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No Rain, No Rainbow①

~No Rain~

コーヒーマシンのボタンを押しながら、
これまでに飲んだエスプレッソの杯数を
頭の中でカウントする。

いつもは自宅か開店前の店で
事務作業をしているけど、
今朝はなぜか
自宅マンションに隣接している
このファミレスに足が向いた。

モーニングを食べながら、
今週分の売り上げや在庫等、
データを打ち込んでいく。

営業時間を短縮しているせいで
売り上げは開店当初から比べると
かなり落ちている。

でも、その分、
週末限定のモーニングやテイクアウト、
デリバリーを積極的に導入し、
ランチやカフェメニューを工夫することで、
平均的な売り上げを
なんとかキープできている。

それでも状況は相変わらず厳しくて、
周りの飲食店の話を耳にするたびに、
自分たちの店が同じような状況に
陥ってしまわないか、 
つい考えずにはいられなくなる。

共同経営者の蓮は 
思いを巡らせ過ぎてしまう俺と違って、

「周りの状況がどうであれ、
今の俺たちにできることを精一杯やる。
結局、その積み重ねだろ?」と、

常に前向きな言葉を発し、
その言葉通りに行動し続けている。

そんな奴だからこそ、 
「一緒に店をやらないか?」と
声をかけられたとき、 
俺は一切迷うことなく引き受けたし、
今日までやってくることができた。

そして、開店3年目に迎えた
新型ウィルスによる最大の危機。

同時期にオープンした店が 
次から次へと消えていく中で、
俺たちはSNSを上手く活用することで
ピンチをチャンスに
変えていくことができた。

とはいえ、 
予断を許さない状況は今も続いていて、
蓮も、俺も、 危機感や緊張感を
常に抱きながら経営を続けている。

(・・・あぁ、そうだ、4杯目だ)

ちょっと飲み過ぎかもしれない
エスプレッソを手にテーブルに戻ると、
「コツンッ、コツンッ」と、
大きな雨粒が窓に打ち付けていた。

空はいつの間にか
厚い雨雲で覆われていて、
夕方から降るはずの雨が
早くも降り始めていた。

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(うわっ、マジか・・・)

心の中で舌打ちした瞬間、
シンクロするかのように
「うわっ、マジかぁ・・・」と
女性の声が聞こえてきた。

声がした方に目をやると、
左斜め前のテーブルにいる女性が、
窓の外を恨めしそうに見つめていた。 

食事を終えて、
店を出ようとしたタイミングに
雨が降り始めた、という感じだった。

店を出ることを諦めたのか、
コートを脱いだ彼女はテーブルに肘をつき、
大きなため息をついた。

俺はフッと
家を出るときに無意識に手に取った
ビニール傘に目をやった。

(これ、使うだろうか?)

そんな風に思った自分に、ハッとした。
店では予備のビニール傘を用意していて、
突然雨が降ってきたときなどに
貸し出している。
きっといつもの思考グセで、
彼女に対してもそう思ったに違いない。

(・・・職業病だな。)

そう結論づけて、
俺は作業の続きをするために
視線をPCに戻した。

やらなきゃいけないことは
山のようにあって、
特に今は来月のバレンタインに向けて、
期間限定のスイーツメニューを
考えなければいけなかった。

営業時間が限られている今だからこそ、
インパクトのあるメニューや戦略を
考える必要があるっていうのに、
手付かずな状態のまま、
時間だけが過ぎていっている。

店のためにも、
こんな状況下でも店に足を運んでくれる
お客さんたちのためにも、 
このバレンタインは
何か特別なことをしたい。

心からそう思っているにも関わらず、
先延ばしにしてしまっていた。

できることなら、
今週中には試作品を作って、
蓮の意見を聞いておきたい。

スイーツに関しては
全面的に任されているが、 
蓮の舌の感覚は本当に的確で、
アイツが「うまい!」といったメニューは
必ずと言っていいほど客ウケが良かった。

そう考えると、
なる早で動かなくちゃいけない。

材料の発注だってあるし、
こうして悠長にエスプレッソなんて
飲んでいる場合じゃない。

が・・・
 
そんな思いとは裏腹に、 
斜め前のテーブルにいる彼女の一挙一動に、
俺の意識も、視線も、
完全に奪われてしまっていた。

カップを手にした彼女が
ドリンクバーから戻ってきた時も、
PCで作業するフリをしながら、
画面越しに彼女の容姿を
ちゃっかりチェックする俺。

全体的に凛とした雰囲気で、
とても知的な印象を受ける。

もこもこした大き目のセーターが
ジーンズに包まれた細長い足を
際立てていて、

スラっとした歩き方が
とてもキレイだと思った。 

(ファミレスよりも、
カフェが似合うな。)

俺の視線は席についた彼女の後ろ姿と
PC画面の間を延々と彷徨い続けていて、
そんな自分に思わず問いかけた。

(俺は・・・欲求不満なのか?!)

これまで女っ気が
全くなかったわけじゃない。
人並みに恋愛はしてきた。

ただ店をオープンしてからの3年間は
常に店のことで頭がいっぱいで、
恋愛どころじゃなかった。

いい感じになった子もいたけど、
結局、俺に余裕がなさ過ぎて、
気が付けば連絡が途絶えてしまっていた。

毎日、家と店の往復だから、
恋愛に発展するような出逢いなんてなかったし、
店に来てくれる女性客は絶対に対象外だった。

よくよく考えてみると、
最後にしてから・・・2年は経っている!?

決して性欲がないわけじゃなく、
毎日が本当に忙しくて、
プライベートはずっと二の次だった。 

それだけやりがいがあったし、
とにかく、
 目の前のことに夢中だった。 

(にしても・・・
2年のブランクはちょっと、
やばくねぇか!?)

仕事にどっぷりな俺に、蓮は言う:
「仕事だけの男はつまらないぞ。
お前はもっと、恋をしろ!
スイーツに“恋”は、
必要なスパイスじゃねぇの?」

アイツの言うことが、
分からないわけじゃない。

スイーツを作るときは、
いつだって気持ちを込めている。

が、やっぱり顔が見えない
不特定多数のために作るスイーツと、
  
特定の誰かの笑顔を
思い浮かべながら作るスイーツとでは、

味にどうしても変化が生じてしまう。

それだけ俺が、
未熟ってことなのかもしれないけど・・・。

とはいえ、
恋はするものじゃなくて、
落ちるものだと思うし、
「したい」と思ってできるもんじゃない。

それにステイホームだったり、
ソーシャルディスタンスで
出逢いの機会は減る一方で、
マッチングアプリでも使わなきゃ、
恋に繋がっていくような新しい出逢いなんて
ないように思えてくる。

そして、
まさに“恋”がテーマとなる
バレンタインに向けて、
“恋”から最も遠いところにいる俺が
メニューを考えないといけない。

今季のトレンドだったり、
注目されているスイーツやブランド等は
すでにリサーチ済みだけど、

今年のバレンタインに関しては
オリジナルな何かをやりたいと、
年末からずっと思っていた。

でも、その“何か”が何なのか、
バレンタインを数週間後に控えた
今でも分からずにいて、
さすがに焦ってきた。

(・・・恋、かぁ。)

心の中でそう呟きながら、
俺の視線は無意識に
彼女の背中に向けられる。

そして、フッと思った。

(もし彼女のためにスイーツを作るとしたら、
俺は何を作るだろう?)

俺は目の前にある紙をひっくり返し、
ペンを手に取った。

(彼女の嗜好を知る必要があるけど、
そうだな・・・)

彼女は甘々なチョコレート系よりも、
さっぱりしたフルーツ系が
しっくりくる気がする。

フワフワしたものより、
歯応えのあるもの。

例えば、 キャラメリゼしたナッツを
生地に練り込んだタルトなんか
いいかもしれない。

フルーツは、
オレンジとリンゴ。

アクセントにシナモンや
カルダモンのスパイスを使って、
大人っぽい味に仕上げたら、
彼女のイメージに近づく気がする。

俺は周りの人に気付かれないよう、 
彼女の後ろ姿をチラ見しなら、 
彼女を通して浮かんでくる
アイデアやイメージを描き出していった。

色々なアイデアが湧いてはくるものの、
どれも輪郭がボヤけていて
「これだ!」と感じられるものが
何一つない。

俺は想像力の限界を感じ、
ため息をつきながら、
ソファに身を沈めた。

・・・そのとき、
彼女が再び、立ち上がった。

キレイな歩き方でドリンクバーへ行き、
マシンのそばの棚をじっと見つめている。

ズラリと並ぶティーバッグの中から
何を飲むか、吟味しているんだろう。

彼女のテーブルの上にも、
俺のテーブルの上にも、
結構な数の空グラスやカップが
置かれている。

手持ち無沙汰を解消するために、
仕方なく何かを飲んでいる・・・
そんな感じに違いない。

にしても、
彼女があまりにも長い時間、
とても真面目な表情で
棚を見つめているもんだから、
彼女が最終的に何を選ぶのか、
俺は気になり始めた。

・・・いや、
ドリンクだけじゃない。

彼女のすべてが
どうしても気になって仕方なくて、
彼女のことがもう少し分かれば、
バレンタインに向けたアイデアも
まとまるかもしれない。

(さぁ、どうする、俺?!)

思いを巡らせる俺の視界に、
ビニール傘が入ってきた。

次の瞬間、俺は勢いよく立ち上がり、
ビニール傘を手に取ると、
ドリンクバーに向かって踏み出した。

【To be continued・・・】



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