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父の思い出:若木を救った男

先週、施設に入っている父に会いに行きました。母が亡くなった後、一人暮らしをしていたのですが、転倒して、大腿骨を骨折し、手術を受け、しばらく入院後にリハビリを目指す介護老人保健施設に入居しました。

会いに行くと、父は食堂で、他の入居者と一緒にオリンピックを見ていました。カステラを食べながら試合を楽しそうに見ていました。認知症が進んだ彼は、思うように固有名詞が出てこず、もどかしそうにしていました。
「家の面倒はしっかりやっているから大丈夫。草刈りや柿の木を切ったりして庭の手入れしているよ。」と伝えたら、「よかった。よかった。」と嬉しそうでした。父と会話をしている時に、ある古い記憶が蘇りました。そのエピソードを今回は記そうと思います。

小学生まで住んでいた団地の前に公園があって、その周囲には、ポプラが植えてありました。どの木も巨木です。10メーター以上あったと思います。その中で、1本だけ、不思議な曲がり方をした木がありました。根本の近いところに不思議な捩れがあって、大変特徴的な姿をしていました。僕は、その木がなぜだかとても気に入ってました。得意だった水彩画で、何度も描きました。ある日、その絵を見た母が僕に、一つのエピソードを話してくれました。

僕がまだ赤子だった頃に、両親は、その団地に引っ越してきました。公園の前に部屋を借りられたことに大変満足したそうです。
 ある秋の日に、大型の台風が町を襲い、公園のポプラ並木が右に左に大きく揺れていたそうです。その中に、まだ背が低く安定力もない若木があって、折れそうになっていました。それに気づいた父が、若木を救うために、一人で台風の中、公園に向かい、その若木に添え木をするために、何時間も作業をしたそうです。黙々と続けいたそうです。母は2階の部屋から、その姿をずっと眺めていたそうです。


「あなたの父は優しい人だ。」とエピソードを話してくれた母がつぶやきました。父の悪口ばかり言ってた母がそんなふうに褒めるのは初めてだったのでびっくりしたのを記憶しています。そして自分がなぜ、その木が好きになったのか?その理由がそこにあったと思い感激したのを覚えています。

50年以上経った今も、時々、この思い出は冬の日の暖炉のようにして、僕の心を温めてくれます。

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