南からの贈り物5 李
「その李はこっちでは生らないよ。」
屋久島のうちの裏のほうに住んでいるおばさんが、うちの庭の李の木を見て、笑いながら言うのだった。その前に、移り住んで間もなくの頃、李の木を分けてあげようと言ってくれる人もあったが、うちにはうちの李の木があるので断ってしまった。が、夫が取り寄せて庭に植えたそれは本土のもので、屋久島で言う李とは違うのだった。
屋久島の李は、奄美プラムなどとも呼ばれるもので、台湾原産のものだった。花は本土のそれとほとんど変わらないが、実が私のそれまで知っていたものとは違った。黒っぽい濃い赤い実なのだった。
かわいそうに、うちに植えられた本土の李は、何年経っても、花もいつ咲かせればいいのかわからない様子で、やはり実を付けることも無かった。
梅雨間近、照葉樹林の中に、むうっと香りをさせて椎の花が金色に輝く頃、県道に沿う無人市のあちらこちらで、黒っぽい李が並んだ。無人市の野菜や果物は大抵一袋百円だったか。お金を入れる箱にちゃりんと百円玉を入れて、お目当てのものを買う。
初めて李を買ったときは、芋焼酎に氷砂糖を入れて李酒を作るといいよと教えてもらった。適当に作ってみたが、時間をかけてゆっくり李の赤い色が焼酎に移り、美しく美味しい李酒が出来あがった。そのお酒を、何年かに渡ってちびりちびりと大切に飲み、最初は赤い色が綺麗だったが、最後のほうには、熟成したかのような琥珀色になった。
ジャムを作ったこともあったし、ジュースなどにもしたり、毎年、毎年、李を楽しめた。そのうち、知り合いから李をもらうこともあった。
指宿に来てからも、こちらの李も屋久島のものと同じと判って、ああ良かったと嬉しかった。
屋久島を思い出させるような激しい雨の合間、近所の人が親戚の畑で収穫したという李をくれた。早速、私はジュースにした。鬱陶しい梅雨に李ジュースを味わうのは格別である。勿論、真夏にも大いに喉を潤し、晩夏になり残り少なくなるのを惜しむのだった。そんなふうにその夏も李をたんと楽しんだ。
指宿の地元の八百屋にもその李を見つけたし、気が付けば、その木はけっこうあちらこちらで見かけるのだった。
こちらで少し、あちらで少しともらった李を足して、とうとう変わった李ジャムも作った。八角とシナモンのスパイスを入れてみたのだ。そんなジャムもなかなか面白いのだった。李を煮詰めてスパイスを入れると、出来上がった時には、黒に近い色になった。
料理に使えるようなフルーツソースとして作っておくのもいいかもしれない。そのソースを、肉や魚のソテーに添えてもいいし、もちろんデザートに使うのもいいだろう。きらきらと輝く、濃い赤いゼリーもいいし、生クリームと合わせて、シックな大人っぽいピンクのムースも出来るかもしれない。
田舎暮らしには、デパ地下も無ければ、お洒落なカフェなどというものもほとんど無い。食べることを楽しみたかったら、自分で作ることが一番だ。地元の農産物、肉、魚など、その土地ならではの調理の仕方、楽しみ方もあろうが、時にはそれに自分で仕入れたプラスアルファを足してもいいものである。
もちろん第一には、新鮮な食材のあることが、この上なく幸せなことである。
ひと籃の暑さ照りけり巴旦杏 芥川龍之介
李には種類がいろいろあるようだが、巴旦杏もその一つだそうだ。こちらの李とは少し違うだろうが、こちらの李にもこんな風情がある。山と盛った李をさて、今年はどんなふうに楽しもうか。
(『南からの贈り物5 李』、
2016年5月5日発行、
季刊俳句同人誌「晶」16号に掲載)
後記)屋久島時代は、地元の方から手作りの素朴なふくれ菓子やかからん団子を頂戴する事がよくあった。田舎暮らしは時間がたっぷりとある。自分でも紫の山芋を使ったかるかんや蓬のお団子を作ったり、芋や南瓜や豆で餡子を作り練り切りみたいなものを作ったこともある。
たっぷりとある時間ではあったが、手間暇かけて山芋をすりこぎで擦っていたり、蓬を摘んで歩いてそれをやはり擦ったり、茹でた芋や南瓜や豆を漉して餡子を作ったりしていると、一仕事もふた仕事もある台所で拍車がかかり、1日が暮れて行くのだった。
指宿時代には、もうちょっとお洒落なお菓子作りにはまった時もある。島暮らしから九州本土の暮らしになったので、食材も馴染みのある本土に近いものも手に入りやすくなり、レモンカスタードとメレンゲも作ってレモンタルトを焼いたり、台になるスポンジを焼いてアメリカンチェリーのムースケーキを作ったり、タルト生地の上にスパイシーなクリームを詰めタルトを焼き生の無花果を盛り付ける豪華な無花果のタルトを作ったりした。
手に入れたスパイスや庭のハーブなどで工夫して、ジャムや果実酒、ジュースもよく作った。
そのうち、夫はもう甘い物を食べなくなり、私も砂糖を使うことはほぼやめたので、お菓子作り、ジャムを作ることも、果実酒を作ることもジュースを作ることもやめてしまった。
が、今年は熟した梅を頂戴したので、梅のジャムを作った。とても美味しく、今度はスーパーで完熟梅まで買ってまたジャムを作ったばかりだ。今度は甘さをとても控えたので、それこそフルーツソースとして料理にも使えるかなと思っているところ。
屋久島や指宿での台所仕事を思い出し、あんな濃密な時間を過ごし、美味しく味わったのを、本当に幸せに感じる。