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No Rain, No Rainbow②

~No Rainbow~

「うわっ、マジかぁ・・・」

窓の外を見て、
私は思わず小さな声をあげた。

天気予報では
夕方から降り出す予定だったのに、
景色が真っ白になるくらい
強い雨が地面に打ち付けてる。

通りの向かいにあるコンビニで
傘を買って帰ることも出来るけど、
今はその距離さえも歩ける状態じゃない。

明日の商談の資料も大体まとまって、
帰る気満々で席を立ったのに、
まさかの足止めにため息が漏れる。

(さぁ、どうしよう・・・)

テーブルの上に置かれた
空のカップやグラスを見つめながら、
どうやって時間を潰すか思いを巡らせる。

とりあえず、
カバンにしまったPCを
取り出して開いてみるものの、
この2時間ですべての集中力を使い切り、
今はやる気が全く起こらない。

いつも持ち歩いている読みかけの小説は、
通勤カバンに入れっぱなし。

動画を見るという選択肢もあるけど、
そういう気分にもなれない私は、
窓を叩き続ける雨を
見つめることしかできなかった。

スマホを取り出し、
天気予報のアプリで
雨雲レーダーを確認してみる。

今いるエリアを雨雲が通り過ぎるのは、
約40分後らしい。

ついでに画面に通知のあった
メッセージを開いてみると、
3年前に別れた聖人からだった。

来月、彼は5年ぶりに
大阪支社から東京本社に戻ってくる。

彼のことは部長から聞かされていたから、
別に驚くことでもない。

うちの会社では
突然の異動は日常茶飯事で、
聖人の大阪行きも
急に決まったことだった。

5年前、
私は新卒入社した聖人の教育係だった。

数か月前まで大学生だった彼は
営業のことなんて何も知らず、
言葉遣いからビジネスマナーまで
色々なことを教えているうちに、
私たちはそういう関係になった。

入社してから1年後、
「新しいマーケットを開拓するのに、
若くて勢いのある人材が欲しい」という
大阪支社からのSOSに対し、
営業成績をあげ始めていた
聖人が抜擢されて異動になった。

最初のうちはお互いに
関係を続ける努力をしていたけど、
忙しくしているうちに
会う回数や連絡頻度が減り、
私たちの関係はいつの間にか
自然消滅していた。

そんな中途半端な感じだったから、
彼のことは心の奥の方で
ずっと引っかかったままだった。

当時、主任だった私は今では課長になり、
何も知らない新入社員だった彼は
主任になっていた。

その聖人が
「会社で会う前に一度、会いたい」と
連絡してきた。

・・・わざわざ、なぜだろう?
彼にも“引っかかり”みたいなものが、
あったりするんだろうか?

聖人に対する恋愛感情はもうない。
とはいえ、一度、関係を持った彼と
これから毎日顔を合わせることを思うと
心が少しざわついた。

思考を切り替えるために
ドリンクバーへ来たものの、
コーヒーはもう飲む気にはなれず、
20種類近くあるティーバッグを
端から端まで眺めてみる。

日本茶、紅茶、中国茶、
そして、ハーブティー。

こんなにたくさんあるんだから、
「これ!」というものが
何か一つあってもいいのに、
どれもピンとこない。

無理して飲む必要なんてない。
でも、何も飲まずにいるのは
なんとなく落ち着かない気がした。

自分が何を飲みたいのか全く思いつかず、
ドリンクバーの前で立ち尽くす。

「うーーーん・・・」

私は無意識に声を漏らしていた。

次の瞬間、背後で「クスッ」と
小さく笑う声がした。

ティーバッグに気を取られすぎて、
そばに人がいたことに
全く気付いていなかった私は、
ビックリして後ろを振り向いた。

そこには間違いなく「イケメン」に
カテゴライズされるであろう
長身の青年が立っていた。

そんな彼に
無防備に漏らした声を聞かれたことが
急に恥ずかしく思えてきて、
一気に顔に血がのぼる。

「あっ、すっ、すみませんっ!
邪魔ですよね?!」

対人緊張からくる赤面症は、
かなり前に克服したと思ってた。

からかわれたり、
怒られているわけじゃないのに、
話しかけられるだけで
顔がすぐに赤くなったり、
泣き出しそうになってしまう自分が
小さい頃から嫌だった。

それが原因で
不登校になりかけたこともあった。

そんなとき、
スクールカウンセラーに薦められた
カウンセリングに通い始め、
大学に入る頃には
普通の生活を送れるようになった。

社会人になってからは
症状がほとんど出なくなっていたから、
完全に克服できたと思っていた。

(なのに、今になってどうして?!)

耳まで真っ赤にしながら、
動揺してしまっている自分を
見られたくなくて、
私はドリンクも持たずに、
その場から急いで立ち去ろうした。

が、
立ち去ろうとする私の腕が掴まれる、
という想定外の事態が起こった。

その瞬間、頭の中は真っ白になり、
私を取り巻く世界が
ピタリと止まった気がした。

すべてが静止している中で、
彼の手から伝わってくる体温だけは
止まることなく、
私の中にゆっくりと溶け込んでいく。

その感覚があまりにも温かくて、
優しいと同時に生々しくて、
官能的で・・・

「あっ・・・、突然、すみませんっ!」

彼がそう言いながら
私の腕をパッと離した瞬間、
静止していた世界が再び動き始め、
私も現実に引き戻された。

「あの・・・良かったらコレ、
使いませんか?」

そう言いながら、
彼は私にビニール傘を差し出した。

「俺、隣のマンションなんで。

・・・あれ、傘、
持ってないんですよね??

あっ・・・やべ、
俺の勘違いだったかな?!」

目の前の状況を
やっと把握することができた私は、
彼が差し出す傘を受け取りながら言った。

「勘違いじゃ、ないです!
ありがとうございます。
でも、雨脚が落ち着くまで
もう少しここにいるかも・・・です。」

私はうつむきがちだった顔を上げて、
初めて彼と目を合わせた。

「確かにこの雨じゃ、
それ、吹き飛びそうですもんね!」

ビニール傘を指差しながら
爽やかな笑顔でそう言った彼の両耳は、
意外にも・・・真っ赤だった。

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2人して耳を赤らめていることが
なんだか可笑しくて、少し嬉しくて、
私はつい小さく笑ってしまった。

少し照れたような表情を浮かべながら
「じゃ、失礼しますね」と言うと、
彼は踵を返してその場を後にした。

私は再びドリンクバーと向き合い、
手を伸ばしてティーバッグを一つ取ると、
お湯を注いだカップの中に静かに入れた。

湯気と共に立ち昇ってくる
爽やかなミントの香りに、
彼の笑顔が重なる。

・・・聖人と別れてから今日まで、
ひたすら仕事を頑張ってきた。

恋愛に興味がなかったわけじゃない。

二つのことを同時進行させる器用さを
私は持ち合わせてなくて、

目の前のことに
一生懸命になっているうちに、

あっという間に30の壁を越え、

気が付いたら恋愛から遠い場所に
身を置くようになっていた。

(男性に触れられたのだって、
3年ぶりなわけで・・・)

私の腕には
彼の手の感触がまだ残っていて、
今も尚、その体温が私の中に
溶け込み続けているような感じがする。

真っ赤に染まった彼の両耳と
微笑んだときに出来たえくぼを
思い出した瞬間、
私は手に持っている傘を床に
落としてしまった。

それまで注意して運んでいたカップも
ソーサーの上で
大きな音を立てながら揺れ、

中身がこぼれそうになる様子を見た私は、
私は思わず「うわっ!」と
声を上げてしまった。

一先ずカップをテーブルに置いてから
傘を拾おうとした瞬間、
横からスッと腕が伸びてきた。

「大丈夫ですか?!」

彼、だった。

こんな近くに座っているなんて
思ってもみなかった私は、
更に動揺してしまった。

「大丈夫です!
すみません、さっきから・・・」

本当にさっきから、
私は一体どうしたっていうんだろう?!

相手がどんなにイケメンだろうが
いつもは冷静な対応ができるのに、
今日の私は昔みたいに過度に緊張して、
思考も上手く働かない。

きっと挙動不審だと
思われているに違いない。

”穴があったら入りたいという”のは、
まさに今の私のためにある表現だと思った。

彼は拾い上げた傘をしばらく見つめてから、
私の目を真っ直ぐ見て言った。

「もし良かったら・・・なんですけど、
雨が落ち着くまで、
こっちでご一緒しませんか?」

こんな風に声をかけられること、
ここ数年間なかった。

いや・・・数年どころか、
人生で初めてかもしれない。

赤面症のせいで、
人と積極的に関わることを
小さい頃から避ける癖がついてた。

そのせいで大学や会社の後輩たちから
「雰囲気がクールすぎて、声がかけづらい」と
何度か言われたことがあって、

入社してからは上司や先輩たちから
「雰囲気をもう少し柔らかく!」と
指摘されることも多々あった。

だから、営業に配属されてからは
コミュニケーション能力を高めるための
講座やセミナーを受けたりして、
話しかけやすい雰囲気を作り出せるよう
努力してきた。

でも、恋愛ではどうしても上手くいかなくて、
なかなか積極的になることもできず、
不器用なままだった。

だから、この状況に対して
即座にどう対応すればいいのか
全然思いつかず、
なかなか答えられない私に気を遣ってか、
彼が言った。

「あっ、急に変なこと言ってごめんなさい!
迷惑・・・でしたよね?!
気にしないでください!」

そう言い残してテーブルに戻ろうとする
彼のシャツの裾を、
私は反射的に掴んでいた。

“何してるの⁈”という声が、
頭の中に響き渡る。

私にも、よく分からない。

でも、
“離しちゃダメ”っていう声と、
“離したくない”っていう思いが
内側からグッと込み上げてきて、

気が付くと、
私は彼の広い背中に向かって
声をかけていた。

「あの・・・ご一緒、させてください。」

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【To be continued...】

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