見出し画像

■お辞儀

俳優の西田敏行さんが亡くなられた。

言うまでもなく、長く、本当に長く幅広いご活躍をされて愛されてこられた方。


おぼろげに遠い記憶。
「西遊記」というドラマが好きだった。
夏目雅子さん演じる三蔵法師は美しく、西田さん演じる猪八戒の人懐っこい笑顔は「なんかわからないけど、この人はわたしたちのともだちだ」と感じるようなものだった。少しだめで愛くるしくて。
あのドラマに登場するキャラクターはみんなそうだった。だめな可愛さと、それでもみんないいところあるんだよ!というような、世界の広さとおおらかな優しさを受け取っていた気がする。


西田さん、、なんていうのはおこがましいけれど。
私なんかがご縁のある方ではもちろんなかったけれど、強く印象に残っている事がある。

あるところで廊下を歩いていたとき向こうから歩いてこられた西田さんとすれ違う形になった。
長い廊下で他には誰もいなかった。
あ、西田敏行さん、、。
私は足をそろえて立ち止まり顔を上げて「お疲れ様です」と、静かにひとこと挨拶をした。よくある光景。

西田さんはすっと立ち止まって、美しい気をつけの姿勢から、静かに、丁寧に、「お疲れ様です」と会釈をしてくださり、ゆっくりと歩いて去って行かれた。

はっとした。
このなんだかわからない子に。

私は頭を下げて、静かに歩いていく背中を見送っていた。

私も心がけていたい。
ずっと記憶に残っている、気持ち。あの姿勢。


   *


中学生のころの話。
友人と山手線に乗ったところ、目の前に西田さんが座っていらしたことがあった。呑気な時代。周りは気が付いていない雰囲気で、ご本人も普通にお一人でいらした。

気づいた友人は「どうしよう、好きな俳優さんだ」と私に耳打ちして、とても小さな声でそっと「あの、、、西田敏行さんでしょうか?」と声をかけた。私はドキドキしながら一緒にいた。
すると。
「はい。学生さんですか?」と答えてくださったのだ。
私たちは小声で「はい」と言い、西田さんは「そうですか。勉強頑張ってくださいね。声をかけてくださりありがとうございます」と、ゆっくり会釈してくださった。

電車で声をかけた中学生の女の子二人に。
丁寧に。あたたかに。


実際がどうだったかなんてもうわからない。
けれど、中学生だった私には、大人の、とても有名な方が、こんななんだかわからない女の子たちに丁寧に接してくださることが驚きだった。
あの姿勢でいることはどういったところから出来ることなんだろう、あんなふうでありたい、と心に残った出来事。


  *


何年も後にこのことを思い出した私は、さらに心打たれていた。どれだけ経っても変わられない姿勢に。


何もご縁のない私なんかでこうなのだ。
本当に関わられていらした方々の心に残るお姿はどれほどのものだろう。



ひとつのお辞儀が、誰かの印象にずっと残ることがある。


そこから想像する、お人柄、気持ち、全てのことに対する姿勢。


すれ違っただけの私の心の中にいつまでも心がけたいものを残してくださった方でした。




お気持ちをありがとうございます。活動費や材料費に使わせていただきますꗯ̤̮