混迷するとき、改革がうまく進行しないとき、だれもが犯人捜しを始めます。悪いのはこいつだ、こいつのせいでものごとがうまくいかない、こいつが黒幕・・・
しかし、犯人捜しはマイナス思考です。こいつが犯人だ、といった瞬間に、悪いのはこいつだけで、他の人は悪くない、他のことは変えなくていい、自分は変わらなくてもいい、となります。つまり、犯人捜しをして、誰かを犯人にした瞬間に、誰も真の問題解決に取り組まなくなります。そして改革が止まります。
ポピュリズムとはそういう政治です。ポピュリズムの政治家は一転突破、全面展開を目指します。うまくいかないのはこいつのせい、悪いのはこいつ、こいつを退治すればあとはすべてうまく、というような幻想を社会に振りまきます。しかし、そんなことはありません。これだけ複雑になった社会では、問題解決には時間がかかるし、手間もかかります。一転突破ですべてが解決することはありません。確実に、一つひとつを積み上げ、全体の改革につなげていく。それこそが本当の改革なのだと思います。
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