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私がイスラエルを支援し、祈るわけ

(写真は、2013年2月、ヤドヴァシェムで、ホロコーストと聖書の関わりを説明した時)

「あなたはわたしの証人」

 私が妻と結婚して一年半後、1994年に、彼女が大学院で学んだアメリカ東海岸の旅をしました。その中で、ワシントンDCにある、スミスソニアンなどの建物を訪ねようということになり、初めに訪問したのが、ホロコースト記念館でした。入ったら4時間はかかっていたでしょうか、あまりにも衝撃であり、即座に、「これはただ事ではない、人の闇の深淵、いやもっと深いところの霊の深淵ではないか。」と感知しました。つまり、人間の歴史や学問では、説明が決してできない、悪意とでもいいましょうか。

 そして出口に、イザヤの預言にある「あなたがたはわたしの証人である」という言葉が掲げられ、私は打ちのめされました。そこは文脈では、イスラエルが神の証人なのですが、それと同時に、今、見たことを証言していきなさいというメッセージだったのです。それ以降、私の思いの中では、ホロコーストというのが、人間存在を知る鍵であり、また聖書を信じる者として、ユダヤ人を神がどのように見ておられるかを、ずっと心で探求し続けてきたのだと思います。

私の周りにいたユダヤ人たち

 米国で学んだ時、カルバリーチャペルは特に、ユダヤ人伝道であるとか、強調しているわけではありませんでしたが、イスラエルへの親密感は強いと思います。多くの教会は、イスラエル旅行を好んで行います。創始者のチャック・スミス自身が、聖書預言からイスラエルが、はっきりと神の証人であり、またイスラエルを祝福する者が祝福されるという言葉を信じて、イスラエルに関わっていきました。


ガリラヤ湖の南端のヨルダン川にある洗礼場「ヤルデニト(Yardenit)」

 それよりも不思議だったのは、自分が共に学んだ兄弟たちの中に、ユダヤ人が多かったことです。たまたまなのかもしれませんが、カルバリーチャペルが急成長した、イエス革命と呼ばれるヒッピーの間の霊的復興において、ユダヤ人が多くおり、後のメシアニック運動の胎動であることを、ずっと後で知ることになりました。

第二の働き

 私は特に、イスラエルのために働くという召しはありませんでした。あくまでも福音宣教者であり、教会を牧することに召されています。しかし、イスラエルとは、キリスト者であれば、一目おかなければいけない存在であるという、一種の畏敬、神への恐れがあります。妻は、「私はイスラエルに肩入れするような気持にはなれない。けれども、はっきりしているのは、ユダヤ人が窮地に立たせられた時に、ラハブのように助けるということは、神からの命令だと思う。」と言っていました。

 しかし、私もそうこうするうちに、イスラエル関連の働きにいろいろ関わるようになりました。これもまた召しというか、第二の働きなのだと感じています。

第二のホロコーストはあるか?

 私は、2013年に、初めて自分が団長として導くイスラエル旅行にて、ヤド・ヴァシェムを訪問しました。そこでガイドの方が、なぜホロコーストを周囲の国々は止めることが出来なかったのか?について、「かつては情報が行き届かなかった。今は教育がある。だから、今はすぐに気づくだろう。」とのことだったのですが、私は、何十年も在住しているその方に対して、おこがましくも、「いや、また起こります、ホロコースト(のようなユダヤ人迫害)は。」と言いました。

 それは、教育や情報によって反ユダヤ主義が完全に防ぐことはできず、それは深遠な淵、下の世界からの霊どもが出て来て行っているであろうこと、そして聖書には、終わりの日にユダヤ人たちは大きな試練の中に入り、それから救いがあるというシナリオが描かれています。人の悪意にある深み、その深みを動かしている、悪魔の存在があります。(黙示録12章)

今はラハブの時

 10月7日のハマスによる大虐殺は、2013年の時の直感を当てるものとなりました。どんなに情報が利用できる社会になっていても、教育が行き届いていても、今は、事実よりも印象であったり、感情が優先される社会になっています。なので、なおのこと反ユダヤ感情に世界が流れて行くというのは、必然的なわけです。

 私の妻が話してくれていた、「いざというとき、私たち信仰者は、神を恐れてラハブのように動かないといけない。」と言っていたのは、まさに今なのだろう、と、歴史的な重みを感じて、また霊的には、主が来られる日が近いことを思って、それで、イスラエルに寄り添う意見発信と祈りを、フル回転で行っている次第です。

わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたをのろう者をのろう。(創世記12:3)


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