「身銭を切ることの大切さ」について
「身銭を切れー「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質」(ナシーム・ニコラス・タレブ著:ダイヤモンド社)という本をご存知ですか?僕は、その教養レベルの高さに途中で挫折してしまったけれども、其の本のメッセージはよくわかった。このタイトルのメッセージそのものなのだ。
身銭を切った人たちに訪れる「褒美」
例えば、ファッションが心底好きで、給料の大半を服の購入に費やす女性同僚がいる。異性にもてたいとか、会社や得意先でアピールしたいということでなく、自分の人生の根幹にファッションを位置づけている。そういう人が着る服は本当に素敵だ。自分を客観的に分析した上で、自分に似合う服を適切に選んでいる。傍から見ていても素敵な人だと思う。でも、そのようなレベルに到達できたのは膨大な服を長い間、買い続けて、つまりは何かを犠牲にして、投資し続けてきた結果、獲得できた褒美なのだと思う。
身銭を切らない代理店、ブローカー、ミドルマンというポジションの「つまらなさ」
僕は大学を卒業してから総合広告代理店に入社し、同じ会社にもう30年以上勤めている。1年めの配属は雑誌広告を取り扱う部門で、其後、40歳過ぎまでそのような業務をしていた。作家やクリエイター、芸能人や、編集者やジャーナリストに会える仕事は、それはそれで、純粋に楽しかった。けれども、だんだんと一つのコンプレックスが重くのしかかってきた。「身銭をきる」ポジションではないことのつまらなさだ。一見華やかそうな僕の職務も、とどのつまりは、雑誌の広告スペースをクライアントの代理で購入するすることによって利ざやを得る業務だ。この仲介業務がどうしてもつまらないビジネスに思えてきた。雑誌に掲載したクライアントの広告の結果に対して責任はとらない。クライアントだけがその結果に基づき、次のアクションを起こしていく。学び、進化していく。広告代理店はリスクを取らない代わり、いつまでも学べない。そういうポジションがとてもつまらないと思うようになった。そして、そんな中、45歳で新規事業開発担当となった時、初めて身銭を切ってビジネスをする事、つまり自ら投資して事業を創造していくことにチャレンジすることの楽しさ理解でき興奮した。十年前のことだ。
会社に出資してもらい新規事業、失敗。でもその後に残る果実
会社に、トータルで都心のマンションを購入できるくらいのR&D予算を捻出してもらい数年間、新規事業開発を推進ていた。消費者のパワーが高まる中、広告会社はマスメディアの代理ではなく、消費者の代理になることで結果的にクライアントに貢献することが多々あるだろうと思った。そしてその仕組を作るビジネスを推進した。フランスやイギリスのスタートアップとの連携に費用を投下し運営した。でも自分が描いたビジョンは具現化できずプロジェクトは終了した。終了したけれども、そのプロジェクトで得た知見やグローバルネットワークが育ち、それが現在、オープンイノベーションやDXのトレンドに活きてきて、僕はグローバルニッチなスペシャリストとして日々新しいエキサイティングな仕事が舞い込むようになった。おかげさまで、これまでに、転職話が多々舞い込んできた。僕のニッチな知見を評価してくれる企業があるのだ。でも、僕は、身銭を切ったのは会社で、僕ではないので、身銭を切った後の褒美を会社にまずは提供するまでは自分に褒美を与えない、つまり転職しないと決めた。倫理観というよりも、これはビジネスのルールで、この原則に抗うと、運気が変調し、将来ビジネスがうまくいかなくなると思った。だから、会社にせがまれている訳ではないけれども、自分が納得するくらいの利益を自ら会社に納めて、それを卒業作品にしたいと思ってる。それによって、きっと僕には次のステージがやってくると確信している。
身銭を切って人と出会うことから始まるご縁
ビジネスの根幹は「身銭を切る」ということに気付いてからは、極力自腹でクライアントやビジネスパートナーと食事し、ビジネス関連の旅も自腹で行くようになった。数年前に、インド人の知り合いから、「マサヤ、デリーで世界中のインド人の起業家とインド人の起業を目指す学生が集うイベントがあるからぜひ参加しろ」と連絡があって、どう考えても出張申請しても承認されないだろうと思ったので、有給休暇を取り、完全自腹で参加した。数千人インド人がデリーの高級ホテルで集まる中、日本人は僕一人だけだったかもしれない。3日間滞在し、様々な人と出会い、刺激を受けた。そして、そのイベントが終了する間際に米国在住の女性起業家と名刺交換し、其後連絡取りあっていたのだが、たまたま、僕が担当しているプロジェクトの領域が彼女が大変詳しいことが判明し、全面的に手伝ってもらい、大変世話になった。そして、昨年末、彼女の旦那さんから連絡があり、彼の日本でのビジネスの手伝いをしてくれと言われた。よくよく聞いたら彼はシリアルアントレプレナーで、今はエンジェル投資家として活躍していた。その彼と、今は每日ビデオ会議で、ミーティングを重ねている。広告代理店に勤める者にとっては一生体験できないようなビジネスの作り方を学びながら仕事を楽しんでいる。僕は思う。身銭を切ることの褒美の一つに人のご縁が上向く事実があると。リスクを背負って新しい人達と仕事をするのを続けることの大切さ。2010年から海外とのビジネスを始めて膨大な数の世界中のビジネスマンと仕事をした。大変な思いをしたことも多々あるが、十年経ってみれば、自分にとってgood peopleは誰かというのが国籍に関わらず、すぐに直感でわかるようになった。そして、前よりもずっと多国籍チームでビジネスを推進するのが得意になったこと。これも身銭を切ったことによる褒美なのだと思う。