実家に帰ったら病気の父親がダンゴムシを飼っていた。
久しぶりに実家に帰った。
玄関に土の入ったプラスチックの箱があった。
誰かカブトムシでも飼ってんのかな?くらいに思ったが、あまりに不自然なほど土がパンパンに入っている。溢れんばかりの量。
親族含め、基本的に私の家族は変わってる人が多いので突拍子もなくカブトムシを飼い始めたとしても不思議ではない。
しかしそれにしてもパンパンの土だ。
カブトムシが入り込める余地はない。
「なにこれ」
「あー、それ父さんが飼い始めたのよ」
玄関で呟くと出迎えてくれた母が言った。
父は数年前に病気になり、働くことができなくなった。長年営んでいた居酒屋をたたみ、世話をされる立場で居続けるのも不安なんだろう。
なるほど、世話をする対象になる何かを飼うのはいいことだ。
「で、何飼ってんの?カブトムシ?」
「いや、ダンゴムシ」
ついに父はおかしくなってしまったのか。とも思ったが、病気になる前からおかしい人ではあったのでギリギリ納得ができた。
「なんか暇だからって毎日ご飯あげて世話してるよ」
「まずダンゴムシって何食うの?」
「金魚のエサ」
「金魚のエサ食うんだ」
リビングに行くと父がいた。
少しまたやつれたかもしれない。
「ただいま、ダンゴムシ飼ってんの?」
「おーおかえり、おう、ダンゴムシ飼ってるよ」
「へぇ、どう?」
「いやかわいいよ、餌あげるとさ、しばらくしてみると無くなってんだよ、ちゃんと食べて生きてるって思うとなんかいいんだよな」
「そうなんだ」
父は数年前の病気の際に目もほとんど見えなくなってしまった。
趣味だったバイクにも乗れないし、ゲームもできないし、漫画も読めない。だから唯一とも言える私との共通の趣味、ワンピースの話もできなくなった。
このダンゴムシは新しい趣味のようなものなんだろうか。
「あーそれおれが捕まえてきたんだよね。」
弟が言った。このダンゴムシ、元はと言えば、教師をしている弟が授業か何かで必要だったらしい。
「で、土しか見えなかったけど、今は土の中潜ってんの?」
「いやわからん、姿は見たことないんだよな。目見えないから。出てきてたとして。」
なんだそれ
「まぁでも餌あげると無くなってるっぽいし、いるとは思うよ。」
「そうなんだ。」
「ここ数日あんまり無くなってない気もするけど。」
多分もうダンゴムシはいない。
久しぶりに実家に帰ると、
プラスチックの中の土に、金魚のエサをばら撒いているだけのおじさんがいた。