
お話*『踊りと私の話:4 〜お別れ〜』
これは一人の平凡な女の子のお話。
踊りと、ある女の子の物語です。
え?どういうこと?
ぽかん、とする私は、小学生になっていた。
えーと。
私が通っているのはバレエじゃないって
どういうこと?
✴︎前回のお話
***
こんにちは。きこです。
子どもの頃の時間って、すごくゆっくり流れていたんだなぁって思う。
思い出すとね、スローモーションみたいにゆったりしていて、嬉しかったことも、悲しかったことも、ひとつひとつの出来事の粒がぎゅっと詰まっていて濃いの。
経験がなくてわからないことや想像できないことは今よりもたくさんあっただろうにって思うんだけど、感じるっていうことに敏感だったっていうことなのかなぁ。
今の私をいつかの未来の自分が思い出す時には、どんなふうに思うんだろう。
大人になることは悪いことじゃないけれど、感じる気持ちを鈍くしないで目一杯感じて生きていきたいって思う。
鼻の奥がツンとするような記憶も、今になると、その記憶も懐かしくて大事な一部になっているのだもの。
***
ママから聞いたところによると、今通っている教室はバレエではバレエでも『モダンバレエ』という種類のものらしかった。
でも、「バレエ」ってついているし、なにが違うの?
そこがモダンバレエの舞踊研究所で、本部は別のところにあり、多くの子どもたちが踊りに触れられるようにといくつか立ち上げた支部の中のひとつで、本部の研究所に通うお姉さんたちが先生として来てくれていた。ということを知るのは、ずっと後、私が大人になってからのことだった。
今、東京でダンスをやろうと思ったらスタジオを探すのも簡単だし、まず、どんなダンスをやるのか、どのレベルのどんな雰囲気のところで、場所はどこにする?、とか、調べたりするのにもネットもあるし、選べることがたくさんあると思うけど、この頃は選択肢がとっても少なかった。
ヒップホップはまだ日本ではほとんど見たことがなかったし、子どもたちが習う踊りはバレエか日舞かな?みたいな感じ。ジャズダンスとかタップとかもあったけれど、子どもには身近な感じでもなかった。
そして、バレエを習っているのも、いろんな学校に通うみんなの話を聞いてもそれぞれ学年に2〜3人いるかどうか、みたいな感じだった。
ママも、私には最初からクラッシックバレエを習わせるつもりだったらしい。でも、知識もないし、本人が楽しんで通うかどうかもやってみないとわからない。お互い知っている子が一緒なら子どもたちも親同士も安心、みたいなこともあったみたいで、ちょうど誘っていただいた、地元で、歩いていかれる『バレエ』に行くことにした、というのが、最初のいきさつみたいだった。
「ここまで踊れるようになったから、夏から『クラッシックバレエ』の教室にしよう?」
今やっているものがバレエだと思っていた私がママのその言葉にぽかんとなった、というのがこの話の始まり。
実はママもバレエだと思っていたのだけれど、ある時に「あれ!?なんかちょっと違う!?」と思ったらしかった。
この時、私は難しいことや詳しいことは何もわかっていなかった。踊りに、バレエに、種類がある、なんて考えてもいなかった。「今やっているのは子どものバレエで、もう少し大きくなったら、あの、白鳥みたいな踊りを教えてもらえるようになるんだろうな」と漠然と思っていた。
ただ、確かにクラッシックバレエとはちょっと違う、ということは、言われて初めて思い当たった。思い返してみると、発表会に出た時に見た大人の人たちも、テレビや舞台で知ってる白鳥とかくるみ割り人形みたいな踊りは、踊ってなかった気がする。
ちなみに、モダンバレエというのもクラッシックバレエが基礎になっているし、専門的なことを言えば違いはいろいろあるけれど、踊りとしてどっちが上とか下とかそういうものではない。
私が通っていたところは、大人の人たちは本格的なモダンの舞踊をやっていたようだけれど、子どもたちのクラスはバレエ基礎をやりながら、児童舞踊といった雰囲気もあり、型にはまった感じじゃなかった。そうして、「楽しく踊る」ということをまず覚えるためにはとてもよかったけど、ここにきて、少しだけ、ほんの少しだけ幼く感じはじめてもいた。
正直に言うと、もっと大人っぽい場所に行ってみたいな、と、かすかに思うことがあった。
自分が初めて「楽しい!」と思えた場所と踊りから離れてしまうことは、とてもさみしい、と思ったけど、今までやってきたのだってバレエの一部みたいだし、全く違う世界に行くわけじゃない。そう思ったらクラッシックバレエへの憧れが湧いてきた。
そして思い出した。
「車酔い、トゥシューズでくるくるまわれるようになったらなおるかもね!って言ってたんだ。すっかり忘れてた!」
通い慣れた教室の最後の日。
いつものように元気にお稽古場へ行った。
みんなと会うまで「最後の日」っていう実感がなかった。
そもそも、それがどういう気持ちになるものかっていうことが、あんまりわかっていなかった。
お稽古がはじまった。突然悲しくなった。そのとたんに涙があふれてきて止まらなくなった。
練習中だった自分のソロの踊りを、泣きながら、丁寧に、今までのいつよりも丁寧に踊った。もうここに来ないっていうことと、もう次にこれを踊ることはないっていうことが、やっとわかった。麦わら帽子を、ふわり、ふわりと使いながら踊る、少しだけ大人っぽい振付の踊り。お姉さんになってきたからねって、つけてくれた振りだった。最後なのに、先生もいつもとかわらずに、いろんなことを教えてくれた。
泣きながら、みんなに、さよならを言った。
あの、小さな可愛い女の子にも、手を握って、またね、と言った。
彼女をはじめ、ほとんどの子は近所に住んでいるからいつだって会えるのだけれど、でも、ここで会うのは今日で最後。
そう思うと泣き止むことができなかった。
初めての日からずっと成長を見てくれていた先生たちが「元気でね、頑張ってね」とにこにこと抱きしめてくれた。
みんなが、あったかく見送ってくれた。
どこでも泣き虫の子が一度も泣いたことがなかったお稽古場での、最初で最後の涙だった。
それまでのどこでも感じたことのない気持ち。小さな、卒業、だった。
***
〜作者より〜
懐かしい卒業のお話です。
ちょうど春のこの時に公開することができました。
第一章、一区切りというところでしょうか。
嬉しいことも、胸がキュッとするようなことも、どれも大事な感情。
いつまでも新鮮に感じることができる自分でいたいなぁと思っています。
次回は4/1の予定です。
(コンサートのためもしかすると一週お休みを挟むかもしれません。またお知らせします。)
今回も読んでくださりありがとうございました。
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